第2話 始まり
人間形成とは環境に起因する。
一個人が個性を得て、どんな人間になるか。
その全てが、生まれ育った環境で決まると言える。
だから、俺が【人間嫌い】になった原因は環境にあったと言えるだろう。
人は自分の利益の為に人を裏切る。
人は自分の利益の為に人を傷つける。
これは俺が、見て、聞いて、体験して得た事実だ。
同時に俺は自分の欠点を理解した。
俺は心が弱い。
身体は鍛えれば強くなる。
でも、心は鍛えることができない。
精神的に未熟だと言われるかもしれないが、俺は傷つきたくない。
傷つくのが怖いのだ。
そして同じくらい、誰かを傷付けるのも嫌いだ。
多分、臆病なのだろう。
だったらいっそ、
「一人でも、生きていけたらいいのに」
誰とも関わらずに生きることが俺にとっての安穏だ。
だがそれは、理想論ではあっても現実的ではないだろう。
「いきなりどうしたの?」
「え? ぁ……」
――しまった……と、気付いた時にはもう遅い。
右隣にいた女子生徒が、なぜか俺に声を掛けてきた。
「【入学初日】から悩みごと? 私でよければ相談に乗るけど?」
「いや……そんな大したことじゃなくて、早起きして学校に来るのが辛くてな」
適当な発言でごまかしておく。
真剣にこんな話をしたら社会不適合者もいいところだろう。
入学早々、ヒエラルキーの最下層になどなったらたまらないからな。
少なくとも俺のいるこのクラスでは問題を起こさないようにしたい。
余計なレッテルを張られる前に、冗談ということで済ませておこう。
今度こそ俺は上手くやってみせる。
誰も傷つけず、誰にも傷つけられず、安穏に。
学校とは社会に適応する為の訓練施設なのだから。
「毎日が日曜日なら楽なんだけどな」
「まぁ、気持ちはわかるけど――って、まだ自己紹介もしてなかったよね。
私は九重勇希。これから1年間、よろしくね」
勝手に自己紹介されてしまった。
いや、寧ろこれは自然な流れなのか?
だとしたら、俺も返事をするのが無難――って、あれ?
ココノエ、ユウキ……?
「……どうかしたの?」
呆然とする俺の顔を、九重が覗き込んできた。
「……いや……」
戸惑いながら、改めて彼女の顔を見る。
……似ている、気がする。
もう十年近くも経っていて、容姿は随分と女性らしくなっているが……面影は残っている。
「……大丈夫?」
「あ、ああ……」
「そっか。よかったら、君の名前を教えてよ?」
名前……か。
もし伝えたら、勇希は俺だと気付くだろうか?
「……宮真大翔だ」
「みやまやまと……?」
九重が俺を凝視する。
何かを探るように、俺の瞳を見つめた。
「あまり……じっと見ないんでほしいんだが……」
「……あ、ごめんね。ちょっと、昔のことを思い出しちゃって……」
それは、あの時にした約束のことだろうか?
「ヤマトくんって、どういう漢字を書くの?」
まるで、俺があの大翔なのかと確認するような質問が飛んできた。
今はまだ、あの時の約束を果たせてはいない。
だが、
(……誤魔化しても仕方ない、か)
同じクラスになった以上、名前を隠すのは難しいだろう。
俺はノートの切れ端に自分の名前を書いてみせた。
「大きいに翔ぶ……で、大翔くん、なんだ。……そっか。大翔くん、これからよろしくね」
何か思うことがあるように、勇希は僅かに言葉を詰まらせた……気がした。
それでも、俺が【あの時のヤマト】だと気付いた様子はない。
「……ああ、よろしく」
俺は勇希に満面の笑みを向けられ、思わず顔を背けた。
変わらない。
そんな彼女を見ていると、自分が恥ずかしくなる。
彼女を守りたいと誓ったはずの俺は……少しも成長できていない。
昔と違って、泣くことはなくなった。
でも、今も俺の心は弱いままだ。
それが引け目のように胸の中を搔き乱す。
思いがけない再会に頭を悩ませていると、ガラガラと教室の扉が開いた。
「は~い、授業をはじめま~す!」
教師が入ってきたのかと目を向けると、
「……え?」
違う。
教室に入ってきたのは、白い翼の生えたクマの着ぐるみだった。
(……なんだ……これ?)
目を擦る。
だが、現実は変わらない。
「はいは~い! ちゅうも~く!」
クマの口が開いた。
着ぐるみではないのか?
様々な疑問が渦巻く中、
「みんな~、まずは入学おめでとう。このクラスの担任になる春日美々(かすがびび)で~す」
は?
担任?
クマが?
「あれれ~? 驚いてる~? 驚いちゃってる~?」
ひたすらにテンションが高いクマがニヤッと微笑む。
それはあまりにも不気味な光景だった。
「なんで驚いてるのかは知らないけどさ~。これからみんなには、殺し合いをしてもらいま~す!」
「……え?」
思わず声が漏れた。
このクマはなんなんだ?
担任と口にしていたが……これが教育者であるはずがない。
だとしたら犯罪者?
俺は通報できるよう、ポケットからスマホを取り出す。
「おっと! そこのキミ、ダメダメ」
その瞬間、
「え……っ!?」
手で持っていたはずのスマホが消えた。
まるで最初からなかったみたいに。
「この状況で冷静に行動するね~。判断は悪くないよ。キミは結構、いい感じだ~」
なんだ?
なんなんだこいつは!?
「じゃあ早速、始めようか。今回の【ゲーム】はワタシが勝ちたいんだ。だから【担任】として――このクラスの皆には期待してるからね」
クマの着ぐるみが不気味に微笑む。
その直後――意識が暗くなっていった。