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巻の壱 音羽の里

 朱理(しゅり)の国に小さな里がある。

 隣国天津(あまつ)の国との境、人里離れた山間だ。

 そこは『音羽(おとわ)の里』と呼ばれており、そこで暮らす住人は少数で、よりつく者は滅多にない。その理由──ここ音羽の里は『忍の里』でもあるからだ。

 秋も深まった山間の里からは、赤や黄色に燃える木々を眺めることができた。

 音羽の里も稲刈りを終えて一息ついたところだ。忍の里とはいっても通常は農作業に精をだす、いたって普通の農村である。それは忍としての素性を隠すための偽装でもあるし、日々の暮らしの糧でもあった。

「小春、捜したぞ」

 小春と呼ばれた少女の髪は伸ばしかけで、かろうじて結える長さ。今年十五になるその顔は少し幼さを感じさせる。

 縁側に腰掛けていた小春の前に、いつの間にか見目麗しい青年が佇んでいた。

蔵乃介(くらのすけ)さま、何か御用でしょうか」

「用がなければ来てはいけないのかな」

「そっ、そんなことは…」

 小春がしどろもどろになると、蔵乃介は声をたてて笑った。

 蔵乃介は二十歳になる中忍で、サラサラとした短い黒髪とつりあがった瞳が印象的だ。

「この度の任務ご苦労だった。それは…報酬かな?」

 小春の膝の上には、風呂敷より小さめのハギレが広げられていた。薄紅色の生地に散りばめられた小花たちが愛らしい。これは初めての任務を成功させた報酬で購入したものだ。

「町の大店で買ってきました。私の報酬ではこれだけしか…」

「任務をこなしていくことで忍としての腕があがる。そうすればもっと高い報酬の任務が与えられる。まぁ、無事完遂できてよしとしようじゃないか。素晴らしい武勇伝を聞かせてもらったよ」

 そう言った蔵乃介の顔は、心なしかゆるんでいる。それに気づいた小春は口を尖らせた。

「誰に聞いたんですぅ?」

 小春の忍としての初仕事は朱理の書状を(さかき)の国へ使者ともども届けるという、単独の任務だった。

 朱理の国は伊賀モノを雇っているのだが、ケチな領主は人件費を削減するために少数精鋭をうたっていてギリギリの人数だった。

 だから都合のいい時だけ、音羽忍へ依頼をよこすのだ。どうせなら自国の音羽忍を常用してもらいたい、と里の者は思っている。

「肥溜に落ちたそうだな…ぷっ、くく…」

 蔵乃介の麗しい顔は頬がひきつり、目じりには涙まで浮かんでいる。

(うぅ…屈辱だわっ!)

 心中で涙すると顔をそむけた。憧れの人に笑われるとは悲しすぎる。


 確かに初めての任務は苦難に満ちていた。

 肥溜に落ちた小春が汚れを落とそうとして川に入ったら流されてしまい、助けようと手をさしのべた使者まで川へと引きずり込んでしまったのだ。

 死守したはずの書状が肥溜臭さと水滴で滲んでいて、それを届けたときは生きた心地がしなかった。

 小春のドジッぷりは毎度のことで、頭領がこの任に指名した時など、音羽忍のかつてないほどの白熱した議論となってしまったくらいである。

「笑いにきたのですか…」

「いやいや、明日の稽古は俺がつけるから覚悟しておけ。午後からは白黒戦を行うから忍具の手入れを怠るな」

「はいっ」

 蔵乃介は何か思案するように首をひねった。

「それから…頭領がおまえに話があるそうだ。今夜九時、頭領の屋敷へ行くように」

「わかりました」

「小春〜、ちょっと手伝いな」

 若菜が呼ぶ声がした。

「はーい」

「おまえも若菜も秋は大忙しだな」

 蔵乃介は大量の柿を抱えて現れた若菜に苦笑すると、その場を後にした。

 小春は藁葺きの家に先輩忍と暮らしている。若菜は十八歳で姉のような存在だ。

「若菜姉さん、あんぽ柿はこの位でいい?」

「そうねぇ…非常食にもなるからもっと作ってもいいわね」

 里から少し離れたところに柿の木の群生地があった。そこから秋の味覚を集めてくるのは、下忍の中でも下っ端の小春の仕事。

 あんぽ柿は柿の皮をむいてから日干しにするとできる干し柿のことで、甘い甘い秋の味覚は女忍たちの楽しみのひとつだった。

「よーし、もう少し採ってこよっと。ついでに栗も探してみようかな」

「あんまり食べると太っちゃうわよ。それに熊がでるかもしれないし」

「はーい、気をつけま〜す」


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