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終の巻 小春と柿と祝言と

 天津城の天守閣に小春と高経の姿があった。

 布団から起き上がった寝間着姿の高経を、支えるようにして薬湯を飲ませてやる。

「ううっ、苦いのぅ」

「んもうっ、子供じゃないんだから、きちんと飲まなきゃ治らないわよ」

 仮面忍たちを退けてから一週間が過ぎ、左京の薬の効果か小春の足の傷も癒えた。

 高経もクナイに手裏剣と傷だらけだったが、徐々に回復しつつある。

「のう、小春。蔵乃介のことだが……あれは……その……辛いことかもしれぬが忘れた方がよいと思うのだ」

「人を殺したこと……忘れてもいいのかな」

「忘れてしまえ。正当防衛だから仕方ない」

 初めて殺した人は憧れていた人。

 この辛い出来事は生涯忘れられないだろう。

 だが、小春には気づかってくれる高経の気持ちが嬉しかった。

 なにやら天井裏を無数の人が動きまわっている。

 大工仕事の音がするが、二人はこの際、無視することにした。

「昔、そなたに会ったことがあるのだが、憶えてないか」

「ええ、憶えているわよ」

「本当か! ならば話は早い、祝言だっ!!」

「はあっ!? なんでそうなるのよっ」

「あの日、約束したではないか」

「約束ぅ?」

 あの日とは何年前のことだったか……。

 小春は思い出した記憶をじっくりと、たどってみた。



『僕の名は天津高経』

『あまつ……たかつね……ふたつ名前があるの?』

 彼は笑って答えた。

『そうだよ。僕は小春を助けにきた』

『ふぅん、どうして』

『小春を悪いヤツから守るためさ。だから、ずっと傍にいる為に……僕のお嫁さんになってくれるよね?』

 小春はちょっと考えてから掌の柿を見る。

『うん、いいよ』

『大きくなったら迎えに行くよ』



 記憶から最も重要なことが抜け落ちていたことに、小春は絶叫した。

「うぎゃあぁぁーっ! 思い出したぁぁぁっ」

「ほらな? 約束しただろう」

「そんなっ、あんな小さい頃の話、時効よ時効っ!! それに柿一個で買収するなんて!!」

「買収とは聞き捨てならん。あの柿は結納品の一種だというに」

 しれっ、として答える高経を小春は睨んだ。

「ならば言わせてもらうが、そなたが毎年採りに来ている柿の群生地は、朱理のものではないぞ」

「え?」

「あの土地は天津の領内だ。つまり小春は……何年も窃盗を繰り返していたのだ」

「ひえぇぇぇーっ」

 顔面蒼白の小春を高経は更にたたみかける。

 徐に立ち上がると障子扉をスパン!と開け放った。

「見るがよい! これが今の結納品! そなたへの私の愛だ!」

 望楼型(ぼうろうかた)天守(てんしゅ)と呼ばれる外側を周回できる天守閣からは、素晴らしい絶景が望めるはず。

 だが……。

「いやぁぁぁぁ――っ!!」

 あまりに壮絶な光景に、小春は悲鳴をあげていた。





 天守閣のすぐ真下では、左京のもとに音羽忍たちが集っていた。

「左京さんは知ってるんだろう? 小春が命を狙われた理由について」

「頭領からは何も?」

 左京が尋ねると忠弥は焦れたように答えた。

「藤七朗さまは全国温泉行脚(ぜんこくおんせんあんぎゃ)に出かけたぜ。わしの役目は終わったから若いモノに後は任せるとか言って……俺に推しつけてね」

 左京は黙って頷くと、傍らに置いてあった桐製の小箱をついと差し出し、中から包みを取り出した。

 布が解かれ現れたのは、白い産着と一本の懐剣(かいけん)だった。

「これは?」

 忠弥が不思議顔で訊ねた。

「小春様が捨てられていた時に着せられていた産着と、懐剣です」

 忠弥を始めとして皆の視線が懐剣に釘づけになった。

 その懐剣には葵の紋が印されていたからだ。

 葵の御紋は、最大最強と呼ばれる徳川の国の家紋である。

「これでおわかりになりましたか。小春様はこの事実を知りません。高経さまは敢えて伝える必要はないと考えております。襲ってきた仮面忍、つまりは伊賀モノですが、正室からの刺客かと思われます」

 皆が呆然としている中、忠弥だけが口を開いた。

「つまり……小春は徳川の御落胤(ごらくいん)で命を狙われていると? 正室の子供じゃないのに今さら……しかも女じゃないか」

「正室以前の問題なのですよ。今の徳川の主は分家なのです。おそらく、小春様は直系の血をひいている。小春様を祀り上げるモノが出てきてもおかしくはないでしょう。正室はそれを恐れているのですよ」

「……最悪じゃないか」

 忠弥は小さく呻いた。

「小春は何も悪くないのに……ひどいわ」

 若菜も妹分を思い、悲嘆に暮れた。

 武士の家系は直系が重んじられる。直系の血筋が残っていれば、家督を継がせることもありえるのだ。だから、正室が我が子かわいさに動いたのだろう。

「徳川の殿様が相手じゃ勝ち目はないぞ。小春にその気がなくても魔の手はのびる」

 忠弥の言葉に左京は頷きながら、

「高経さまもそれを案じてらっしゃる。今のところ、徳川の主君が係わった形跡はありませんが……」

「左京殿は正室の放った刺客、と断定するのか……」

 折り目正しく正座していた左京は、改めて忠弥たちに向かいのたまった。

「忠弥殿……いや、頭領そして皆様。二人のために是非、天津城にて警固の任についていただきたい。高経さまは小春様を守るためにあらゆる手をつくす所存です」

「当たり前だ。小春は俺たちの妹だぜ、天津の殿様も嫌いじゃないからな」

 一同が顔を綻ばせた時、頭上から小春の雄叫びが聞こえた。



 何事かと全員で天守閣へ駆けつけると、小春と高経がなにやら外側で騒いでいる。

「どうした小春?」

「高経さま、如何いたしました?」

 忠弥と左京は顔を覗かせて絶句した。

「信じられないっ、どうして皮を剥かないのよっ!!」

「そなた、柿を天日干しにするとしか言わなかったではないか!!」

「あんぽ柿作るのに皮を剥くのは常識よっ」

 言い争う二人の前には、天守閣の屋根から下方の松や杉の木に向かって、縄がたくさん垂れ下がっていた。

 縄には無数の柿がぶら下がり、それはまるで算盤か暖簾を連想させる光景だった。

「撤収よっ、やり直しよ!!」

「よくわかったであろう、私の愛の深さが」

「もうブヨブヨして傷んでいるのもあるけれど、まだ何とかなるわっ!!」

「そなたの好物、これから一生作ってやる」

「ああっ、そこのスズメっ! 柿を食べたら承知しないわよー!!」

 二人の会話は恐ろしいほど噛み合っていなかった。


 高経が皆に気づくと近づいてきた。

「左京から話はきいたか?」

 小春は柿とスズメに気をとられ、ひとり騒いだままでいる。

「父上は親友である藤七朗殿率いる音羽忍(おとわしのび)をずっと召し(かか)えたいと考えていた。だが、小春の素性から常に狙われ、天津に迷惑がかかるであろうことを予期して山間に里をかまえたのだ。私は徳川の刺客から小春を守りぬく。これからは天津を故郷と思い仕えて欲しい。もちろん忍名(しのびな)は音羽のままでよい」

 初めて得た主君。

 一同は跪いて頭を垂れた。






 その夜──三階の広間で皆と寝ていた小春はこっそり抜け出し、天守閣へ向かった。

 仲間たちは気づいていたが、寝たフリに徹した。

「……小春、眠れないのか?」

 襖を開けてもいないのに、声をかけられた。

(な…なんでわかるのかしら?)

「どうした? 仮面忍のことは怖がらなくてよい。あれは人違いだった。私も左京もうっかりモノだからのぅ」

 小春には徳川の血筋であることはふせられており、今回の件は、すべてが仮面忍たちの起こした人違いということになっている。それは小春を思う高経の一存だった。

「違うの。秘伝の書のこと…」

 月が雲に隠されたせいで室の中は薄暗く、近づいても高経の顔は窺えない。

「読みたいのであろう」

「えっ、持ってるの?」

 枕元に座っていた小春は、思わず身をのりだした。

 蔵乃介に奪われた秘伝の書は、紛失したと聞かされていたからだ。

「ヤツの血がベットリとついていて、見せたくなかった。それに……あれは(まが)い物だから」

「じゃあ本物は……」

「左京が保管している。薬草好きには書いてある内容がすぐにわかったらしい。つまり、秘伝は秘伝でも……」

 高経は一瞬、口を閉ざした。

 雲間から月が現れ、室に一光を投じた。

 その光は、思いのほか近くにいた小春を映し出し、その美しさに高経は見とれてしまった。

 小春もまた、すぐ近くに高経の吐息を感じて動揺してしまう。

 高経は慌てたように、咳払いをして続けた。

「あれは、忍術ではなく丸薬(がんやく)の製造法。その……農作物から動物、人間までも元気にしてしまうという薬のことが書いてある」

「つまり……万能滋養強壮薬ってこと?」

「まぁ、そんなところか」

 忍術の奥義でも載っているのではないかと期待していた小春は、ガッカリである。

 うなだれた小春のすぐ近くに、高経の顔があった。

 その瞳には単なる天然男ではない、意志の強さが秘められている。

「小春…案外、秘伝の書にも使い道はあるぞ」

「使い道……?」

「私の跡継ぎをつくる為には有効かもしれぬ、ということだよ……」

 耳朶まで赤く染めた少女の顔に、端正な顔が近づいてくる。

 月が雲間に隠される前に、二つの影が一瞬だけ重なった。


 一年後――。

 天津の殿様は可愛らしい妻を娶った。

 そして、秋になると天津城には名物となったあんぽ柿を作る為、毎年たくさんの柿がぶら下がる。

 もちろん、その陣頭指揮をとるのは可愛らしい奥方(おくがた)である。

        

なんとか書き終えた忍者話でしたが、いかがでしたでしょうか?

一応、忍者の資料をもってはいるのですが……まったくもって活かしきれず(苦笑)

感想とかアドバイスとかいただけたら、嬉しいです。

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