9
瑠樺は雅緋の手をしっかりと握ったままで石段を降りて行った。
やがてーー
「もう大丈夫よ」
静かに雅緋が瑠樺に声をかけた。「別に今更彼に襲いかかったりしないわよ」
瑠樺は慌てて雅緋の手を離した。
すでにさっき感じていた不思議な感覚は消えている。
「すいません」
「別にあなたが謝ることはないわ。あの男、あれじゃてんで話にならないわ。よほど一条家に恨みがあるのかもしれないわね」
「でも、個人的に恨みを持っているわけじゃないと言ってました」
「口じゃああ言っていても、腹の中じゃわからないわよ」
「そうでしょうか?」
「あなたって疑うことを知らないの?」
雅緋は眉をひそめて瑠樺を見た。
「別にそういうわけじゃありませんよ。でも、彼がそんなことで嘘をついているようには思えなかったんです」
「和彩の目……というわけ?」
「え?」
「いえ、あなたの一族って真実を暴く力があると言っていたわね」
「ああ、千波ちゃんが言っていた『羽』のことですか? アレは私にはよくわかりません。相手の『真実』を知りたいと願って、心の中に飛びこむだけのことなんですから」
「でも、そんなに簡単に嘘とか本当とかハッキリ言えるものなのかしら。人の心なんていうものは自分が意識していることが全てじゃないわよ。人の言葉が心の中と違っていたとしても、それは『嘘』とは違うかもしれない」
「それは確かにそうですね」
「彼が言っていたことも同じよ。どんなに昔のことだって、家と家との恨みなんていうものは消すに消せないことだってあるのよ」
その雅緋の言葉には、どこか切実なものを感じる。
「雅緋さんも何かあるんですか?」
「え? 違うわよ。私のことを言ってるわけじゃないわ。そもそも私に『家』なんて呼べるものはないのだから」
その雅緋の様子は少し狼狽えているように見えた。それを聞いて、雅緋にはルーツと呼べるものが無かったことを思い出していた。雅緋のような人にとっては、瑠樺のように古い家の繋がりによって縛られている人の姿はどう写っているのだろう。
「それにしても何があるんでしょう?」
瑠樺は寺のほうを振り返った。すでに七尾流に姿は見えない。
「何が?」
「この上です。彼の力のせいで寺の中の気を感じることは出来ませんでした。でも、彼はあの中に私たちが行こうとするのを阻もうとしているように見えました。彼があの場所にいたのも、それが理由のような気がします」
「確かにそうね。わざわざ私たちを出迎えに来たわけじゃないでしょうし。だとしたら、なおさら彼の邪魔を突破するしかないわよ」
「また、そういう力づくの考え方を」
「でも、最終的にはそれを考えておくべきだわ」
確かにその通りだと思いながらも、瑠樺は頷くわけにはいかなかった。