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奥州妖かし奇譚 第二部・憑神  作者: けせらせら
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 国道をはずれて舗装されていない山道を進むと、道幅もぐっと狭くなりその両脇には背の高い竹林に囲まれる。

 やがて、その山道は長い石段へと差し掛かった。

 その前に立った時、妙な気配が辺りを包んでいるのが感じられた。

(これは?)

 雅緋が瑠樺のほうを見る。きっと雅緋も同じように感じたのだろう。

「この上みたいですね」

「そうね。ここで良いみたいね」

「行きましょう」

 そう答えてから、瑠樺は石段を登り始めた。

 長い石段を登っていくと、上から一人の若者が降りてくるのが見えた。

 瑠樺たちと同年代と思われるその若者は錫杖を肩にかついでいるが、その姿は僧侶とは思えない現代的な服装だった。錫杖からシャラシャラと音が鳴っている。

 瑠樺たちは足を止めた。

 その場の空気が一瞬で変わる。いや、空気というよりも、自分たちの中の妖かしの力が強く反応していることを感じる。

 それは眼の前の若者が七尾の一族だという何よりの証明だった。

「七尾の一族の方ですね」

 最初に口を開いたのは瑠樺だった。

「お前たちは?」

 若者は訊いた。細身で背は高く、やけに肌が白く見える。

「私は二宮瑠樺と言います。八神家の二宮といえばわかりますよね。こちらは音無雅緋さんです。あなたは?」

「七尾流」

 若者は表情を変えずに名乗った。「つまり一条家からの使いということか。帰ってくれ。お前らと話すことはない」

「言い切ってくれるのね。こんな山奥までわざわざ訪ねてきてるのに、こちらの話も聞こうとしないわけ? 礼儀知らずね」

 雅緋が一歩踏み出した。

「勝手にやって来ておいてずいぶん上からものを言う女だな。おまえたちは一条の使いなのだろ? なら、話を聞いたところで断るだけだ。初めから断るのがわかっていて話をさせても時間の無駄だろ」

「あらカッコいいこと言うのね。でも、断っていいとは言ってないわ」

「ふん、やはりずいぶん傲慢な言い方をするものだな。やはり一条という家は何年経とうと変わらないってことか」

「あなたほどじゃないわ。そもそも私は一条の使いなんかじゃないわ。知ったようなこと言うものじゃないわ。一緒にしないで」

 雅緋が口を開くたびに状況が悪くなっていく気がする。

「七尾さん、『陸奥の神守』として力を貸してもらえませんか?」

「それは昔の話だ。大昔の話だ。とっくに縁は切れている。今、一条と関わるつもりはない。帰ってくれ」

 七尾がそう言うのは予想していたことだ。だからといって素直に帰れるはずもない。

「お願いです。話を聞いてください。実は今、『西ノ宮』の刺客によって人が死にかけています。助けることが出来るのは七尾の一族の持つ力だけです。放っておくわけにはいきません。あなたの力を貸してください」

 七尾は瑠樺を見つめ――

「お前は二宮と言ったな」

「二宮瑠樺です」

「つまり和彩の一族というわけか。それって、和彩の一族が『陸奥の神守』たちを束ねる立場に戻ったということか?」

 七尾の言うとおり、かつて『和彩』という名は、『陸奥の神守』と呼ばれる一族たちを束ねる立場だったことがある。それを知っているということは、七尾流もある程度、一条家にまつわる過去の事情を知っているということだろう。

「いいえ、そういうわけではありません。今、二宮は一条に仕える立場にあります。八神家の立場に戻ったわけでもありません」

「そうか」

 流は小さくため息をつき――「残念だけど、それならやはり断るしかない」

「どうしてですか?」

「七尾は既に八神家を離れている。俺は個人的に一条を恨んでいるというわけじゃない。だが、七尾の一族として一条に思うところはある。そして、一条を信用してはいない」

 やはり一条家という存在は、『陸奥の神守り』の一族にとって煙たい存在と思われているのだろう。

「気持ちはわかります。けれど、今の一条家の当主、春影さまはあなたの思っているような人ではありません」

「思っているような人? 確かに今の一条家の当主のことを俺は詳しくは知らない。だが、一条家というだけで十分だ。そもそも六角左内の件、あれは一条春影が原因じゃなかったのか? お前だって父を亡くしているんだろう?」

「……あれは春影さまだけの問題ではありません」

「おまえがそう思うならそれもいいさ。だが、俺に一条を信用する理由にはならない」

「一つ教えてもらえないかしら」

 雅緋が再び声をかける。

「答えられることならな」

「七尾に憑いた妖かしは特殊な力を封じるんですってね」

「封じる? いや、少し違っている。正確には吸い尽くすといったほうがいいかもしれない」

「吸う? まあ、いずれにしても、あなたによって妖力は無力化されるということでしょ」

「七尾の一族が何かをするわけじゃない。七尾の力を受け継いだ者の周りには、意思とは無関係に常にそういう力が張り巡らされている。今、おまえたちもそれを感じているんじゃないか?」

 流の言うとおりだった。力を使おうとしていないからこそ、直接的にその影響を受けることはないが、この一帯全体に不思議な力が及んでいることは間違いない。おそらくこの力が七尾の力なのだろう。

「それじゃ、あなたにとっては特別なことをするわけじゃないでしょう。一緒に来て、ただ弥勒骨仙人の力を封じてくれればいいだけのことじゃないの」

「断る」

「それならあなたを無理やり連れて行くって手もあるんじゃない? あなたの意思は関係ないんでしょ」

「お前たちにそんなことが出来るのか?」

 流は鼻で笑った。

「試してみる?」

 雅緋が七尾に向かって進み出る。

 それを瑠樺は慌てて手を握って動きを止めた。

「雅緋さん、止めてください」

 不満そうな顔をしながらも雅緋は足を止めた。瑠樺はさらに七尾流に向かいーー

「一度、帰ります。七尾さん、私達はまた来ます。あなたと話し合いたいんです。あなたに協力をしていただきたいんです」

「何度来ても無駄だ。悪いがお前たちにかまってる余裕はないんだ」

 そう言って七尾は背を向けた。


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