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「キミたちは旅行かい?」
黒いブルゾンを着た若者は、瑠樺たちに視線を向けながら訊いた。
沙羅が姿を消したのは、この若者が近づいてきたからに違いない。沙羅は若者にそういう気配を一瞬で感じ取ったのだろう。
瑠樺もすぐにそれを感じ取っていた。
「見ての通りです。それがなにか?」
と瑠樺が答えるより早く芽衣子が冷たく言う。
「僕も旅行なんだ。キミたちが地元の人たちなら、どこか良いところとか教えてもらおうかと思ったんだけどね」
確かにその手にはコンパクトなボストンバッグが握られている。その姿から推察するところ、瑠樺たちと同年代だろうか。
「ガイドブックでも見たほうがいいんじゃないですか?」
「それじゃつまらないよ。隠れた名所とか、地元の人しか知らない名店とか、そういうほうが面白いじゃないか。どこか知らないかな?」
「だから、私達も旅行だと言っているでしょう」
「そうだったね。ところでキミたちは高校生? いや、もうちょっと若そうな子もいるね。どういう関係? 家族?」
「何? 身元調査でもしたいのかしら?」
今度は雅緋が冷たい視線を向ける。
「いやいや、ただの挨拶だよ。ボクは草薙響、キミたちは?」
「私は――」
と、瑠樺が言いかけるより先に雅緋がすっくと立って草薙に顔を向ける。
「どうして名乗らなきゃいけないのかしら?」
「いろんな人と知り合える。それが旅行の一つの楽しみじゃないか」
「それなら他の人たちと知り合ったらどう? 私達は結構よ」
そんな雅緋のキツい言葉にも草薙は笑顔を消さなかった。
「厳しいなぁ。ボクはそんなに怪しい人間に見えるかい?」
年齢は若いのだが、どこか遠い親戚のオジサンに会ったかのような感覚を覚える。いや、それも厳密には違う。『親戚』ではなく『同種』といったほうが良いのかも知れない。
おそらく雅緋も芽衣子も、若者に同じような印象を感じ取っているのだろう。
「怪しい人間というより、得体の知れない存在ってとこかしら」
「参ったなあ」
「要するに、今、私たちはあなたと話したい気分じゃないって言ってるのよ。察したらどう? しつこい男は嫌われるわよ」
「おっかないね。じゃ、お呼びじゃないようだからとりあえず今は退散しよう。縁が待ったらまた会おう」
草薙は笑顔でそう言うと、前の車両へ向かって歩いていった。
その姿を横目で睨みながらーー
「何者かしら?」
と雅緋が未だに警戒しながら呟く。「なんかあの喋り方もあのわざとらしい笑顔も、妙にムカつくわね」
一方、意外にも千波は何も興味がなさそうな顔をしている。
「千波、どうかした?」
芽衣子が千波に問いかける。「何か思ってることがあるなら言いなさい」
「え? あの人のことなら別に何も思ってないわよ。ただの風みたいなものじゃないの」
「風?」
瑠樺にとっても千波の言葉は興味をひくものだった。
「はい、確かに普通の人とは違うとは思うけど、でも、特に害をもたらす存在には思えない。だから、自然現象のようなもの。つまりは風みたいなものですよ。どちらかというと皆さんの反応のほうが面白かったです。雅緋さん、クールに見えて実はすごく乙女なんじゃありませんか。強い風が吹いて、慌ててキャーッと叫んでスカート押さえてる、そんな光景が見えるようでした」
それを聞いて、瑠樺と芽衣子は思わず吹き出していた。
雅緋の顔が真っ赤に染まり、顔をそむけて窓の外へと視線を向ける。
面白い表現ではあるが、千波の言葉は的を射ているように思えた。『一陣の風』、それがあの草薙という若者にはピッタリだった。
その後、誰も草薙について話をしようとはしなかった。