4
電車で盛岡駅まで出て、そこからは新幹線に乗り換える。
ちょうど新幹線に乗り込んだ時、六角周防から瑠樺の携帯へ電話が入った。
驚くことに、周防は新潟にいるようだった。どうやら昨夜、一条家の使いが現れてすぐに一人で新潟に向かうように指示を受けたのだという。そして、やっと今になってそれが嘘ではないかと疑って、瑠樺に電話してきたのだ。もちろん、その一条家の使いというのは、雅緋によって仕向けられた罠だったのだろう。
電話を切って瑠樺が席に戻ると、そこに不思議な光景が広がっていた。
雅緋たちが座る席のすぐ隣で一人の少女が駅弁を食べている。巫女の着物でおかっぱ頭、時代錯誤ともいえるその奇妙な姿。
それは呉明沙羅だった。
1400年前、この地に現れた『魔化』と呼ばれる妖かしと戦うため、肉体を捨てて霊体となった呉明の一族の一人。それ以後、封印されていた彼女が音無雅緋の体に乗り移ったのは昨年の春のことだ。それには亡くなった瑠樺の父の辰巳が関わっていた。
普段、沙羅は雅緋の体に隠れていて、滅多に姿を見せることはない。
だが――
今、まさに霊体であるはずの沙羅が実体となって、新幹線のシートに座って駅弁を美味しそうに食べている。
芽衣子は他人のふりをし、千波は嬉しそうな眼差しで沙羅を見つめている。そして、雅緋は沙羅のことなど気にする素振りもなく窓の外を眺めている。
ハッと我にかえり、すぐに声をかける。
「雅緋さん? これはいったい――」
「駅弁を食べたいっていうから」
「で、でも、これって……沙羅さんは霊体のはずじゃ」
周囲に気遣いながら声をひそめる。
「木偶人形を使うことで仮の実体を持てることがわかったのじゃ。今の世の中の食べ物は美味いもんじゃなぁ」
当たり前のように沙羅が答えた。こうして見ていると、まるで本当に普通の子供がそこにいるかのようだ。以前にも霊体である沙羅と話をしたことがある。だが、ここしばらくはまったく雅緋の中に隠れて姿を見せなかったのだ。
沙羅が実体化していることに驚きはしたが、良い機会かもしれない。
「ねえ、沙羅さん」
瑠樺は沙羅に声をかけた。
「なんじゃ?」
「いきなりで悪いんだけど教えて欲しいことがあるの」
「なんじゃ? 好きなものか? それならこの玉子焼きが一番じゃ。この前、その娘に作ってもらったものは今ひとつじゃったな」
「沙羅、いい加減にしないと元に戻すわよ」
雅緋が沙羅を睨む。
「……ふん、怖いのぉ」
「そんなことじゃないの。『七尾の一族』についていよ」
「ホント、いきなりじゃな」
「あなたなら何か『七尾の一族』について知っているんじゃないの?」
「そんなものはそこの娘から聞いておるじゃろ」
チラリと視線を雅緋のほうへ向けて沙羅は答えた。雅緋は沙羅をその身に取り込んだことで、沙羅の記憶を共有している。そのため過去の『陸奥の神守』について、瑠樺以上の知識を有していることもあった。
「それは知っているわ」
「それなら――」
「あなたの口から聞きたいのよ。あなたの目から見た『七尾の一族』についての印象を聞きたいの」
沙羅は一瞬、箸の動きを止めてからーー
「そう言われてもな。我はよく知らんのじゃ」
「知らない?」
「いや、知らぬというよりも、我が知っている七尾とおまえたちが語っておる七尾とは本当に同じ一族なのか? 別の一族の話をしているように思えるんじゃがな」
「別の? あなたは何を知っているというの?」
「何って『七尾の一族』のことじゃろ? 我が生きていた頃、『七尾の一族』は『憑神』と呼ばれておった。『七尾の一族』は妖かしの一族の中で、もっとも人間に近い存在じゃ。だが、その反面、いくつもの、そして、さまざまな妖かしをその身に宿す力を持っておった」
「でも、私が聞いた話しでは、『七尾の一族』は妖かしの力を消し去る力があるという話でした。だからこそ、私たちはその力を貸してもらうために会いに行くんです」
「じゃから、我の知っている『七尾の一族』とは少し違っていると言っておるのじゃ」
沙羅は満足そうに弁当を食べ終わるとペットボトルのお茶をゴクリと飲んだ。
「どうしてそんなことに?」
「さあな。ただ、そう難しく考える必要もなかろう」
「どう考えればいいの?」
芽衣子が問いかける。
「そもそもな――」
そう言いかけて次の瞬間、沙羅の姿がパッと消えた。
それを頭で理解するよりも早く、瑠樺は一つの気配を感じてハッとして振り返る。
そこに一人の若者が爽やかな笑顔を見せて背後に立っていた。