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「そんなの決まっているでしょ」
千波は不愉快そうに言った。
「どう決まってるんだ?」
「梢さんが呼び込んだのよ」
「呼び込んだ?」
「そもそもこれを不思議に思うことが間違っているのよ。『憑神』、それがもともとの『七尾の一族』の力なのでしょ。その力を梢さんが持っていて何がおかしいの? 梢さんにはもともと『七尾の一族』としての力があるのよ」
「梢の力が無意識のうちに妖かしを呼び込んだというのか?」
「違うわよ。もう自分勝手なこと言わないで。梢さんは自分の意思で妖かしを呼び込んだって居ているの」
流は目を丸くした。
「自分の意思で? いったい何のために?」
千波は大きくため息をついてからーー
「一言で言えば、嫉妬ね」
「嫉妬?」
「そうよ。何を驚いているの? 人が一番人間らしく、そして愚かな感情。それこそが嫉妬なのよ。それはいつの時代だって誰って同じ。人を妬んで自分を磨くこともあれば、人を妬んで誰かの足を引っ張ることもある」
「彼女が誰に嫉妬しているって言うの?」
芽衣子の問いかけに千波は呆れたようにーー
「お姉は時々、変なこと言うわね。まさか、お姉のくせにそんなこともわからないの? そんなのそこのお兄さんに対するものに決まっているじゃないの」
驚いたように声を出したのは七尾だった。
「僕の? なぜ梢が俺に嫉妬しなきゃいけないんだ」
「なぜ嫉妬されないと思っているの? 兄妹だから? 仲が良かったから? ずっと妹を思ってきたから。そんなのはあなたの勝手な思いこみよ。立派なお兄さんだから、自慢出来るお兄さんだから、大好きなお兄さんだから、だからこそ負けたくないと思う。勝ちたい思う。倒したいと思う。そういう嫉妬だってあるのよ」
千波は当たり前のように言い放った。それはまるで自分のことを言っているかのように強い口調だった。
「そんな理由で? まるで子供じゃないの」と小さく芽衣子がボソリとつぶやく。
「そうよ。悪い!」
ムッとしたように千波が言った。それを聞いて、瑠樺はやっと千波の機嫌が悪かった理由はわかった気がした。和泉家に行って、両親の話を聞き、千波は梢の気持ちがわかったのだ。千波は梢に自分を投影して、その気持ちがわかることにも不快になっていたのだろう。
「バカを言うな。梢はそんな奴じゃ――」
「その通りよ」
流の言葉を梢が遮った。「その人の言う通りよ。私は兄さんに嫉妬してた」
「梢、どうしたんだ?」
「兄さんはずっと私の自慢だったわ。兄さんは優しかったし、カッコよかった。子供の頃から私は兄さんの背中を追いかけてた」
「だったらーー」
「でも、それが私には満足出来なくなっていった。いつの頃からか私は兄さんを越えたいと思うようになっていった。その兄さんが『七尾の白狐』を受け継いだ。当然のことだわ。それなのに私はそれを聞いた時、悔しいと思ってしまった。勝ちたいと思ってしまった。だから、ずっと私はその力を欲しいと思い続けた。だから、『白狐』はその願いを受け入れてくれた」
堰を切ったように、梢の口から流への不満が溢れ出す。
「何をバカなことをーー」
「バカなこと? 何がバカなことなの?」
「おまえは妖かしを身に宿すということがどういうことなのかわかっていない」
「それって何? 自分はわかっているけど私はわかっていないってこと? 兄さんはいつも私を下に見るのね」
「そんなつもりじゃない」
「私だってーー」
梢が流を睨む。
「ダメよ」
梢が力を使おうとするのに気づき、瑠樺は梢の手を咄嗟に握りしめた。「気をつけて。七尾の白狐は強すぎる。うかつに力に触れればあなたのほうがまた意識を奪われるわよ」
「でも、私だって七尾の一族――」
「そうよ。それが『七尾の白狐』でなかったら、あなたでもきっと簡単に操れる。それだけの力があなたにはある。でも、『七尾の白狐』の力は強すぎるの。七尾の一族は『白狐』を受け入れた時から操ることを諦めたのよ」
「私には扱えないの?」
「いいえ、そんなことはないわ。私はさっき『白狐』の声を聞いた。『白狐』はお兄さんではなく、あなたを選んだのよ」
「私を選んだ?」
ほんの少し嬉しそうに梢は微笑んだ。
「ちょっと待て。さっき妹を助けると言ったな。どうすればこの妹に憑いた妖かし消せる? どうすれば梢に憑いた『白狐』を俺のほうに戻すことが出来る?」
「とんだシスコンだわね」
ため息混じりに雅緋が言った。
「バカにしたいならそうすればいい。それでも俺は妹を守る」
「何が守るよ。そんなんだからダメなのよ」
「何?」
「妹さんのこと、どうして信用してあげないのよ」
「そういう問題じゃない。梢はまだ中学生なんだ」
「あなたが白狐を憑いだのは10才の時って聞いたわよ」
「俺と梢は違う」
「は? あなたの妹なのよ。彼女だって『七尾の一族』なのよ。さっき瑠樺さんが言ったでしょ。『白狐』は梢さんを選んだのよ。あなたではなく梢さんをね。彼女の力なら『白狐』を抑えられるわ。むしろあなたの存在のせいで、彼女の力は暴走することになったって言えるんじゃないの?」
「俺のせい……なのか」
唖然として、流は肩を落とした。瑠樺は流に歩み寄った。
「流さん、梢さんのことなら心配いりません。梢さんは意識を失いながらも、あなたの手助けをしようとしていました。あなたが『鹿神』の力を使うことが出来たのも、きっとあなたに『白狐』の影響を及ぼさないようにしていたからです。さっきも咄嗟にあなたに対して『白狐』の力を意識的に使った。梢さんが覚醒していけば、『白狐』の力を使いこなせるようになれる」
「そんなことが梢に出来るのか?」
流は驚いたように梢を見つめ、梢は照れたようにうつむいた。
「ああ、なるほど」
と納得したように雅緋が言った。「つまり昨夜は一方的に私の力だけが吸われていたってことね」
流はそんな雅緋の言葉など気にもせず、梢に声をかけた。
「だが、力を持つということがどういうことか、本当におまえはわかっているのか?」
「どういうことってーー」
「力を持つということは普通の人間ではいられないということだ。そして、争いに巻き込まれるということだ。そうだろ?」
流はそう言って瑠樺を見た。その言葉に瑠樺は反論出来なかった。実際、今回、彼らを訪ねたのはその戦いに協力してもらうためなのだ。
だがーー
「私は『七尾の一族』です。私も子供の頃からそのことは聞かされて生きてきました。いえ、本当はよくわかっていないのかもしれない。でも、私は兄さんと共に戦いたいんです」
梢は真っ直ぐな眼差しで流を見つめた。
流は大きく息を吐き出すと、瑠樺たちへと顔を向けーー
「わかった。キミたちに協力しよう」
「私も協力します」
追いかけるように梢が言う。
「ありがとうございます」
瑠樺はホッとした。
これで弥勒骨仙人の力を抑えることが出来る。
だがーー
「ちょっと待って」
と雅緋が口を挟む。「何よ、この流れ。まさかこれで終わりってわけじゃないわよね。これで済むと思ってないわよね。手打ちなんて言わないわよね」
「何を言ってるんだ?」
「昨夜のことを忘れたわけじゃないでしょうね。キッチリ借りは返させてもらわないと」
「なんだ? 負けたことを根に持っているのか?」
「負けてない。昨夜はあなたの力がどういうものかを試しただけよ。私はあなたに負けていない」
「そういうことにしても構わないけどね」
「何それ。何その態度」
雅緋の怒りはなかなか収まらない。その雅緋の気を反らそうという思いをこめて、瑠樺は流に声をかけた。
「流さん、ところであなたはどうして私達が来ることを知っていたんですか? いつも私達が来る時、あの階段のところにいましたよね」
「あれは『声』が届いたんだ」
「届いた?」
「そうだ。『七尾の力』を求める者たちがやってくるってね。ボクにとって、それどころじゃなかった。だから帰らせようとした」
「誰の声?」
「それは知らない。だが、それは嘘だとも思えなくていつでも対応出来るようにしてたんだ。そして、その声のとおりにキミたちは現れた」
「それってーー」
瑠樺の頭の中に一人の男の顔が浮かんだ。そして、それは雅緋も同じだったようだ。
「ああ、そういう人間なら一人知ってる奴がいるわ。今度、ぶちのめしてやるから」
雅緋はそう言って拳を握りしめた。




