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俺、勇者になる①

 俺とリリは、机の上に広げたワールドマップとにらめっこしていた。それぞれの俺がログアウトした地点に、フラグを立てている。

 そう、今度こそ二人で俺を探しに行くのだ。


「どこから行きましょうかねえ」

「とっくに動いている可能性もあるからのう。空振りはめんどうなのじゃ」


 リリは一週間で一万キロも移動している。他の俺がそうしていたっておかしくはない。というか、その可能性の方が高い。他の俺も、他人を嫌って都市を離れ、フィールドをうろついているだろう。


「あんまり動いていなさそうなアカウントは、レシア・ローですよね」

「のじゃなあ。勇者か」


 レシアは、ホームタウンの一つである【ガメー】にいる。生産と戦闘を適度に上げたあと、マーケットに張り付かせていた。


「大きい買い物をした後で、レシアは文無しですからね。【ガメー砂漠】に飛び出すとは……」

「わらわはそうしたのじゃ。遠くの餓死よりも差し迫った他人の方が怖かった」


 そして実際に、差し迫った他人はヤバかった。あんな目に遭うのは二度とゴメンだ。


「まあ、わたしもそうでしたからね。わたしのやることです、予測はつきます」

「行くだけ行ってみるのじゃ。【ガメー】は大都市じゃから、うまくやれば人間だとバレずに行動できるかもしれん」

「分かりました。それじゃあさっそく、ファストトラベルしましょうか……って、あー」


 リリがなにかを悟って額を抑えた。さすが俺、話が早い。

 のじゃロリアバターでガメーに行ったことは一度もない。そして、一度も行ったことのない場所にはファストトラベルできない。


「がー! なんでわらわはわらわなのじゃ!」


 俺はのじゃロリっぽく地団太をふんだ。不便すぎるだろこのアカウント。生産できない、ファストトラベルできない、デカい女にセクハラされる。『のじゃ』と『わらわ』だけでキャラが立つこと以外、なんのメリットもない。


「まあまあ、のじゃロリ。急ぐ旅ではありませんよ。マウントでゆっくり行きましょう」

「ママァ……!」

「よしよーし」






 完整領土のサービス終了から、二週間。砂漠のど真ん中にある交易都市ガメーは、滅びつつあった。

 サービス終了直後、NPCは大喜びしていた。メチャクチャしてくる人間がいなくなった上に、なぜか自分たちの存在が消えていない。望外の幸運が二つも重なったのだ。

 しかし、NPCたちは忘れていた。このゲームの経済を回していたのが、人間だということを。


 ペトラ遺跡をモチーフにしたガメーは、渓谷内に張り巡らされた都市だ。周囲にあるのは砂漠と岩だけ。農業のできないこの土地で、食料はあっという間に枯渇した。

 都市には失業者が溢れ、飢えたNPCがそこら中に横たわり、なんだか移民排斥運動みたいなことまで起きている。リアルすぎる。


「なんで俺、のじゃロリとかリリじゃないんだ……」


 ガメーの片隅で、俺はうめいた。赤いショートカットのちんちくりん。白い鎧【ホワイトドラゴン・ブリガンダイン】に青いスカート【ヴァルキリー・プリーツスカート】を合わせ、ショートソードを差した美少女アバター。

 レシア・ロー。

 それが、今の俺だ。


「おかしいだろ。最後に触ってたの、のじゃロリだったろ」


 一文無しで放り出された俺は、大騒乱の隙をついて冒険者ギルドに押し入り、【リージョナルクエスト】でいくらかの金と食料を得た。一度は他人が怖くて【ガメー砂漠】に飛び出したが、暑すぎて引き返したのだ。

 しばらくは、その日暮らしが成立していた。しかし、溜まりに溜まっていたクエスト受注権が尽きたところで、ガメーの空気が変わった。

 さっき、移民排斥と言ったけど、そこには人間も含まれている。いやむしろ、諸悪の根源というか全ての元凶というか、うっぷん晴らしの材料としてこの上ない存在みたいに扱われている。


 飢えたり貧乏になったりすれば、人はだれかを憎まずにはいられない。ましてNPCが人間を憎むのには、正当性がある。これまで人間がやってきたことを考えれば、当然だ。

 というわけで、ある日フラーっと冒険者ギルドに訪れた俺は、NPCに叩き出された。抵抗しようと思えばできたのだが、無理だ。殴った相手の泣き顔を思い出して眠れなくなるなんて最悪だ。


 のじゃロリだったら、カンストしたバトルクラスで生きていけるだろう。リリなんて、それこそどこにいても快適に過ごせる。今ごろ、どこかの山奥に小屋でも作ってノンビリ暮らしているんじゃないだろうか。

 レシア・ローは、何もかもが中途半端。カンストしているのはバトルクラスの勇者ブレイブだけだ。

 勇者と言えば聞こえは良いが、その実は補助バッファー寄りのDPS。パーティメンバーに与ダメージアップやMP回復速度アップのバフをかけたりするのが仕事だ。ちょっとだけヒールもできる。たぶん勇者の『器用貧乏』みたいなコンセプトを抽出したのだろう。ヒーラーのMPが切れないように気を配る勇者なんて聞いたことないぞ。


「あー……なんで俺は俺なんだ」


 空腹だし絶望しているしで、考えても仕方のないことばっかり延々と考えてしまう。


 砂漠と渓谷を分かつ大正門の辺りを、俺はトボトボと歩いた。人間だとバレないように、【コットンマント】で全身を隠して。

 気分の落ち込みに拍車をかけるのが、この都市の現状だ。失業者はこの表通りにまで溢れ、無気力に横たわっている。コイツらはNPCだから、死ぬことはない。しかし、限界ギリギリまで飢えたまま生きているのって、スパっと死ぬより辛いだろう。

 風が吹くと砂埃が舞い、横たわったNPCにぱらぱらと落ちかかる。いつから横たわっているのか、半分ぐらい砂に埋もれているやつもいる。ここは地獄だ。

 

 餓死したらどうなるんだろう。ログアウトするのか? その場合、レシア・ローであるこの俺はどうなる? 消滅するのか? 記憶ぐらいは本体に残るのか?


 明日をも知れぬ身を嘆きながらトボトボ歩いていると、背後からシュゴオオオ……みたいな音が聞こえた。どうも耳に馴染みのあるSEで、俺は振り返った。


 二人乗りマウント【シャークーンver3.4】が、大正門から表通りに飛び込んでくるところだった。


 【シャークーンver3.4】は、巨大なメカのサメだ。全長は五メートルぐらいあり、常に浮遊している。一年前に実装されたレイドコンテンツの報酬だ。

 【リネンマント】に身を包んだキャラクターが二人、サメマウントに相乗りしていた。俺はわけの分からない思いで立ち止まった。

 サメマウントは停止し、バシュウウウ…みたいな大げさな音を立てて排気した。砂が巻き上がり、死体同然のNPCが何人か無気力に地面を転がった。


 二人組がサメマウントから飛び降り、周囲をゆっくりと見まわした。


「フー……どこもクソみたいな状況だな。笑えるぜ」


 一人がそう言って、もう一人が頷く。


「はじめるぞ」


 二人組が、マントを脱ぎ捨てる。

 人間だった。

 一人は彫りの深いイケオジで、もう一人はキリっとした眉毛とサラサラストレートロングヘアの美少女だった。


 どちらも赤く染色した【シープスキン・ダブレット】を着ている。ダブレットの右肩には、揃いの紋章が入っている。同じスクワッド――プレイヤーズギルドみたいなものだ――に所属しているのだろう。入団したプレイヤーに紋章入りの制服を配るスクワッドはとても多いと聞く。俺には関係ない話だが。


「フー……オレたちは【ベンチュラ】だ。オレはリーダーのコール・バース。簡単に言うとだな」


 イケオジの方が、髪を撫で上げながら口を開いた。


「ガメーはアタシたちが支配しますっ!」


 美少女の方が食い気味に言った。


「……笑えるぜ。ネビュラ、オレのセリフを泥棒するんじゃねえよ」

「ハッ! すみません! 気合が入りすぎました!」

「フー……ま、そういうことだ。よろしくな」


 イケオジのコールが、気だるそうに挨拶する。その横で、キリっとした眉毛のネビュラが気合たっぷりに鼻息をフンフンさせている。


「さあ、かかってきなさい! ネビュラが相手をしますよっ!」


 ネビュラが槍を構えた。【アプレンティス・ウォールナットランス】は傭兵マーセナリーの序盤武器だ。【スタックスタイル】しているのだろう。


「あれえ!? コール様、反応がありませんよっ!? なんででしょう!」


 NPCたちは、いきなり現れた連中に対して、ポカンとしていた。


「しばらくすりゃガメー騎士団がすっ飛んでくる。暴れてえなら相手はそいつらだ、ネビュラ」

「はいっ! ネビュラ、がんばりますっ!」


 ネビュラは頭の上でランスをぐるぐる回転させた。


「後続が追いつくまでに片付けられるか」

「もちろんですっ! NPCなど、アタシの槍の錆にしてみせますっ!」

「死なねえけどな、あいつら」


 だいたい事情は呑み込めた。俺と同じく取り残された連中がスクワッドを結成し、やりたい放題しようと考えたのだろう。

 なんて要領の良い連中なんだ。徒党を組んで国を支配するって、コミュ強すぎる。俺にはとうていできない。


「フー……オレたちの方針を分かりやすく説明するとだな」


 コールがガンナー装備の【ブラス・フリントロック】を抜き打ちした。破裂音が響き、NPCが俺の横を吹っ飛んでいった。

 肩越しに振り向くと、数メートル先で女の子が横たわっていた。頭の右半分が吹っ飛んで、それでも生きている。残った右目が涙を流している。

 目が合った、気がした。


「こんな感じだ。逆らえば殺す……じゃねえな。殺された方がマシだと思うような、ひでえ目に遭わせる。従うなら、使ってやる。分かりやすいだろ」


 ことここに至って、NPCたちもようやく事情を呑み込みはじめたようだった。悲鳴を上げて逃げ出す者、政庁までガメー騎士団を呼びに走る者、怯えて竦んで動けなくなる者……つくづく、このゲームのAIはよくできている。


「あの、あのっ! コール様!」


 目をキラキラさせたネビュラが、コールのダブレットの裾を引っ張った。


「なんだ、オマエも嬲りてえのか? 笑えるぜ」

「だってえ」

「好きにしろ」

「はいっ!」


 ネビュラは手をひさしにしてきょろきょろした。そして、俺と目が合うなり、ニヤーっと笑った。


「ウッソだろお前」

「嘘じゃありませんっ! そうりゃあああ!」


 イカれてる。当たり前だ。俺と同じく、サービス終了までログインし続けたヤツなんだ。頭がおかしいに決まってる。俺は今、頭のおかしいヤツに遊び半分で殺されようとしている。


「あああああもおおおやだあああああ!」


 俺は絶叫しながら抜刀し、まっすぐ突いてくる一撃を切り上げた。

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