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俺、セクハラされる②

「人間? 珍しいねえ。まー座んなよ。ほれほれ」


 超絶美女が、地面をぽんぽん叩いた。


「あ、ど、どうも」


 俺は頭を下げた。


「ちょっと、のじゃロリ」


 下がった俺の頭をアドリアナがぽんぽんした。


「でも、呼んでるし」

「よせ、ヤーシャ。敵の肚を探るつもりなんだろ、のじゃロリ」

「む、うん、そうじゃ。探ってくるのじゃ。まかせよ」

「悪い……頼んだ」


 ニコラのまっすぐすぎる期待を受けて、俺はのろのろと前進した。


「来たねえ、ちっこいの。ささ、飲んで飲んで」


 隣に座るなりグラスを押し付けられる。ちびっと啜ってみると、メチャクチャ甘い。【ガメーワイン】だ。嫌いじゃないな。


「えと、あの」


 しゃべろうとして女の方を見る。デカい。頭三つ分ぐらいデカい。いや、のじゃロリが小さすぎるんだけど。とにかくこの身長差がなんか怖い。


「あたし、アオイ。ちっこいのは?」

「の、のじゃロリ」

「それ名前? すごいねえ」


 アオイはけらけら笑った。

 

「ぼーっとしてたらサービス終了しちゃってさあ。取り残されちゃった。で、まーいっかあと思って。お酒でも飲むかーって」


 ヤバい、こいつ一方的にメチャクチャ話してくるヤツだ。くそ、どうしたらいいのか全く分からない。


「のじゃロリは?」

「わ、わらわは」

「わらわ!」


 爆笑された。やめろ、我に返そうとするな。


「あー、ごめんね。ロールプレイなんだね。いーじゃん、徹底してて」

「……の、のじゃ」

「のじゃ!」


 だったら爆笑するなよ。


「あーごめん、笑いすぎて涙出てきた。あたし、ほら、酔っちゃってるから。そか、のじゃロリだね。いいよいいよ。そういうの好き。耳もいいねえ」


 アオイが俺の耳をつまんだ。俺がビクってなると、アオイはさらに笑った。


「あ、弱かった?」

「み、耳は……」

「はー、わっかりやすい弱点だねえ」

「う、あ」


 マズい、なんかあえいでるみたいになってる。他人がイヤすぎて喋れない。

 俺は【ガメーワイン】をくーっと飲み干し、長く息を吐いた。早く酔わないとキツいぞこれ。


「おー、いいねいいね。ささ、飲んで飲んで」


 グラスに注がれたワインをぐいっと半分行く。吐く息が熱い。


「よーっこいしょ」

「んん!?」


 腕を引っ張られ、俺はアオイのあぐらの間にちょこんと収まった。


「おー、収まりいいね。柔らかいじゃん、のじゃロリ」

「え、いや」

「ごめんごめん、あたし、酔ってるとき抱きぐせあってさあ」


 後頭部におっぱいが当たってフカフカする。酔ってはやくなったアオイの鼓動を感じる。アオイの生ぬるい息が耳に繰り返し吹きかけられる。


「ひょあっ!」


 ふとももを指でツってされて俺は悲鳴をあげた。アオイは楽しそうに笑った。


「ごめんごめん、なんかむき出しだなーって思って」

「よ、酔ってるから、のじゃ?」

「そーうそうそう。それそれ」


 今度は頭を撫でられた。なんか、ねちっこい。頭のてっぺんから毛先まで下りてきて、小指でうなじをシュっとかすらせてくる。人差し指と中指で作ったV字の間にケモ耳を入れて、触れるか触れないかの間合いをキープしている。なんとしても姫騎士を堕とそうとする、職務に忠実すぎる触手のような撫でられ心地。尊重されている感じがない。

 え、もしかして、コイツ……


 全身に鳥肌が立った。

 今、耳の周りを焦らすように責めてるコイツは、俺を狙ってやがるのだ。

  

 え、どうしようどうしよう。どうしたらいいんだこれ。

 剣持ってウガーみたいなヤツならぶっ殺せばいい。だが、向こうに善意みたいなものを感じると対処できない。だってコイツ、善かれと思って小指でうなじをシュっとかすらせてきてるんだぞ。刺し殺したら、俺の方が悪いみたいになっちゃうじゃん絶対。


 俺は愛想笑いを浮かべ、控えめに頭を振った。俺の拒否が伝われ、という思いから出た行動だったが、無意味だった。いつの間にかアオイは俺の頭に鼻を寄せ、なんかスンスン言っている。発情してやがる。ヤバすぎる。


「いやーかわいいねえ。キャラクリ時間かかったでしょ」


 耳元で囁かれ、背中がゾワっとした。やけにおっぱいがぐいぐい押し付けられるなと思ったら、アオイは俺の体の前に手を回し、より密着しようとしていた。

 ああそうだよ、かわいかろうと思ってキャラクリしたよ。のじゃロリには数十時間かけたよ。でもそれはオマエをムラつかせるためじゃないよ、俺が俺のために俺を可愛くしようと思ってバ美肉したんだよ、オマエに小指でうなじをシュっとかすらせるためじゃないんだよ。


(あー! あー! そういうことなのじゃな! そういうことなのじゃなあ!)


 俺の中にいるのじゃロリが、なにか腹落ちしたらしく叫んでいた。そういうことなのだ。自分よりデカくて害意のないヤツ相手にヘラヘラしていると、こうなるのだ。拒否されないと思って調子に乗った相手が、どんどんエスカレートしていくのだ。


「ひいい!」


 耳を! ケモ耳をぺろっとされた! 


「ちょ、それ」

「ごめん、すごいキレイな形してるなと思ってさ」


 アオイの声がブルブル震えてる。ねっとり湿ってる。興奮してるのだ。まあそうだよな。めっちゃ愛撫してくるもんなコイツ。


 俺は大昔、人間社会に生きていた日々のことをフと思い出した。あれはミキか。お互いにムラっときて、あ、ちょっと深めにキスでもしますか? みたいなタイミングでいきなり笑って、


『やば、ごめん。はぁ・はぁ・テレパスって単語のこといきなり思い出しちゃった』


 とか言い出したのだ。なんでこいつ急に大昔のエロゲーの話をしてるんだ? 『はぁ・はぁ・テレパス 〜はじめてなのに超BINKAN〜』って、ウインドウズがまだXPだったころのゲームだぞ? と一瞬思い、ジワジワと意味が分かって、最後には俺も爆笑した。相手が興奮してることを感じ取るセンスが、人間には備わっている。それこそが『はぁ・はぁ・テレパス』だ。

 それから一か月ぐらい、お互いにムラっときて、あ、ちょっと深めにキスでもしますか? みたいなタイミングで必ず『はぁ・はぁ・テレパス 〜はじめてなのに超BINKAN〜』のことを思い出してしまい、なにもできなくなった記憶がある。そうかあ、はじめてなのに超BINKANなのかあ……と思うとなんか異様に面白くなってしまったのだ。


 なんでこんなことを思い出しているのか? これはたぶん、走馬灯みたいなものだ。危機に瀕した俺は、これまでの経験から生存方法を引き出そうとしているのだ。

 しかしアオイに『はぁ・はぁ・テレパス 〜はじめてなのに超BINKAN〜』のことを話しても、理解されるとは思えない。というかもう聞く耳持ってないだろこいつ! やめろ! うなじを指でツっとしながらケモ耳を唇でモムモムするな!


「あ、あの、男、なんですけど」


 もうこうなったら、切り札を切るしかなかった。我に返ることだけは絶対にイヤだったのに。最悪だ。


「ふぅーん、だから? だいじなのは今っしょー」


 ウッソだろお前。

 ヤバいヤバいヤバい、ヤバすぎる。知らん奴が強烈な執念と真摯な努力で俺をメス堕ちさせようとしている。


「どう? 今どんな感じ?」


 あくまでアオイの声は優しい。だから、つい俺は愛想笑いしてしまう。どうやら俺は、心の底からのじゃロリになってしまっているみたいだ。小さくて弱くて庇護される立場のロールプレイが進みすぎて、他人への抵抗力が失われている。のじゃ堕ちしてる。

 頼む、豹変してくれ。『ヤらせろよ!』とか言ってキレてくれ。だったら殺せる。躊躇なく切り殺せる。でもこのままだと、心からイヤなのに抵抗できないままスリスリされ続ける。なぜなら俺はのじゃロリだから……のじゃでロリでケモ耳だから、それはつまり守られる立場だから……

 

 誰か、助けて……


「ちょっと!」


 威勢のいい声がして、アオイの顔が俺から離れた。


「やめてあげてよ! のじゃロリ、困ってるじゃない!」


 アドリアナだった。


「えー? 嫌だった?」


 俺は何度も何度も首を縦にコクコク振った。


「そっかー、ごめんね。酔ってるから、あたし。なんか見境つかなかっちゃうんだよねえ」


 アオイから解放された俺は、


「うわああああ! こわかったー! こわかったのじゃー!」


 涙と鼻水でぐっしゃぐしゃになりながらアドリアナに抱きついた。


「よしよし、こわかったね。もう大丈夫だよ、のじゃロリ」


 アドリアナは俺をぎゅっとしてくれた上に、よしよしまでしてくれた。ああこの、ぽんぽんって感じ。尊重されている。俺はアドリアナに尊重されている。自尊心が回復していくのを感じる。


「お、お姉ちゃん……」

「ええ? ちょっと待ってよ、それは無理あるでしょ」

「うわあああああ!」

「あああ分かった分かった! 泣かないでってば! ほら、お姉ちゃんだよー!」

「おねえちゃーん!」


 俺は顔をアドリアナの胸に全力で押し付けてぐりぐりした。


「ヤーシャ、よかったな。妹が欲しいって言ってたろ」

「お兄ちゃん! からかわないでよ! のじゃロリは怖い思いしたんだから!」

「冗談だ。怒るなよ」


 ニコラはツカツカ歩いて行って、アオイの前に立った。アオイはとろーんとした笑顔をニコラに向けた。


「ありゃー、美少年。お酒付き合ってくれるの?」

「ネクラス!」

「はいですだ!」


 ネクラスが水で満たされた木桶をニコラに渡した。ニコラは桶いっぱいの水をアオイにぶっかけた。


「うぴゃっ! なにっ!?」

「これで酔いは醒めたな」

「そりゃ、こんなことされちゃあね」

「酔っていたら何をしても許されるのか? 下らない言い逃れは止めろ。のじゃロリに謝れ」


 ニコラ! お前、お前なあ! 美少年がなあ! そういうことをするのはなあ!


「あー……」


 アオイは頭をぼりぼり掻いて、立ち上がった。ネクラスがビクっと身を竦ませた。ニコラの肩が怯えて持ち上がった。

 びしょびしょの髪をぎゅっと絞って、アオイは二人のNPCを見下ろした。


 人間とNPCの関係性は一方的だ。その気になればアオイはNPCをぼこぼこにできる。完全に文字通り、死ぬよりもひどい目に遭わせられるのだ。ついこないだみたいに。


「待てっ! 待つのじゃ!」


 俺は跳躍しながら剣と盾を手にし、アオイの前に立ちふさがった。


「謝らんでもよい! じゃが、この者らを傷つけるな!」


 アオイは目を丸くした。


「へえー。NPCを庇うんだ。珍しい。好きにすりゃーいいのにねえ」

「うるさいのじゃ! わらわ達のことは放っておけ!」


 ふーん、と、アオイが鼻を鳴らす。


「ま、いいけどねー」


 アオイがにゅっと腕を伸ばした。怖すぎて目をつぶってしまった。

 いつまで経っても、ナデナデもスリスリもなかった。俺はおずおずと目を開けた。アオイが苦笑を浮かべていた。


「ごめんね、のじゃロリ。ばいばい、縁があったら、また」

「の、のじゃ」


 白いオーラみたいなもので、アオイの体が包まれた。ファストトラベルだ。


「あっあのっ」

「んー?」

「お、お酒、無し、なら、のじゃ」


 アオイは笑い声を残し、消えていった。


「……あー」


 俺はその場に膝をついた。アドリアナが駆け寄ってきた。


「大丈夫!? 立てる!? ごめんね、ごめん! アタシが助けてなんて言ったから!」

「いや、いいのじゃ。わらわでよかった」


 人間相手だから、あの程度で済んだのだ。NPC相手だったらとっくにもっと悲惨なことになっていた。


「助かった。ありがとう、のじゃロリ」


 ニコラが差し出した手につかまり、俺は立ち上がった。


「……帰るのじゃ。なんか、もう、すごく疲れた」


 史上最大の敵だった。レイドでひたすらファーミングしていた時でさえ、あれほどの恐怖を味わったことなどない。


「またなにかあったら呼ぶのじゃぞ」


 俺はそれだけ言い残し、一人の家路をとぼとぼと歩いた。



「ははあ。そんなことがあったんですねえ」

「そうなのじゃ。心底震えたのじゃ」


 露天風呂、俺はリリの右おっぱいを掴みながら語りに語った。


「あの場にリリがいればのう」

「秒速で切り殺せていたでしょうね」


 コミュ障でも二人でいれば強くなれる。まして俺が二人なのだ。その安心感たるや絶大だ。


「わたし一人でも、なんとかなったかもしれません。のじゃロリアバターが裏目に出ましたね」

「まったくなのじゃ。自分がここまでのじゃロリだとは思わなかった」

「でも、ハッキリしましたね。わたし探しを急がなきゃいけません」

「のじゃなあ」


 今日も世界のどこかで、俺がこんな目に遭っているかもしれないのだ。すぐにでも見つけ出さなければならない。

 

「リリは、だれか見つけたかの?」

「いえ、空振りでした。やはりみんな、あちこちに移動してますね。時間が経てば経つほど、探し出すのは難しくなるはずです」


 俺は重々しくうなずいた。


「急がねばならぬのじゃ。のじゃロリだからと言って、甘えてはいかん。そのことが分かったのじゃ」

「そうですね。のじゃロリも考え物です。アイスもずいぶん減っていますしね」

「ヒエッ」


 バレてた。そりゃバレるよ。共有のインベントリに入れてるんだから。のじゃロリが板につきすぎている。


「さあ、のじゃロリ。今からお説教をしますよ。いいですね?」


 黒字に丸抜きで俺の泣き顔。


「うわーん! のじゃロリはもうコリゴリなのじゃ~!」 

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