俺、セクハラされる①
まだ会ったことのない俺を、これから俺は探しに行く。
それが今後の方針だ。
「それじゃあ、行ってきますね」
「のじゃー」
リリをお見送りする俺。ファストトラベルでどこへともなく消えていくリリ。親の目が消えたので早速はしゃぐ俺。具体的に言うと、湯船でめっちゃ足をバタバタさせて泳いだり、一つだけってリリと約束したアイスを四つも食べたりだ。
「はっはっは! 最高なのじゃなあ! この、バナナと、ミルクの味で、しゃりしゃりしてるやつ!」
湯上りほこほこの俺は、リリのつくった【ナイスクリーム】をばくばく食べながら床にねっころがっていた。これだよこれ。俺が求めていたのはこの生活だ。
のじゃロリは、レイドにこもってひたすらファーミングしていたアカウントだ。メインクエで必要な、最低限の場所にしか行っていない。そして、訪れたことのない土地にはファストトラベルできない。
というわけで、ひとまず俺探しをリリがやることになったのだ。生産アカウントであるリリは、採取のために世界の隅々まで足を延ばしている。俺探しにはうってつけの俺だ。
俺、のじゃロリでよかった。ケモ耳でのじゃでロリなのだ。無条件に庇護してもらえるし、どんなことをしても愛嬌で許される。一日にアイスを四つ食べても「めっ!」ぐらいで済む。
「よし! 遊ぶのじゃ!」
家の外に出た俺は、インベントリから【粘土】を実行した。目の前にドサドサと粘土の塊が落ちてくる。
こねて形をつくって【ロケットストーブ】で焼き上げる。今日はシンゴジラとビオランテを戦わせよう。
「放射線流! ぼおおおぉおおおきぃいいいいいいいいん! なんの! 黄色いゲロみたいなやつ! ぶっしゃああああ! ばっしゃーん!」
「ええ……」
「何やってんだコイツ……」
シンゴジラの粘土人形を壁に叩きつけて粉々にしたところで、美少女と美少年が来た。
「おお! どうしたのじゃ!」
【ハルキ村】のNPC、アドリアナとニコラの美形兄妹だ。カピカピに乾いた泥にまみれたままブンドドする俺を見て、心の底からヒいている。いいんだ別に。のじゃロリだし俺。のじゃロリだからブンドドしてもおかしくない。我に返るな、我に返るなよ……
「まずオマエがどうしたよ。なんだそれ? オマエ、人間だろ? つまり、いい大人なんだろ?」
ニコラが我に返らせようとしてくる。やめろ。
「人間だからでしょ? ここではみんな好きに遊びたいのよ」
アドリアナの言葉はフォローどころか物凄く辛辣な皮肉だ。やめろ。俺はもうRMTとか金稼ぎとか忘れたんだ。のじゃロリとしてアイス食ったりブンドドしたりするんだ。
「あのね、ちょっと助けてほしいことがあって……【ハルキ村】に、人間が来たの」
「なんじゃと」
俺はケモ耳をビーンと突っ張らせた。こないだ【ハルキ村】の連中をいたぶりまくったクズのことは、忘れようにも忘れられない。サービス終了したこの世界にしがみつこうとするようなヤツは、一人残らずマトモじゃない。俺なんて、泥まみれで粘土のビオランテ持ってるし。
「それで、何をされたのじゃ?」
俺は粘土のビオランテを捨てて、剣と盾を手にした。もしソイツが俺の快適な生活を邪魔するつもりなら、殺す。そしてこの『快適な生活』には、【ハルキ村】のNPCが俺たちに干渉してこないことも含まれる。こんな感じで何度も助けを求められたら、気軽にブンドドできないじゃないか。
「今のところ、なにもされてないんだけど」
「最初だけだ。信用させといて裏切るなんて、よくあった」
いるんだよな。クエスト中は聖人君子みたいな顔をしておいて、いざ行為に及ぶときに豹変してNPCの四肢を切り刻むようなヤツ。
「分かったのじゃ。様子を見て判断し、最終的にはぶっ殺す」
「……悪いな、何度も」
ニコラが、心の底から申し訳なさそうな小声で言った。
「是非もなしじゃ」
俺はニコラの背中をぽんと叩いた。ニコラの憂い顔にかすかな笑みが戻った。
知り合いが、こんな感じで何度も助けを求めなきゃいけないような状況にある。それは決して、快適な生活ではない。
「さ、行くとするかのう。血がたぎってきたのじゃ」
待ってろよ、現実に送り返してやるから。
俺たちは【北アルドー針葉樹林帯】をてくてく歩いた。ニコラはともかく、アドリアナにはあまり危機感がない。
「どんなやつなのじゃ?」
「女の人よ。種族はハイバーシアン。もう、びっくりするぐらいキレイだったわ」
ハイバーシアンは、要するに天使だ。男も女も目が潰れるぐらい美形で、背中から翼が生えている。
「中身は知れたもんじゃない」
ニコラが言った。まあそうだな。のじゃロリの中身もバ美肉おじさんだからな。こないだハルキ村を襲ったクズも、性別すら分からないまま死んでいった。
「で、でもじゃな、アバターによって性格は変わるのじゃぞ。わらわも、ほれ、のじゃロリだし」
「さっきの人形遊びに対する自己弁護か? いらないぞ、そんなの」
ニコラは信じられないぐらいひどいことを言った。俺は言葉を失って口をぱくぱくした。
「形はどうあれ、オマエはオマエだ。オマエが優しい人間だってことは、ちゃんと分かってる。だから、自分を守ろうとしなくていい」
「に、ニコラ……」
この美少年、真顔ですごいこと言うな。のじゃロリの胸がちょっときゅんとしてしまった。
「ちょっとお兄ちゃん、のじゃロリが困ってる」
「悪かったな。でも、これも人間のやったことだ」
NPCには、強いAIを制御するための【記憶核】が埋め込まれている。これは簡単に言うとトラウマみたいなもので、そのNPCの行動規範となってしまう。
【アドリアナ】は【飢え】の記憶核を持ち、食べ物で簡単に釣られてしまう。
【ニコラ】は【加害意識】だ。心ない言葉をかけた友人が直後に自殺してしまったという、ありもしない記憶。友人から深刻な相談を受けて、本当は優しい言葉をかけたかったのに、照れて下らない冗談を言ってしまった。この【記憶核】によって、【ニコラ】は、思ったことをなんでも口にするパーソナリティを備えている。
「い、いや、大丈夫なのじゃ。ありがとう、ニコラ」
「フン」
ニコラは鼻を鳴らし、俺の頭をグリグリした。その仕草もやめろ。なんというかこう、目のまわりがムズムズするあの感じ、オキシトシン系の幸せホルモンがドバドバ出てるあの感じになっちゃうだろうが。もっと撫でて。そう、もうちょっと乱暴でもいい。あーそうそう、ぐしゃぐしゃっとしてから申し訳なさそうな手つきで髪を梳いてくれるの、不器用さがとてもいいです。時に荒々しく、時に優しい、まるで海のような撫でられ心地。尊重されてる感じがします。
しかし、だ。一つ、気になることがある。アドリアナが村の外で【森喰らいのズメイ】に襲われていた件だ。
ズメイのルーチンに関してはともかく、アドリアナのことが気になる。これだけ強力に植え付けられた規範意識がありながら、どうしてアドリアナはあの日、ハルキ村の外に出られたのだろうか。
「のじゃロリ、どうしたの?」
じーっと見上げていたら、アドリアナがきょとんと小首をかしげた。
「いや、なんでもないのじゃ」
「分かった、撫でてほしいんでしょ。いいわよ」
「あ、ちがっ……あー……」
ソフトタッチで撫でられるの、とてもいいです。そうそう、あー、ケモ耳を避けてくれるのうれしいです。静謐に寄り添ってくれる、まるで深き森の中の湖みたいな撫でられ心地。尊重されてる感じあります。
俺、のじゃロリでよかった。今、心からそう思う。
てろてろ歩いて、日暮れ前にはハルキ村に辿りつけた。とりあえず悲鳴なし、血の臭いなし、引きちぎられた手足なし。今のところ、ろくでもない事態は起きていないようだ。
「アドリアナ様! ニコラ様! 待ってましただ!」
木のバケツを頭にかぶった純朴そうなNPCが俺たちを出迎えてくれた。クエスト次第でニコラを襲うことになる、ネクラスだ。
「人間はどうしてる?」
「はあ、それが……」
ニコラの問いに、ネクラスは困り顔を浮かべた。
「広場で、お酒を飲んでるだよ」
「NPCをはべらせて、か?」
「いや、そうじゃねえですだ。ひとりで楽しそうに、ニコニコしてますだ。オラたち、どうしたらいいのか分からねえだ」
「分かった。ありがとう、ネクラス。オレたちで対処する。のじゃロリもいる」
「あ、う……はいですだ」
ネクラスは俺を見てビクついた。一方で俺の方も、そんなに面識がないし、
『コイツ、事と次第によっちゃ領主の息子を凌辱するんだよな……』
とかつい思ってしまうので、かなりビクついている。
「のじゃロリ、どうしたの?」
俺はアドリアナを盾にする形でネクラスと向き合った。
「……行くのじゃ」
俺は、のじゃロリだ。ケモ耳でのじゃでロリでバトルクラスカンストだ。全方面最強のバ美肉おじさんだ。何も怖くない。
自己暗示をキメながら、俺はずんずん進んでいって広場に辿りついた。
鐘楼の下に、ソイツはいた。
地べたにあぐらをかいて、稜線に落ちる夕陽を眺めながらゆったりとお酒を飲むハイバーシアン。
アラザンでも砕いてまぶしたのかってぐらいキラキラする金髪、静脈が透けて見えそうな白い肌、完璧な顔立ち。
このゲームが炎上しまくって、ありとあらゆる要素にありとあらゆるイチャモンを付けられるようになったころ、
『超越的な種族が典型的な白人というのは差別意識の表れだ』
みたいな火の手が上がっていた。それはもうよく燃えていた。油田の火事ぐらいずーっと燃えていた。
そんな超絶美女が、俺に気づいた。目をすがめて、じーっと俺を見てきた。
俺はケモ耳の先端がチリチリするのを感じた。緊張と高揚。俺はコイツとこれから命がけの戦いをするのだ。負ければ現実に堕ちる、最悪の戦いを。
超絶美女は、とろーんと笑って、片手をあげて、
「うぃーっすぅー」
すっげえダルそうに挨拶してきた。
「あ、う、うっす……のじゃ」
一発で気勢を削がれ尽くした俺は、ちょっとガクガクしながら辛うじてキャラを守った。