俺、俺と出会う⑥
完整領土の運営は、サービス終了直前、ヤケクソになって無法地帯を生み出した。フィールドPKの解禁だ。
それまでPKは、互いの了承を得た上でインスタンスエリアに移って行われるPvPだった。ギリギリで決闘の体裁を保っていた。
たいていのMMORPGがそうであるように、完整領土もまた、サービス終了をド派手な祭りに仕立てあげた。現出した光景は、あっちこっちに死体の転がる文明の終わりだ。
俺とリリとニコラは、夜の針葉樹林帯を全速力で駆けた。
「で、人間はどこまでクエストを進めたのじゃ?」
「今はまだ二つ……でも、畜生! あいつ、経験者なんだ! すごい勢いでクエストを終わらせていって……」
アドリアナの前提クエストにはバトルコンテンツもあったはずだ。それをさくさくクリアできるということは、それなりにバトルクラスを育てている。
「燃えてきたのじゃ」
俺は口角を吊り上げ、ケモ耳を限界までビーンと突っ張らせた。敵は、どこまで俺に食い下がってくれるだろうか?
「戦闘狂だったんですね、のじゃロリ」
「わらわはバトルコンテンツ用のアカウントじゃからな」
タンク、ヒーラー、DPS、どれもカンストしているしスキル回しも完璧だという自負がある。
「バトルは分かりやすいのじゃ。殺すか、殺されるか。余計なものがないじゃろ」
「そうですね。シンプルでいいです」
俺と俺は合意に至り、【ハルキ村】への道を急いだ。アドリアナを救えるかどうかは分からない……というか、極端なことを言えば、他人なんかどうでもいい。事前だろうと事後だろうと、俺たちの障害になりそうな相手を叩き潰すだけだ。
結論から言えば、アドリアナは無事だった。だが、メチャクチャにされていた方がマシだったかもしれない。
【ハルキ村】の広場に、敵はいた。黒い鎧とマントは、タンク職であるフォールンナイトの【ブラックアイロン】一式だ。それほど強い装備ではないが、【スタックスタイル】によって見た目を反映させているだけかもしれない。
敵の周囲には、多くのNPCが傷だらけで転がっていた。
「おもしれえ……おもしれえなぁ……なあ!」
敵は甲高い叫び声をあげて、NPCの脇腹を蹴った。あれは、俺たちに突っかかってきたネクラスだ。意識を失っているのか、蹴り転がされても反応しない。
「お前ら死なないんだもんなあ! すげえよなあ! ゾンビアタックしろよ、守れよちゃんとヤーシャを!」
ヤーシャもまた、敵の傍に転がっていた。ボロクズのような恰好で。
「彼らには、“死”が与えられていませんからね」
NPCをスキルの対象に取ることはできない。敵は、シンプルで純粋なただの暴力をNPCに浴びせかけたのだ。サービス中はBAN対象だったけど、今この世界は完全なる無法地帯。
アドリアナを人質に取って、奪還しようと立ち向かう村人に暴力を揮う。NPCは死なないから、何度でも起き上がって戦おうとする。それを再び打ちのめす。
「ろくでもないことを考えたものじゃ」
「あいつ……楽しんでやがるんだ。ヤーシャを人質に取って、俺たちを何度も何度も何度も殴って、斬って……!」
ニコラが悔し涙を流した。
「俺たちのっ、俺たちの心を、折って……なにが楽しいんだよ? なんで、俺たちなんだよ?」
膝をついたニコラの震える肩に、リリが手を置いた。
「なあなあ、しんどいだろ? そろそろ無理だって分かってるだろ?」
しゃがんだ敵が、NPCに語り掛ける。
「お前らはさあ、もう自分を納得させたいだけなんだよ。勝てないなりに頑張ったよ、ヤーシャを奪われたけど、それはしょうがないんだって思いたいんだよ」
敵は甲高い声で笑った。
「許さねえけどさあ、それ。なあなあ、お前らが差し出してくれよ。お前らの大事なヤーシャをよこせよ。あなたには勝てないから、ヤーシャを差し上げますってお前らの口から言えよ。そうしたら許してやるからさあ」
コイツもまた、タガが外れてしまったんだろう。俺たちと同様に。
この世界に人間は自分だけで、まわりにいるのはぜんぶ単なるNPC。その事実に気づいたとき、思いのまま振る舞うことになんの躊躇もなくなってしまったんだろう。
もともと壊れていたのかもな。それもまた、俺たち同様に。
「……う、う」
アドリアナが、ぴくっと身じろぎした。持ち上がった顔は暴力の痕跡をとどめて青く腫れあがっていた。兜の下で敵が浮かべた表情を、容易に想像できた。優越感に歪みきった、クソみたいに醜い顔だ。
「なあなあ、アドリアナ。言ってくれよ。【あなたのこと、大好き】って。忘れられなくてさあ」
クエストを完遂したときに、アドリアナがプレイヤーキャラに向かって言うセリフだ。敵は、NPCの心を痛めつけるのが楽しくて楽しくて仕方ないらしい。
「くっだらない料理つくったぐらいで……あっははは! 【あなたのこと、大好き】ぃ? 心にもないこと、何回も何回もさあ! 言ってくれよほら! 【あなたのこと、大好き】ってさあ!」
「……みんな、逃げて」
アドリアナの言葉を耳にして、敵はさらに高く笑った。
「そういうの、言うなってば! お前がそういうこと言っちゃうとさあ! 納得しちゃうだろNPCどもが!」
敵がショーテルを抜刀した。【ブラックアイロンショーテル】だ。同レベル帯で、もっとも冴えない武器。相手は【スタックスタイル】を使っていると考えていいだろう。見た目ほど侮っていい相手ではなさそうだ。
ショーテルが、アドリアナの背中めがけて振り下ろされる。脊椎を叩き割る軌道で。
「んがあっ!?」
ショーテルが吹っ飛んで、敵が悲鳴を上げた。
「いてえ! 誰だ今のは!」
もちろん、俺だ。【シールドボレー】で、敵のショーテルを弾き飛ばしてやった。
「たどたどしい悪人ロールプレイは見苦しいものじゃな」
俺は戻ってきた盾をキャッチし、抜刀した。
「そうですね。わたしぐらい徹底していただかないと」
「ママァ……!」
「よしよーし」
見たか、立て板に水のショートコントを。お互い俺相手だからどんなアドリブにも対応できる。
「あ、あああ……お、お前ら、人間……?」
敵はあかさらまにびくついた。それはそうだろう。今ここに俺がいる理由だってよく分からんのだから。
「待て……待て待て。分かった。飲み込んだ。そりゃあ、他に人間がいてもおかしくない。でも、なんというか……NPCの味方をするつもりなのか?」
「結果的にはそうなるのじゃ」
「おいおい! おかしいだろ! 好き放題できるんだぞ! この期に及んで、なんだその偽善! どうかしてる!」
「じゃから、好き放題しているのじゃ」
「はあ? い、意味わかんねえ……意味わかんねえ!」
敵の戸惑いがどんどん深くなっていく。なんだよ、共感してもらえると思ったのに。俺も敵も、ただ単に方向性が違うだけなんだけどな。
どうでもいいけど。
「さあ、狩りの時間じゃ」
俺は抜刀したまま、すたすた歩いていった。敵はひゅっと息を呑み、一歩、後退した。ただちに頭を振って、
「分かったよ! やってやるからさあ!」
ショーテルを振りかぶり、襲い掛かってきた。
俺は一撃を盾受けした。火花が散って焦げた臭いがする。
「オラッ! オラッ!」
スキルも何もない。めちゃくちゃにショーテルを振り回しているだけだ。興奮して我を忘れている。
「じっとしておれ。首を刎ねづらい」
【バッシュ】。盾ごと敵に体当たりする。小ダメージと六秒間のスタン付与。敵は短くうめいた。
【エネミー・アプローチング】、【レイジ・アゲンスト】、【グローリアス】。横切り、袈裟切り、切り上げのコンボを敵は無抵抗に浴びた。ちらと、相手の頭上に表示されたHPバーを見る。基本ルートのコンボで、もう五分の一ほど減っている。
「なんじゃ。つまらんのう」
見た目ほど弱くはないが、想定ほど強くもない。【森喰らいのズメイ】の方がよっぽど強敵だ。
「っざけるな!」
スタンが解け、敵が【ヘイスト・メイクス・ウェイスト】を発動する。盾受けのダメージ減少を無視する、PvP用の貫通攻撃だ。
「クソッ! 帰れるか! 戻ってたまるか! ここで生きる……ここしか、ここしかっ!」
悲痛な悲鳴を上げる敵の【ダンス・マカブル】が俺に刺さった。【バッシュ】同様、六秒間のスタン付与だ。
「むぐぐ……のじゃ」
「お前だって! 残ったんだろ! 分かるだろ! 分かるだろうが!」
悲痛な声。気持ちは分かる。興味ないだけだ。
スキルをいくつか叩き込まれた。ダメージはそれほど大きくないが、獅子搏兎の精神でいこう。
「ヒールヒール! おう、癒えてっかー!」
俺が叫び、
「バッチェ癒えてますよー!」
完璧な返しと共にリリのヒールが飛んでくる。ついでにスタンも解けた。【フィロソフィア】の【キュア】だ。
「死ぬ準備をせい。今すぐ現実に送り返してやるのじゃ」
「やめろ……それだけは、頼む」
俺のオートアタックが、鎧ごと敵の胴体をまっぷたつに割った。敵の上半身が、未練がましくうめきながら地面に落ちた。下半身はしばらく、途方に暮れたように突っ立っていた。
「いやだ、帰りたくない、いやだ……」
敵は最後までブツブツ呟いていたが、やがてその体が音も立てずにスッと消滅した。ログアウトしたらどうなるのかは……まあ、どうでもいい話だ。
「さ、帰ってごはんとお風呂にするのじゃ」
「きょうは何をつくりましょうか」
「ハンバーグ!」
「うふふ、わたしもそう思っていました」
俺たちは手をつないでテクテク歩き出した。
膝をついたままのニコラの横を、通り過ぎた。
「あ……あ、俺……」
「いいですよ。無理しなくて」
リリの一言で、ニコラは言葉を失った。俺たちはニコラに恨まれるべき人間で、ニコラは俺たちを恨むべきNPCだ。こんなことになった以上、人間とNPCの断絶は更に深くなるだろう。それが、これからのこの世界だ。
勝利を祝し、俺たちは露天風呂で月見酒としゃれこむことにした。湯船に浮かべたお盆の上には、俺が【粘土】から作った【サケ・トックリ】と【サケ・オチョコ】。
【アルドーライス・ワイン】で満たされたおちょこを、ゆっくりと傾ける。森を吹き渡る冷たい夜風が、お酒とお湯にほてった頬の上を滑っていく。
「んんー……よいのじゃよいのじゃ。こういうのじゃなあ」
「こういうのですねえ。ああ、森のいい匂いです」
きりっと冷えた【アルドー・ライスワイン】は舌の上にきっちりと酸味を残していき、喉を通ればふわりと果物の香りがする。すばらしい日本酒だ。
つまみは簡単に、【ガメーレーズン】を。果実の中で結晶化した糖をしゃりっと噛みしめる。舌の上に残る甘ったるさが【アルドー・ライスワイン】の酸味をぐっと引き立てて良い。
「あらためて、これからどうしましょうか?」
「そうじゃのう……」
俺とリリは、同じ考えに至っているはずだ。どっちも俺だし。
だけどなんとなく、口にするのがはばかられた。
「あっ、またお風呂入ってる」
すっかり聞きなれた声がして、俺たちは振り向いた。
アドリアナだった。
「こんばんは。どうされたんですか?」
「ちゃんとお礼言いたくて、来たの。みんなも来たがってたけど、迷惑だと思ったから」
アドリアナはそろそろと近寄ってきて、湯船の近くにちょこんと腰かけた。
「みんなって、ハルキ村のみなさんですか?」
「ニコラも」
「なんと。意外なのじゃ」
ニコラはあれだけ俺たちをぼろくそに面罵した後で、なりふり構わず助けを求めた。しかも、お礼まで言いに来るつもりだったとは。気概のある美少年だったんだな。知らなかった。
「怖いなんて言って、ごめんなさい。助けてくれたのに」
「いいんですよ、怖くて。わたしたちは人間ですから」
「でも、あなたたちは違うわ。あんな……あんなヤツとは」
「同じなのじゃ」
俺はアドリアナの言葉を遮った。
「わらわもあやつも、根っこはいっしょじゃ。この世界で好きに生きようとした。それだけじゃ」
「わたしたちも、人間としてこの世界でお金を稼いできましたから。なにも変わりませんよ」
アドリアナは、しばらく無言でいた。それから不意に、
「ねえ、あたしもお風呂入っていい?」
そう言った。
「もちろんです。お酒もありますよ」
「えー……それはいいや」
「そうですか……おいしくできたんですけどね」
「わー! わかった、もらう、もらうわよ! 遠慮しただけ! 落ち込まないでよ!」
リリと俺は笑った。
ぼろぼろの服を脱ぎ捨てたアドリアナの体は、痩せて骨っぽい。このNPCの【記憶核】が“飢え”だからだ。この体つきを見て同情するヤツもいるし、嗜虐的な気持ちになるヤツもいる。どっちにしても、やることやるんだけど。
「あっつ……あ、ああー……」
首まで湯船につかったアドリアナが、目を細めてうなった。
「はい、お酒ですよ」
「ありがと……ああー……」
リリから受け取ったおちょこの中身をくいっと飲み干し、アドリアナは空を見上げた。
「月、きれい。久しぶりに見た気がするわ」
「いいものでしょう?」
小麦色の髪を湯船に広げて、アドリアナは目を閉じた。力の抜けた腕が、湯船の表面をゆらゆらっと漂った。
「でもね、二人はあいつと違うと思うのよ。思うのはいいでしょう?」
「止めはしないのじゃ」
「だから、その……たまには、村にも顔を出してほしいかな、って。虫の良い話だけど」
「遊びに行きますよ」
リリは即答して、アドリアナの痩せた体を抱き寄せた。アドリアナは甘えるときの唸り声をあげて、リリにくっついた。
ああ、これで決まりだな。
「あー、その、アドリアナ。わらわたちがこれからどうするか、なのじゃがな」
俺はぎこちなく切り出した。笑うなよ、リリ。お前は俺なんだからな。
「実はじゃな、世界のあちこちに、仲間がまだ取り残されているはずなのじゃ。探しに行こうと思っておってな」
「それって、人間がってこと?」
俺がうなずくと、アドリアナはリリの腕の中で身をすくめた。リリはアドリアナの手を掴んで、自分の右おっぱいに導いた。
「え……? なに?」
「こうすると、落ち着きません?」
「いや、別に……ごめん! 落ち着いたわ! 今すごく落ち着いたから! しょげないでってば!」
俺とリリだけがこの世界に残されたとは、考えづらい。サービス終了の瞬間、俺が操作していたのはのじゃロリなのだから。
そうなると、この終末的な世界のあちこちに、あと六人のコミュ障が散らばっているということになる。
のじゃロリはリリと出会えたから、幸いにもなんとかなった。しかし他の俺は、一人で途方に暮れていることだろう。
どのアバターも、世界一かわいくバ美肉してやろうと気合を込めて作ったものだ。もしも他の人間に襲われたらと思うと、ぞっとする。
「ちょっとアドリアナに、お願いというか、なんというか……あの、まあ、それこそ虫の良い話なのじゃが」
「うん! なんでも言って!」
キラキラした瞳を向けられると、コミュ障なのであうあうしてしまう。俺は助けを求めてリリを観た。リリはニコニコしていた。我が子の成長を見守るときの顔だ。いくらなんでもママがすぎるぞ。
「つまりじゃな。わらわとリリは仲間を探すから、ここを空けることになる。小屋を荒らされないように、たまーに様子を見てほしいのじゃ。もちろん、守ってくれとは言わぬ。ズメイみたいなのがまた出てきたら、壊れるがままにしておいてもらってかまわないのじゃ」
早口の長文になってしまった。
「任せて。村のみんなで、ちゃんと守るから」
話が微妙に通じなかった。
「いや、じゃから、守らなくてもよいのじゃけど」
「ううん。守るわ。絶対」
決意に満たされている。どう説得していいか分からなかったので俺はあきらめた。
「お礼と言うのも変な話ですけど、【全粒小麦粉】を半年分ほど小屋に備蓄しておきますね。おなかが空いたら、勝手に使っちゃってください」
「え、そんな……悪いわよ」
「いえいえ、これは計算ですから。ここに食べ物があれば、みんな取りに来たくなるでしょう?」
アドリアナは、くすっと笑った。照れ隠しがバレているっぽい。しょせんコミュ障のやることだな。仕方ない。
「ありがと、ふたりとも」
「いいんですよ。ね」
「のじゃ」
「さあさあ、湯あたりする前に出ましょうか。冷たい【サウスラインペア・シャーベット】を作りますからね」
「うん!」
俺たちは立ち上がって、お湯をざぶざぶかき分けながら歩いた。
「あのね」
アドリアナの声に、振り返る。アドリアナは笑っていて、それが心からの笑顔ってことぐらいは俺にも分かった。
「あなたたちのこと、大好き!」
第一話おしまい 次回からは夜八時に更新します。




