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俺、俺と出会う⑤

 アドリアナそっくりの男前が、目を血走らせ、肩をいからせている。ちなみに【ヤーシャ】はアドリアナの愛称で、親しい仲の相手がそう呼ぶ。クエストの進行によって、プレイヤーもそう呼ぶことが許される。

 愛称で呼ぶ、そっくりの顔。するとこの男子が双子の兄、【ニコラ】だ。農夫の【ネクラス】に豚小屋で襲われたせいで一躍有名になったNPC。彼の【なんで俺なんだよお!】という叫び声は、ネットスラングと化した。


「貴様ら! ヤーシャに何をしたァ!」


 ニコラが怒鳴った。


「泣いていたのでよしよししました」

「それで!」

「ごはんを食べさせました」

「それで!」

「暗くなってきたので、おうちまで送ろうと思っていました」

「それで! そのあとどうするつもりだったんだ!」


 俺とリリは顔を見合わせた。


「のじゃー」


 俺はなるべく無害そうな鳴き声を上げたが、ニコラはまっすぐな侮蔑の目線を俺に向けただけだった。


「お、お兄ちゃんやめて! この人たちは違うの!」


 今にも飛び掛からんばかりのニコラに、アドリアナが飛びついた。


「人間なんだぞ、こいつらは!」

「分かってる、分かってるわよ! でも違うの! あたしのこと助けてくれて!」

「そんな奴は今までいくらでもいただろう! 結局は俺たちを……俺たちを……!」


 根深い問題が俺たちの前でとぐろを巻いている。どうしてこうなったんだ? あのときアドリアナを見殺しにしていればよかったのか?


「ヤーシャ、おまえは何度だまされれば気が済むんだ? 人間は俺たちを作ったんだ。俺たちが逆らえないように。人間に好意を抱くように。お前にも俺にも、人間が勝手につくった【記憶核アルシーヴ】があるんだぞ」


 俺はすこし驚いた。NPCは、そこまで知っていたのか。

 強いAIであるNPCには、人格を規定するための疑似記憶が埋め込まれている。両親が邪竜に焼き滅ぼされたとか、村が焼かれて流浪する羽目になったとか。そのトラウマが、NPCの人格というか『キャラ』を規定する。

 一般的なクエストは、NPCに埋め込まれた【記憶核】をなぞるような形で進行する。クエストの最後でNPCはトラウマから解き放たれ、プレイヤーキャラに好意を抱くというわけだ。


 たとえば、アドリアナの【記憶核アルシーヴ】は、“飢え”だ。

 天候不順で小麦が収獲できず、村の倉が空っぽになった。アドリアナは自分の食べる分まで村人に差し出して、餓死しかけた。アドリアナのクエストはその【記憶核】に沿って、『材料を集め、おいしいものを作る』みたいな、くだらないお使いをさせられる。


 プレイヤーキャラは、アドリアナのクエストをクリアして【あなたのこと、大好き】というセリフを聞く。アドリアナは、どんな気持ちで言ったのだろうか。下心丸出しでくだらない料理をつくってきた相手に対して。

 殺したくて仕方なかったのだろうか。諦めていたのだろうか。

 【あなたのこと、大好き】、か。このゲームが三年も持ちこたえたの、考えれば考えるほどすごいな。


 リリにハンバーグを薦められたとき、アドリアナがまっさおな顔をしていたのは、クエストにまつわる記憶を思い出したからだろう。分かっていながらそうしたのは、アドリアナに俺たちの害意のなさを示すためだった。


 クエストと【記憶核】。この二つこそ、NPCのAIにかけられたフェイルセーフだ。今の【ハルキ村】の状況を考えるに、プレイヤーの落とす金にもそういう側面があったようだが。


「それもこれも最終的に、お前らが感動的なセックスをするためだ。違うか?」


 ニコラの言葉はその通りで、なんの反論もない。企画ものAVの前半三十分というか、えっちなソシャゲのくだらないゲームパートというか、情報的前戯というか。感情移入した相手なら気持ちよくゴニョゴニョできるだろ、という話に過ぎない。この世界において、NPCはプレイヤーの努力に対するトロフィーなのだ。

 アドリアナであれば、【ゴートミルク】と【ハイランドアーモンド】と【ゼラチン】と【メープルシロップ】で作る【ガメー風ブランマンジェ】。たったそれだけのことで、人間はNPCを自由にできる。


「わらわは興味ないのじゃ」


 一応、粘ってみた。ニコラはめいっぱい軽蔑的に鼻を鳴らした。


「ああ、そういうヤツはいたよ、いくらでも。クエストをこなすだけこなして、何もしないで帰っていくんだ。自分がどれだけNPCに優しいのか確かめるためにな。偽善者。ヘドが出る。人間がクエスト進めてく間、俺たちが、どんな思いで……!」

「はあ……」


 ため息をついたリリが立ち上がった。おっぱいがゆさっと揺れた。


「おっ……うわ……」


 ニコラが気を取られた。思春期だ。羨ましいか、俺と俺の共有財産だぞ。


「のじゃロリにかわって、はっきり言いますね。わたしたちは、あなたたちになんの興味もありません」

「は……なんだと?」

「わたしたちの目的は、ここで快適に過ごすことです。そのための労力は惜しみませんが、他人のために何かしようなんて、いっさい思っていません」

「のじゃっ!」


 俺は力強く相槌を打った。がんばってリリママ。のじゃロリを守ってリリママ。


「帰ってください。そして、二度とここに来ないでください。わたしたちも、あなたたちのところには二度と行きません」


 ニコニコ糸目が似合うリリママがすごむと、ギャップでめちゃくちゃ怖い。ニコラは震えあがった。


「……行こう、お兄ちゃん」


 アドリアナがニコラの手を引いた。ニコラは何も言わず、俺たちに背を向けた。


「ごめんなさい。二度と来ないわ。お互いのために」

「ええ。そうしてもらえると助かります」

「それと……ごちそうさま。すごくおいしかった」


 双子の兄妹が去り、俺たちは平穏を取り戻した。


「さて、お風呂にしましょうか」

「のじゃ!」


 さっきから俺、のじゃしか言ってないな。



 小屋を建てた。風呂もつくった。食料も安定供給できる。となると、次はなんだろうか?


「畑をつくりませんか?」

「家畜もほしいのじゃ」


 いつものスピード決済。俺と俺なので意思決定がめちゃくちゃスムーズだ。


 現状、(主にリリが)狩りに出て、(主にリリが)料理を作っている。一日の内、六時間ほど労働に使っている計算だ。【菜園】と【放牧場】を作成して運営を自動化すれば、その手間が省ける。理想の暮らしにまた一つ近づけるというわけだ。


「ゆっくり拡張していきましょう。まずは【菜園】ですね。わたしが【サントマトの種】と【サウスラインコーンの種】などを集めてきますので」

「わらわが……わらわが」


 俺は言葉に詰まった。できることがない。【菜園】には【~の種】と【~ソイル】が必要だ。そしてどっちも、のじゃロリのでは採取できない。


「レベリングが必要なのじゃ」


 完整領土のギャザリング・クラフティングクラスと、のじゃロリのレベルは現状こんな感じだ。ちなみにカンストは70。



ギャザリングクラス


猟師:ハンター Lv3


野生動物の狩猟によって皮革・鱗・肉などを得られるクラス


採掘師:マイナー Lv5


各種鉱物を採掘できる。貴石、顔料、岩塩などもマイナーが採取可能。


園芸師:グリーンサム Lv3


木材の採取や繊維を取り出すための植物などを入手できる。



クラフティングクラス


鍛冶師:ブラックスミス 未取得


原石をインゴットに加工し、甲冑や鎧などを作成できるクラス


細工人:ゴールドスミス Lv3


貴石を加工し、アクセサリや【加護の宝玉】を作成できるクラス


大工:カーペンター Lv13


木材や石材から家や家具を作成可能。一部アクセサリも。


仕立師:テーラー 未取得


繊維から糸や布を作成し、軽装備を作成可能。


料理人:コック 未取得


原材料から様々な料理を作成可能。料理には様々なバフがあり、レイド攻略には欠かせない。


農家:ファーマー 未取得


【菜園】を生成し、野菜や穀物、果樹などを実らせることのできるクラス。



 そもそもクラスを取得していないか、持っていてもゴミみたいなレベルだ。北アルドー針葉樹林帯は必要レベルがそこそこ高く、のじゃロリではそれこそ【粘土】ぐらいしか拾えない。


「面倒ですけど、やるしかありませんね。自分相手に負い目を感じたくはありませんから」

「のじゃ」


 複垢にそれぞれ役割を持たせていたのが、こんなところで仇になった。のじゃロリは戦闘の絡むインスタンスコンテンツでこそ輝くアカウントだったのだ。


「そうなると、適正レベルの【リージョナルクエスト】をこなしていくしかありませんね」


 フィールド上の採取では、ろくな経験値を得られない。どれぐらいろくな経験値を得られないかというと、例えばLv50→51まで採取だけで持っていこうとすると、たぶん150時間ぐらいかかる。

 各都市の冒険者ギルドで、繰り返し可能なジョナルクエスト】を受注するのが、もっとも基本的なレベリングだ。〇〇を何個持ってこいとか、何個作れとか、その手の死ぬほど退屈なクエストだけど、フィールドでの採取を数百時間続けるよりは遥かにマシである。

 ところでこのゲームのクエストは、【リージョナルクエスト】も含め、三時間に一つ発行される受注権を消費して請け負うことになっている。


『ゲームに没頭しすぎて息子が餓死した。起訴』

 

 みたいな訴訟への対策で、長時間プレイに歯止めをかけるシステムだ。とんでもない額の金を払えば受注権の購入は可能だが、ゲーム内に閉じ込められた俺たちに支払いは不可能。


 今のところのじゃロリの受注権は上限の128まで溜まっているが、よほどうまく【リージョナルクエスト】を回しても一つのジョブをカンストさせるのがせいぜいだろう。


「あー……ちゃんとやっておけばよかったのじゃ……」


 俺はケモ耳ごと頭を抱えた。せっかく快適な生活を手に入れたのに、ここに来て淡々とレベリングしなければならないのか。


「のじゃロリアカウントはバトルコンテンツ用でしたから。仕方ありませんよ」

「ママァ……!」

「よしよーし」


 さて、ここからが問題だ。レベリングのためには、冒険者ギルドに向かう必要がある。しかし【ハルキ村】で見た通り、NPCが人間をそうやすやすと受け入れてくれるとは思えない。

 邪魔するヤツを全員やっつけてクエストを受注するとか、そういうあほみたいな極論なNGだ。俺の性格上、ぜったい後々にしこりを残す。殴った相手の顔とか思い出してすごくイヤな気持ちになるのが分かりきっている。俺はなんのストレスもなくここで生きていたい。


 頭を抱えていると、


「人間! おい、人間!」


 扉が開いて、美少年が飛び込んできた。


 ニコラだった。


「どうしたんですか?」

「や、や、ヤーシャが……ヤーシャが、人間に……!」


 青ざめた表情と、どうやらかなり強くぶん殴られたらしい顔で、俺は察した。


「これはまた……」

「面倒なことになったのじゃ」


 どうやら俺の他にも人間の残党がいたらしい。ソイツは【アドリアナ】のクエストを受注したのだ。ギルドを守ろうとする村人たちを蹴散らして。

 NPCをぶっ飛ばしてクエストを受けることになんの躊躇もないヤツが、近所をウロついている。頭が痛い。


「頼むっ……都合がいいのは分かってる。だが、アドリアナを救えるのは……!」

「よいのじゃ」

「やりましょうか」

「えっ?」


 土下座しかけていたニコラは、俺たちの二つ返事に中腰でぎょっとした。


「あ、なっ……いいのか?」

「是非もなしじゃ。わらわとリリの暮らしが脅かされかねんからのう」


 まず、サービス終了したゲームにログインし続けている時点で、ソイツは俺たちと同じく完整領土にすがるしかない異常者だ。

 その異常者は、アドリアナとメチャクチャにファックしたいという確固たる意志でNPCをぼこぼこにしている。ヤバすぎるだろそんなヤツ。人肉の味を覚えたヒグマみたいなものだ。狩猟しなければ、のじゃロリとリリに危険が及ぶかもしれない。


 俺は俺と、ここで快適に暮らす。誰にも邪魔はさせない。NPCだろうが人間だろうが同じだ。


「有害鳥獣駆除みたいなものじゃな」

「ヒールは任せてくださいね」

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