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俺、俺と出会う④

 【ハルキ村】は絶望的な寒村として設定されている。主要産業は行商。【アルドーパイン】の樹皮から採れるタンニンを、漁村に売りに行くのだ。豚も飼っているが、マトモに整備された林での放牧には法外な金が取られる。土壌は強い酸性で、野菜の栽培にも向かない。

 これが何を意味するか。NPCとゴニョゴニョする難易度が低いということだ。たいていのNPCは金で買える。村長の子どもである【アドリアナ】と【ニコラ】の双子兄妹は前提クエストを必要とするが、それも難しくはない。


「つまり、人間を恨んでいる可能性がひときわ高い、ということですよね」

「【ニコラ】は人気だったのじゃ。農夫の【ネクラス】に乱暴されるクエストはバズったからのう」

「ええ。【アドリアナ】も人気でしたね。生意気な村長の娘が、クエストを経てだんだんデレていくんですから」


 あらためて思うが、よくこのゲーム三年も運営できたよな。快楽のためなら金に糸目をつけない資産家が、メチャクチャ金を注ぎこんで批判に対する防波堤を築いていたのだろう。俺は、ビジネスパーソンの平均年収の三倍ぐらいは稼げていた。それだけプレイヤーに金持ちが多かったのだ。


「さて、見えてきましたね。まずは冒険者ギルドに向かいましょう」

「のじゃ」


 冒険者ギルドは、たいていのクエストの窓口になっている。情報を集めるならそこからだろう。


 朽ちかけた柵に枯れたイバラを這わせた、貧弱な囲い。木で葺いて石を積んだ薄っぺらい屋根の平屋が立ち並び、道はなんの舗装もされていない。

 家畜と腐った野菜の臭いが充満する、それが【ハルキ村】。コンセプトが明快だ。


 村に一歩、入る。


「人間が来たぞおおおお! ギルドを守れえええええ!」


 叫び声。鐘楼の鐘がけたたましく鳴らされる。家から人々が飛び出して、悲鳴を上げながら逃げまどう。


「もうバレてますね」

「予想の範囲内なのじゃ」


 俺たちはなんら気にせずギルドを目指した。


「おお……のじゃ」


 村の中心にあるギルドには、家財道具や木の柵でバリケードが築かれていた。バリケードの奥には数人の村人がいて、こっちに敵意まるだしの目線を向けている。

 

「近づくんじゃねえだよ、人間! ギルドはオラが守るだ!」


 木の桶を頭にかぶり、農業用のフォークを手にした純朴そうな青年が、バリケードの向こう側で叫んだ。


「あれ、【ネクラス】ですね」

「のじゃ」


 村長の息子の【ニコラ】を豚小屋で凌辱するクエストがバズったことで有名なNPCだ。大量のファンアートがSNSを駆け巡ったことを覚えている。


「人間は、消えろっ!」


 ネクラスに勇気づけられたのか、バリケードの向こうから石が飛んできた。俺は手に盾を出現させて、石を受け止めた。


「く、くたばれえ!」


 農作業帰りなのか、泥でまっくろになったおっさんが脇から体当たりを仕掛けてくる。リリがさっと俺を庇い、不幸にも黒塗りのNPCに衝突してしまう。


「おいゴラァ!」

「ヒエッ」


 すっごい怖い。思わずケモ耳をぎゅっと握ってしまう。


「ええと、落ち着いてください」


 リリがNPCに語り掛けた。えらいぞ俺。がんばれ俺。俺をかばい全ての責任を負った俺に対しNPCに言い渡された示談の条件を呑んでくれ。


「消えろ! 消えちまえ! 頼む、頼むから……」


 おっさんはリリを突き飛ばし、涙目でうめいた。


「ああ、そういうことですか」


 リリと俺は同時に納得した。


 NPCには自由意志があり、なんなら俺たちを拒むことも可能だ。それを縛るのが、クエストの存在。クエストを完遂されてしまえば、NPCは人間を拒否できない。そういう風に作られてしまっているのだ。


 人間の残党がいると発覚した以上、NPCはギルドを死守するだろう。誰だって、他人の思い通りにはされたくない。俺もそうだ。空気読めないヤツとか言うこと聞かないヤツをアホ扱いする社会にウンザリしたから、俺は誰とも関わらず生きていく道を探した。


「どうしましょうか。誤解を解くのはコストが高い……さりとて、襲撃されるのも面倒」

「ぶちのめすのも、後味が悪いのじゃ」


 村人が束になってかかってきても、戦力は【森喰らいのズメイ】の千分の一ぐらいだろう。


「八方ふさがりじゃな。帰るのじゃ」

「ええ。ごはんにしましょう」


 今のところ、できそうなことは何もない。年単位で交流して自分たちの危険のなさを示すとか、俺たちには無理だ。面倒すぎる。

 とりあえず放置し、襲撃されたら追い払う。それでいい。


 来た道を、足取りも重く取って返す。俺と俺による快適な暮らしに、まさかNPCが水を差してくるとは思わなかった。


「今日はなににしましょうか」

「ハンバーグがいいのじゃ」

「うふふ、わたしもそう思ってました」


 リリは俺と手をつなぎ、歩調を合わせてくれる。おねえさん化が広がってないか?


 三時間の道のりをてくてく歩いて戻ってくると、


「あ……昨日の人間……」


 家の前に、アドリアナが立っていた。


「もしかして、村に行っちゃった?」

「のじゃ」

「ごめんね。あたし、言わなかったんだけど……お父さんに、バレちゃって」


 しゅんとしている。嘘をついているわけではなさそうだ。


「平気ですよ。気にしていませんから」


 リリがにっこりして、アドリアナの頭をぽんぽんした。


「うー……」


 アドリアナがべそをかいた。リリの言葉で、自責の念を更に掻き立てられてしまったらしい。いい子だな。なんか俺らが悪いみたいな気になってきたじゃないか。


「ああほらほら、泣かないで。ねえアドリアナ、ごはん食べていきませんか?」

「えっ?」

「いいからいいから。今日はおいしいハンバーグをつくりますよ」


 リリがアドリアナを小屋に引っ張り込んだ。アバターの違いってすごいな。もうおねえさんを越えてママになろうとしている。



 【ズメイの肉】をつかった、【ドラゴンフリカデレ】。Exp+20%のバフがかかる、レベリングに最適の食事だ。ここに【フレッシュルッコラ】と【サントマト】でつくる【ハイランドサラダ】を添えれば見た目もいいし、VitとMndが13ずつ向上する。


 湯気を立てるハンバーグを前に、アドリアナは躊躇していた。まっさおな表情で、震えている。


「だいじょうぶですよ、アドリアナ」


 リリがほほえんで、アドリアナは弱弱しく笑い返した。


「い、いただきます」


 おずおずとハンバーグを割って、口に運ぶ。


「あ、おいし! じゅわって……!」


 【ズメイの肉】は血の香りが濃厚で、噛むと臭みのない脂がじゅわっと湧き上がる。


「でしょう?」

「う、うん」


 怯えながらも、アドリアナは笑った。


「いっぱい食べてくださいね。よかったら、お風呂も入っていいんですよ」


 アドリアナの、フォークとナイフを持つ手がびくっと震えた。お風呂もアドリアナにとっては危険な言葉だったらしい。


「ふ、ふたりも、そういうこと、するの?」

「まさか」


 リリは笑い飛ばした。


「見てちょうだい。わたしはリリムで、この子はのじゃロリなのよ」

「のじゃー」


 俺はなるべく無害っぽい鳴き声を上げた。


「でも、女の人にも、そういうことする人がいたわ」


 本当にこのゲームよく三年も続けたな。


「わらわはあんまり興味がなかったのじゃ……と言っても、無駄じゃな」

「ごめんなさい。お礼、言いたいんだけど。怖いのよ、みんな。人間のこと」


 食卓に暗い影が落ちた。気まずい。


「どうしてアドリアナは、森にいたのじゃ?」


 俺は話題を切り替えることにした。だが、この話題選択は失敗だったようだ。アドリアナはますます暗い表情になった。


「お、お金が、なくなって……だから、【アルドーパイン】を集めようと思って」


 【ハルキ村】の主要産業に、家から出てこない村長の娘まで駆り出される。どういうことか。


「人間がいなくなって、NPC間の経済状況が変わってしまったんですね」

「うん」


 プレイヤーが落とす金は、【ハルキ村】の経済を回していた。それがなくなってしまったのだ。だからNPCは、独自の行動を取りはじめた。独立した存在として、自分たちの意思で村の運営をはじめた。そういうことらしい。


「でも、どうしたらいいのか分からないのよ。あたしたち、結局は今まで人間に頼って生きていたの。それが当たり前だと思ってたわ。嫌いだったけど、依存してたの」


 どんどん厄介な話になっていく。俺はただ、俺といっしょにここで暮らしたいだけなのに。

 俺とリリが頭を抱えていると、


「ヤーシャ! ここか!」


 いきなり扉がバーンと開かれて、美少年が飛び込んできた。

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