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俺、俺と出会う③

 刺繍がびっしり施された、東欧っぽいエプロンドレスを着た女だ。小麦色の髪をスカーフで束ね、青い瞳がまんまるに見開かれている。

 すわ人間かと、一種、肝が冷えた。このゲーム、アバターとNPCの区別がメチャクチャ付けづらいのだ。

 しかし、服装と人種的特徴から推測するに、アルドー地方のNPCだろう。

 エプロンドレスはあちこち裂けており、白い肌にはいくつもの傷がある。疲れて怯えた表情だ。まるで、何かから逃げて来たかのような。


「あっ、あ、あの、煙っ、煙が上がっていると思って、誰かいるんだと思って……」


 NPCがなにか話しはじめた。


「見覚えがあるのじゃ」

「【ハルキ村】の【アドリアナ】ですね。でも、どうしてこんなところに」


 『完整領土』のNPCは強いAIだ。ものすごく簡単に言うと、まるで自由意思があるかのように振る舞う。だから、村を出てこの辺りをウロウロしていても、おかしくはない。

 おかしくはないのだが、おかしい。NPCには、勝手に逃げ出したりしないようなフェイルセーフがかかっているはずなのだから。

 【ハルキ村】の【アドリアナ】は、村長の箱入り娘という設定だ。村長の家から出てくることはない。いくつもの前提クエストを攻略することでようやくお目見えとなる。


「た、助けて……モンスターに、襲われて!」

「ゴアオオオオオ!」


 知性を感じさせない絶叫。木々がへし折れる音。泡を食った鳥たちが狂ったように飛び回る。


 姿を現したのは、北アルドー針葉樹林帯のA級二つ名モブ、【森喰らいのズメイ】だった。その姿はばかげて巨大なヘビと言ったところか。顔だけは角だの嘴だのでゴテゴテと装飾され、ドラゴンっぽい風格がある。


 二つ名モブは一般のフィールドモブと違い、数十時間に一度ポップする強敵だ。C~Sまでの序列があって、A級の討伐はタンク二枚、ヒーラー二枚、DPS四枚のフルパーティが推奨される。

 フィールドモブは本来、NPCを襲撃するようなルーチンを持っていない。なんらかの歪みが生じているのは明らかだ。


「困りましたねえ」

「のじゃ」


 A級二つ名モブがNPCを襲おうとどうでもいいが、せっかく作った山小屋を破壊されるのだけはごめんだ。俺は俺とここでダラダラ生きていく。その邪魔は誰にもさせない。


「わらわは【パラディン】を出すのじゃ」

「それならわたしは【フィロソフィア】ですね」


 浴槽から上がった俺は、 俺はジョブを【採掘師】から【パラディン】に変更した。すっぽんぽんから、のじゃロリっぽいワンピースと剣と盾を装備した姿に。ただのワンピースは見た目だけ、実際は【聖鎧ウィガール】と呼ばれる、タンク職共通の最強装備だ。【スタイルスタック】というシステムによって、見た目だけ【サマーワンピース】にしている。


 リリもいつものリリムっぽい服装だが、【サンコットン・ローブ】という最上級装備に、リリム初期装備の【チャームボンテージ】を反映させている。


「さあ、狩りの時間じゃ」


 俺は口角を吊り上げ、ケモ耳を限界までビーンと突っ張らせた。粘土をこねるぐらいしかできなかったのじゃロリが、ようやく役に立てるのだ。


 盾を手放し、宙に浮いたところを全力で蹴り込んだ。加速した盾は赤熱しながら放物線を描き、【森喰らいのズメイ】の顔面を打った。

 【シールドボレ―】は【パラディン】の間接攻撃スキルだ。盾を蹴り飛ばして、相手にぶつける。大した攻撃力があるわけでもないが、射程は30メートル。バトルコンテンツの際、まっさきにヘイトを取るため使う。

 旋回して手元に戻ってきた盾を走りながら受け止め、すれ違いざまにズメイを切りつける。分厚い鱗と皮と肉がまとめて裂け、ビチャっとどす黒い血が飛び散る。


 ズメイがとぐろを巻いた。範囲攻撃【テールスラップ】の予備動作だ。ズメイを中心とした円形に地面が光って、AoEの範囲を示した。


 地面を砕いて巻き上げながら、ズメイの尻尾が振るわれる。俺は攻撃を盾受けし、【エネミー・アプローチング】、【レイジ・アゲンスト】、【グローリアス】とコンボをつないでヘイトを稼いだ。エフェクトが派手なだけで、要するに横切り、袈裟切り、切り上げだ。


 リリのヒールが飛んできて、俺のHPを一気に戻した。ヒールが必要なほどのダメージを負ってはいないが、こういうのは共同作業感が大事だ。全部リリがやってもよかったのに、俺が【粘土】を集めたときと同じ。


「すっごい……ズメイが、相手になってない……」


 NPCのアドリアナが、うれしくなるようなことを言ってくれた。やる気が出るね、ほめられると。

 俺はサービス開始から一度もログアウトしたことがない、大英帝国レベルの廃人だ。【森喰らいのズメイ】なんか大した敵じゃない。オートアタックだけでも十分に倒せる。わざわざスキルを使ってヘイトを稼いでいるのは、万が一にでも小屋の方に向かわれないためだ。


「終わりっ!」


 俺は剣を振りぬいて、【森喰らいのズメイ】の首を刎ね飛ばした。ズメイはしばらくのたうち回って木々をへし折った後、絶命した。


「おっ【ズメイの竜鱗】ドロップした」


 そこそこレアアイテムだ。リリに加工させて【フォレストイーター・スケイルメイル】を作成すれば、マーケットでそれなりの値段が付く。リアルマネーにすれば百円程度だが。


「終わった終わったー……のじゃ。仕切り直しじゃな」

「ええ、そうですね」


 俺たちは再びすっぽんぽんになって、湯船に飛び込んだ。はいどうぞと言わんばかりに差し出された右のおっぱいを握る。安心感がこみあげてくる。


「え、ま、またお風呂に」


 アドリアナが絶句した。


「はぁー生き返るわぁー」


 俺は最初からやり直すことにした。


「え、あ、あの、あの! ちょっと!」


 アドリアナが湯船に近づいてきた。俺とリリは顔を見合わせた。どちらの顔にも『他人は無理』の表情が浮かんでいる。のじゃロリもリリも俺なのだから、当たり前だ。


「どうして、なんで……ああ、違う、助けてくれてありがとうございます。でも、人間はいなくなったんじゃ」


 めちゃくちゃ混乱しているようだ。無理もない。俺たちにも意味の分からない状況なのだ。


「ええと、だいじょうぶですよ。わたしたち、ここでひっそり暮らしたいだけですから」


 リリが答えてくれた。さすがおねえさんキャラだ。のじゃロリでよかった。この見た目だと、無条件に守ってもらえる。


「そんな……終わったと思ったのに……」


 アドリアナは膝をついて自分を抱きしめ、ガタガタ震えはじめた。お礼を言われるつもりはないが、目の前でガタガタ震えられる準備もない。俺とリリは顔を見合わせた。他人は分からない。意図を説明したいならホワイトボードを持ってきてほしい。


「ご、ごめんなさい……あの、このこと、誰にも言わないから」


 ふらっと立ち上がったアドリアナは、おぼつかない足取りで森の闇の中に消えていった。


「なんだったんでしょうね」

「終わったと思ったのに。そう言ってたのじゃ」


 何が? まあ普通に考えて、人間によるあらん限りの凌辱行為だろう。自由意志を持つNPCを、人間はさんざん痛めつけてきた。NPCは文句ひとつ言わず、人間に従ってきた。

 だが、この世界から人間は排除された。NPCたちは楽園を手に入れたのだ。まさか人間の残党がこんなところで風呂に入っているなどと、NPCは想像すらしていなかっただろう。


「うーん、面倒なことになりそうですね」

「誰にも言わないって、いずれバレるに決まっているのじゃ」


 NPCが押し寄せたところで、片っ端からぶちのめせば良い。しかし、いつ来るのかとモヤモヤしながら暮らすのは、快適な生活と言えないだろう。


「気は進みませんけど」

「状況をたしかめるしかなさそうじゃな」


 この世界に、何が起こっているのか。それを知るためには、【ハルキ村】に向かう必要がありそうだ。


「コミュ障でも二人いればなんとかなりますよ」

「そうじゃな」


 俺たちのキャラクターも、だいぶ固まってきた。のじゃロリが庇護欲を掻き立て、リリが守るという構図だ。このキャラクターと関係性を堅守すれば、他人にも立ち向かえるだろう。恐ろしいのは知性のカケラすらないモンスターではない。意味不明な他人なのだ。


「明日、【ハルキ村】を訪ねましょう」

「のじゃ」


 おっぱいを力強くぎゅっとにぎると、決意がみなぎってきた。

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