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俺、神になる⑩

 俺は夜の森を奔った。炎の熱と光が遠ざかり、切り裂くような冷たい風が頬と耳を滑っていった。


 記憶核がぶっ壊されて生きる意味を失おうと、絶対に揺るがないものがある。

 ボグダーナにとってそれは、領主であることだ。


 大アルドーの統一なんてのは、副次的なものでしかない。なによりもボグダーナは、民が幸福であることを望んでいた。

 そのことは分かっている。なんで分かるかは、のじゃロリにもリリにもレシアにも、共感してもらえないだろう。


 人間なんてのは、付き従ってくれるヤツらの笑顔を観たくなってしまうのだ。喜んでもらいたくなってしまうのだ。

 ソイツらが困っていたら、後先のことなんて何も考えず、手を差し伸べたくなってしまうのだ。それで自分が死ぬほど傷つくとしても。


「……ボグダーナ!」


 追いついた。ボグダーナは足をひきずりながら、ノロノロと歩いていた。どこかで転んだのだろう。素肌は泥と擦り傷だらけで、太腿からダラダラ血が流れていた。


「なんですの、エルフ・エル」

「……わたしも、やる」


 ボグダーナは呆れたように笑った。


「あなたにだけは、気づかれたくなかったのですけど」

「……わたしだから、気づけた」


 フンと鼻を鳴らしたボグダーナは、しかし、俺の同行を拒否しようとしなかった。


「あなたに、託せるかと思ったんですわ」

「……わたしには、無理」

「どうして? あなたは民にとって神ですわ。アルドー統一なんて、大それた夢も抱いていない。理想的なまとめ役になれるでしょう」

「……わたしは、静かに生きたいだけ」


 ボグダーナはため息をついた。


「今になって、わたくしがどうやって民の信任を得られますの?」

「……戦って、生き延びて」

「ばかげていますわ」


 俺はボグダーナと並んで、真っ暗闇の森をひたすら歩いた。


「……いつ、気づいたの」

「トリンカ村の襲撃ですわ。ハイアルドーで、トメリ村で、ポルトヴァ村で、トリンカ村で。ブラウニーがどの方角から来たか、観ていましたの」


 その視点は、まったくなかった。俺はただ、ヘラヘラしながら降ってきてヘラヘラしながらNPCを虐殺するブラウニーに、腹を立てていただけだ。

 細い勝ち筋を拾うため、ボグダーナは耐えて観察していたのだ。【戦場の凍姫】の、冷たい瞳で。


「間違いありません。この先に、ハイヴはあります」


 茨が肌に食い込む藪を掻き分け、進む。

 果たして、そこにそれはあった。


 地面に斜めに突き刺さった、むきだしの筋肉の集まり。ハイヴはそんな風に見えた。透明な粘液をまとって、拍動している。

 筋肉の表面が粘液の内側で腫瘍のように膨れあがり、やがて人のかたちをつくった。


「ぽいーん!」


 ブラウニーが飛び出してきて、全身を震わせ粘液を弾き飛ばす。その背中を骨が突き破る。骨がプロペラになって、飛び立っていく。


「さあ、やりますわよ」

「……うん」

「アルファ・メガクローラー!」


 右手を突き上げ、ボグダーナが叫ぶ。たちまち、トゲ付きタイヤを履いたクリスタルのドクロが出現する。俺は杖を構える。


 ドクロの額がオレンジ色に発光する。俺の杖の先端が漆黒にきらめく。


「行けえっ!」


 二人同時に、めいっぱいの力をこめた一撃をぶっ放す。


 木々を砕き地面を抉りながら、光線と魔弾がまっすぐ突っ走った。光はブラウニーを消し飛ばしながらハイヴに迫った。


「ぽいーん」


 野太い声がして、なにかがハイヴと攻撃の間に割り込んだ。

 十メートルはあろうかという巨大ブラウニーが、俺たちの一撃を受け止めた。ジリジリと後方に押し込まれながら、力任せに魔弾を抑え込む。


「な、なんですの!?」

「……分からない。ハイヴ防衛用の、ブラウニー、かも」


「ぽぽぽぽぽっ」


 ブラウニーは腕で魔弾をぎゅうっと締め付け、


「ぽいーんっ!」


 叫びながら、粉々に砕いた。

 漆黒の欠片となってあっちこっちに飛散した魔弾が、着弾点を燃やしはじめる。炎に照らしあげられた顔を、ガーディアンブラウニーがこちらに向ける。


「来ますわっ!」


 アルファ・メガクローラーが飛び出した。ブラウニーは腕を目いっぱい後ろに引いた。直後、パイルバンカーと剛腕が衝突し、吹き荒れる衝撃波が木々を放射状になぎ倒した。


「きゃああああ!」


 ボグダーナの操るばかげたメカは、ぐるぐる回転しながら後方に向かって吹っ飛び、倒れた木に乗り上げて煙を噴いた。ガーディアンブラウニーもまたぶっ飛ばされて、ハイヴに大の字で叩きつけられた。


「……このっ!」


 俺は魔弾を連射した。直撃するも、ブラウニーの表皮にちょっとした火傷を負わせるぐらいが関の山だった。

 メイジはメレー職と違って、剣で切り裂いたりはできない。この魔弾もただのジェスチャー【魔弾を放つ】だ。威力があって、オブジェクトに干渉できる方が本来おかしいのだ。


 着弾の煙を払って、ガーディアンブラウニーが突進してくる。一歩ごとに地面が揺れて、横たわった木々が転がる。


「ぽいーん!」


 振り下ろす拳が、地面を粉々に砕く。咄嗟に飛びのいた俺は、飛んできた瓦礫に頭を打たれてしりもちをついた。


「ぽぽぽぽぽぽっ」


 月を隠す巨体が、覆いかぶさるように俺の前に立つ。腕を引いている。あれが当たったらどうなるんだろう。さすがに死ぬか。そうだろうな。これまでも、ハイヴをぶっ壊そうと考えた人間はいるだろう。そんな頭のイカれたヤツに対処するため、コイツは作られたのだ。


「ぽいーんっ!」


 ばかでかくて太い腕が、まっすぐ振り下ろされる。死んだな。完全に死んだ。


「ぽいっ」


 ブラウニーが悲鳴らしき声を上げ、突きの軌道が逸れた。拳は俺のすぐ横に着弾し、肘まで地面にめりこんだ。


「なーにやってんだお前ら」


 月を背負って、ひとりの美少女が立っていた。

 

 左手をニットカーディガンのポケットに突っ込み、右手の刀を肩に担いでいる。ピンクのセミロングは、重ための前髪と鎖骨らへんで揺れる毛先。青い瞳は強気そうに吊り上がっている。

 メインヒロインの風格。


「俺も仲間に入れてくれよ」


 JKは、俺のメイン垢は、ニヤっと笑った。


「ぽいっ! ぽいっ!」


 ブラウニーは、突き刺さった拳を必死で引き抜こうとしている。JKは刀を肩に担いだままスタスタ近づいていって、ブラウニーの腕をぺたぺた触った。


「結構いいカラダしてるけど、なにかスポーツでもやってたの?」


 問いかけて、一人で笑って、


「そう」


 いきなり抜刀すると、ブラウニーの腕を横一文字にぶったぎった。


「ぽいっ! ぽいいいい!」


 ブラウニーは悲鳴を上げながら後退し、どすんと尻もちをついた。


「……どうして」

「あ? 無口キャラか。いいな、俺もキャラ作ろうかなって気になったわ」


 JKは余裕たっぷりの含み笑いを俺に見せつけた。


「ハウジングエリア、ここから近いんだよ。あんまり景観を損ねられたら困る。直してくれるヤツはここで皆殺しにするしな」

「ぽいいいい!」


 ブラウニーは残った腕で殴りかかってきた。JKの姿が一瞬にして消え、ブラウニーの腕が空振った。


「ぽっ、ぽい!?」


 ガーディアンブラウニーは戸惑いの声をあげた。ニヤニヤ笑いを浮かべたJKが、拳の先端に腰かけているのだ。無理もない。


「……速い」


 俺は息を呑んだ。たしかにこの世界で、プレイヤーは超人的な動きができる。それにしたって、目で追えないほどの動きというのは考えられない。


「エルフはメイジで固定砲台だもんな。分かんないか。【ラッシュ】だよ」


 どのクラスでも使用可能なジェネラルスキル、【ラッシュ】。10秒間、自身の移動速度を120%向上させる。

 バトルで使うのは、ギミックを避けるときぐらいだと思っていた。グローバルクールダウンやリキャストまで加速するわけでは無いからだ。しかし、スキルの通用しないNPCと近接戦闘するなら話は別。これほど有用なスキルになるのか。


「ぽいいいん!」

「うるさっ」


 JKは刀を振るってブラウニーの手首から先を切り落とした。振り回される腕から飛びのくと、空中で後方一回転、スーパーヒーロー着地。ああ、コイツ俺だわ。


「ぽいいいいいいん!」


 ガーディアンブラウニーは絶叫した。JKはクスクス笑った。


「ブラウニーがカンカンでいらっしゃるよ。炙ってさしあげろ」


 JKの目線の先には、再起動したアルファ・メガクローラー。


「くたばりやがれですわ!」


 マストダイレーザーが、ガーディアンブラウニーの背中に直撃した。ブラウニーの背中が見る見る内に赤熱し、融解しはじめた。


「エルフ! あなたも!」


 怒鳴られて、俺は杖を構えた。ありったけの魔弾を連射する。


「ぽいっぽいっ……ぽいいいいい!」


 ガーディアンブラウニーは断末魔の絶叫を上げ、爆発して粉々に飛び散った。


「はあ……はあ……」


 夜風が吹きすさぶ中、俺はハイヴの前に立った。目は霞んでいるし、全身が痛い。立っているのがやっとだ。それでも俺は、杖を構えた。


「……ボグダーナ」

「ええ、分かっていますわ」


 俺たちは、ある限りの力を全てハイヴに叩き込んだ。

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