俺、神になる⑨
【針の城】の裏口から領主林に抜けた俺たちは、ゾロゾロと連なって数キロ先のトメリ村を目指した。ときおり散発的にブラウニーの襲撃があったものの、護衛についているのがアルファ・メガクローラーと俺たちだ。小集団など物の数ではない。
「賭けじゃったの。よくもボグダーナを説得できたものじゃ」
「……手は、血に、濡れてるから」
エルフは言葉少なに語った。責任……とは、ちょっと違うのかもな。【記憶核】のせいであれ、状況に流されたのであれ、エルフもボグダーナも、やったことは変わらない。他人を十分に傷つけ、十分に苦しめてきた。民のためを思って、みたいな殊勝な理由では、決してない。なにもかも自分のためにそう振る舞って、結果的にこんなことになってしまったのだ。今になって降りることなどできない。
やがて俺たちはトメリ村に辿りついた。百戸ほどの寒村は無人になっていた。ハイアルドーの全てのNPCが、エルフに焼かれたのだ。
「さあ、着きましたわ。休憩としましょう」
まっさきに入村したボグダーナが仕切りはじめたが、誰も文句は言わなかった。自由意志を得て右往左往するばかりだったNPCは、ようやく指針を与えられたのだ。実に皮肉な話ではあるが。
俺たちはトメリ村の埃っぽい広場で、ようやく腰を下ろした。リリが【チェストナット・ポタージュ】を領民たちに振る舞った。
「ボグダーナ、これからどうするのじゃ?」
人の輪から離れて一人でスープをすするボグダーナに、俺は声をかけた。
「トメリ村を焼き払いますわ」
「え?」
さすがに予想外だった。
「この地を焼いて、ブラウニーを遅滞するのです。そして次の村へ。それを繰り返しながら、ハイヴを探して叩くのですわ」
「……焦土作戦」
エルフがボソっと言った。
なるほど、そういうことか。追いすがるブラウニーを破壊したオブジェクトで押しとどめつつ、どんどん移動していく。領民を守りながらハイヴを攻めるのであれば、これより良い方法はないだろう。
領地を焼き払って、敵に直させる。二重に人間性を感じられない、恐ろしいやり方だ。
「戦場の凍姫じゃなあ」
「実はそうですのよ。あなたがたはご存知ないかもしれませんけれど」
スープを飲み干したボグダーナは立ち上がり、ドレスについた埃を払った。
「さあ、動きますわよ! 次はポルトヴァ村ですわ!」
ようやく休めると思ったNPCが不満そうにボグダーナを睨んだ。ボグダーナはエルフの肩に手を置いた。
「……行こう。まだ、終わっていない」
心底イヤそうな顔をしながら、エルフが領民を鼓舞する。
「エルフ・エル!」
「エルフ・エル!」
「エルフ・エル!」
「おれはガラートだ!」
たちまち元気になるNPC。信仰心が高まりすぎている。
「いいように使われはじめましたね、エルフ」
「……それで、救えるなら」
「よしよーし」
「……ママ」
NPCが全員村から出たのを確認し、エルフが杖を掲げた。漆黒の魔弾が放たれて、家屋を、厩舎を、鐘楼を燃やしはじめた。
「ぱるぱるぱるぱる?」
「ぱるぱるぱるぱる」
「ぽいーん!」
「ぽいーん!」
プロペラブラウニーの巡回部隊が、綿毛に乗って落下してくる。その数は数百匹ほど。どうやら破損オブジェクトを優先するルーチンらしく、燃え盛るトメル村に迷わず突っ込んでいく。焦土作戦は大成功だ。
「……このっ!」
エルフが杖から魔弾を乱射して、プロペラブラウニーを次々に撃ち落としていった。
「無駄ですわ! さあ、急いで!」
ボグダーナがエルフの腕をつかんだ。エルフは焦燥感に駆られた顔で空を見上げ、腕を引かれてつんのめりながら歩き出した。
ポルトヴァ村まで、数キロの道のりを歩く。体力のないNPCたちが遅れはじめ、列は徐々に伸びていった。俺たちはそれぞれマウントに乗って、列の端から端までをひたすら往復した。
ジワジワと日が暮れてきた。太陽は逃げ去るように稜線の向こう側へと消えていき、濁った橙色の空が焦燥感を掻き立てた。
戦える人数は少なく、ブラウニーはどこからともなく沸いてくる。気づいたときには手遅れになっている事態が多発した。
「のじゃっ! このっ!」
マウント【白虎】でブラウニーを踏み潰す。胸を切り開かれたNPCは、ぼんやりした目を樹上に向けている。岩がちな大地の上を血が滑っていく。
「……すまなかった、のじゃ」
記憶核を修復されたNPCは、かすかに首を横に振った。
「いえ、別に。傷つけられるの、慣れてますから。でも……これから、どうすればいいんでしょうか?」
答えられるわけがなかった。俺は黙って周囲の警戒に戻った。
巡回を終えると、列の先頭はポルトヴァ村に入っていた。城下街に残った【狼】は、ヴォールナただ一人が生き延びていた。ブラウニーに修復された連中は、所在なげに城下街をウロついているという。
「よくやりましたわ、ヴォールナ。【狼】によって、被害は最小限に押しとどめられました」
ヴォールナは寡黙に頷いた。犠牲をゼロにはできない。ブラウニーは多すぎるし、命を顧みなさすぎる。土嚢一つで津波を留めようとするようなものだ。
最後の一人が入村するまでに、二時間はかかった。誰も彼もがボロボロだった。エルフに焼き殺され、俺たちに切り殺され、システムそのものに襲われてひたすら逃げ回っているのだ。いくらなんでもイベントの数が膨大すぎる。
「さ、集まりましたわね。動きますわよ」
ボグダーナがエルフの肩に手を置いた。疲労に目の下を真っ黒にしたエルフは、NPCの群れに目をやった。誰も彼もが疲れ果て、ぐったりとうずくまっている。
「……でも」
「お気遣いは無用です。飢えようと足が取れようと、わたくしたちは死にませんから。ご存知でしょう?」
ボグダーナは完全に吹っ切れている。さっきまでぐでんぐでんになってパンツを見せていたとは思えない。
一方で、エルフはまだ割り切れてない。いざとなれば、自分の不死性を把握してるNPCの方が強いな。
「エルフ。動くしかないのじゃ」
俺が声をかけると、エルフはノロノロと頷いた。
「……立って。みんな」
エルフの声は、NPCから残りわずかな気力を搾り取る。NPCたちは壁だの隣人だのにすがりながら、なんとか立ち上がった。
そして再び、地獄のような逃走が始まった。
エルフが漆黒の火球でポルトヴァ村を焼き払う。燃え落ちるポルトヴァ村に、ブラウニーたちが群がる。ヤツらに自意識は無い。淡々と粛々と、ルーチン通りに行動するだけだ。炎に巻かれて自身もメラメラ燃えながら、ノコギリとトンカチで建物を直している。
松明を手に、暗い森を進む。ときどきどこからか悲鳴が聞こえた。ブラウニーを一匹一匹探し出して叩き潰すような地味な真似を、俺たちはもう止めていた。無駄だからだ。
夜が更ける頃、俺たちはトレンカ村に辿りついた。NPCの列がどこまで伸びているのか、もう想像もつかなかった。誰もが無言だった。
「はい、コーヒーですよ」
「のじゃ」
リリに手渡された【ブラックコーヒー】を啜る。強烈に苦くて濃い。カフェインが回って、俺の体を強引に覚醒させる。
NPCたちが、のろのろと門を越える。歩哨に立つレシアは、頭をフラフラさせながらNPCを迎え入れている。
みんな、心身ともに限界だ。そりゃNPCは死なないけど、それってつまり、死ぬよりもひどい目に遭いかねないってことだ。話の通じない化け物に追われながら夜の森の中を十数キロ歩くって、かなりそれに近い。
「……ボグダーナ」
「なんですの?」
腕組みして土壁にもたれかかるボグダーナに、エルフが声をかけた。目も声音も怒気をはらんでいる。
「……いつまで、続くの」
「本気で訊ねてますの? わたくしに民を預けたのはあなたですわ、エルフ・エル。今になって、わたくしから指揮権を取り返すつもりになりました?」
「……そんな、つもりは」
「ええ、そうでしょうね。あなたは人間で、わたくしよりずっとものの道理を分かっていらっしゃるんですものね」
ボグダーナが声を荒げる。NPCたちはこのケンカに、不審と同情の目を向けた。ボグダーナに対する不審と、エルフに対する同情だ。そして、この諍いを止める気力は、誰にも残っていない。
「……みんな、もう限界」
「分かっていますわ。それで? あなたはどうしたいんですの? ここでブラウニーに襲われるのを待ちますの?」
「……わたしたちで、食い止める。その間、休ませる」
「制空権は握られている。対空能力はわたくしのアルファ・メガクローラーとあなたの魔法だけ。勝算はお有りですか?」
ボグダーナの言うことは、いちいち正しい。ハイヴが見つかるまで遅滞し続けることは、俺たちに採れる唯一の戦術。
「では、民にお聞きしましょうか。あなたがた人間のお好きな民主主義ですわ。さあ、どうしますの? エルフ・エルと共に死にますか? それとも、わたくしと共に生き延びますか?」
問題は、俺たちが合理的にできていないということなのだ。
NPCたちの目線は、はっきりとエルフに向けられていた。領民に混じり、救ってきたのはエルフだ。冒険者ギルドから財貨を引き出す手段を与え、記憶核を破壊したのは、エルフだ。
「決まりですわね」
ボグダーナの声に失望はなかった。こうなることは分かり切っていた、とでも言いたげに、胸を張っていた。虚勢なのか本気で堂々としているのか、俺たちにはサッパリ分からない。
「ぱるぱるぱるぱる」
「ぱぱらぱーぱーぱぱらぱーぱー」
「ぱるぱるぱるぱる」
ブラウニーの群れが、月を覆う黒雲のように空を滑ってきた。
「……みんな、隠れてッ!」
エルフの絶叫に、NPCたちは慌てて手近な民家に飛び込んだ。エルフは火球を曲射し、村の周囲を焼き払いはじめた。たちまち燃え上がった木々が、トリンカ村に真昼の明るさと真夏の熱をもたらした。
「あれ? ボグダーナ、どこに行くんだい?」
「通してくださいませ!」
「うひゃあ!」
空と炎から視線を引きはがすと、ボグダーナがレシアを突き飛ばして森の中に逃げていくところだった。
「や、やりやがったのじゃ……」
「さすがにすごいですね」
すごいなアイツ。この局面でそれかよ。どこまでも能無しドリルツインテールだ。そりゃめちゃくちゃイジられるわ。
火球を乱射しまくって周辺のオブジェクトをぶっ壊しまくっていたエルフが、ついに膝をついた。俺は駆け寄って、エルフを支えた。
「やるしかないのじゃ。オブジェクトを壊しまくって、ブラウニーを殺しまくる。いつまで続くかは分からぬが、それしかない」
俺たちに残っているのは、もう単なる意地だ。ゲーム内のシステムなんかに、蹂躙されてたまるか。あんな何も考えてない連中に好き勝手されたくない。パソコンが思い通りに動かなかったら腹立つだろ? ちょうどあんな感じだ。
「……違う」
「なにがじゃ」
「……ここを、お願い」
「は?」
「……守って」
エルフはふらふらと立ち上がり、よたよたと歩き出した。ボグダーナが消え去った方を目指して。
「えっえええ!? なんなのじゃ! どうしたのじゃ!」
「のじゃロリ! 来るよ!」
「がー!」
苛立ち任せに、着地したブラウニーを剣で叩き潰す。もう何がなんだか何も分からん。一つだけハッキリしているのは、うっぷん晴らしの対象にだけは事欠かないということだけだ。
「レシア! リリ! プチプチ潰しの時間じゃ!」
「やりましょう!」
本の角でブラウニーを潰し、返り血を浴びながらリリがにっこりした。
「いいね! 無限に潰そーう!」
レシアもヤケクソで笑った。
「おれは、ガラートだ!」
なぜかガラートもやる気だった。俺は笑った。
「ちょうど四人パーティじゃな。さあ、行くぞ!」
柵を突き破って押し寄せるブラウニーの群れに、俺たちは向き合った。




