俺、神になる⑧
「のじゃロリ! いいね!」
「はいはいどーもね!」
レシアが三匹のブラウニーをまとめて串刺しにしながら爽やかに笑い、俺はヤケクソで返事をした。
「さあ、ご注文は何人前だい? いくらでも作ってやるぞ!」
レシアが、ブラウニーケバブを高々と掲げて走り出した。完全に発狂しているようにしか見えない。NPC達はブラウニーよりもレシアの凶行に仰天し、我先に道を開けた。
橋を渡りきると、それはそれで案の定、とにかく凄惨なことになっていた。無数のブラウニーと無数のNPCと瀬になって流れる大量の血、そして流れに乗ってたゆたう真っ黄色な脂。一面のゴア。ポール・バーホーベンの映画でも観てるみたいだ。
「……これ、どうするんじゃ」
ブラウニーは数が多すぎるし、仕事熱心すぎる。どうやったら終わるんだ、この戦い。
「【ハイヴ】さえ潰せれば、なんとかなるんじゃありませんか?」
リリの提案は、唯一だけどそんなに現実的ではない。
サーバーへの負荷を避けるため、仮想空間内に常駐しているブラウニーはそれほど多くない。ヤツらは少数で世界をウロついており、ささやかな破損なら勝手に直してしまう。
しかし、今回みたいな大規模破壊が生じた場合、ブラウニーは近郊に【ハイヴ】を形成し、そこで増えていく。数を揃えたところで、修復作業を開始するのだ。
ハイヴを潰して生産能力を奪い、しかる後に一匹残らず根絶やしにすれば、ハイアルドーのNPCを守ることは可能だろう。
「じゃが、どこにあるかも分からん。NPCを守りながらハイヴを探す? 無理じゃろ」
「もしボクたちがハイヴを潰して、この場をしのいだとして……これからどうするかだよね」
ここまでのいきさつを見ていれば分かる通り、NPCたちの行動にはなんの統制も取れていない。さっきは俺たちになんとなくつっかかって切り刻まれた。今はブラウニーにつっつかれて散り散りに逃げ出している。こんな状況では、ブラウニーを追っ払ったってなんの意味もない。再びブラウニーに襲撃されて、散り散りに逃げ出して、順繰りに狩られるだけだ。
結論が出た。もうどうしようもない。ブラウニーに目を付けられた時点で無理だった。終わり! 閉廷!
まあ、けっこう俺たち頑張ったじゃんね。そろそろ終わりにしてもいいんじゃないの。帰ろうよ。帰ればまた来られるから。
「……それでも」
エルフが呟いた。杖を強く握った。ああ、この子はやる気だ。この騒動をなんとかしない限り、絶対に仲間になってくれないだろう。
「じゃがなあ、エルフ」
食い下がってみようとしたところ、エルフは予想外の行動に出た。
くるっと踵を返し、橋の辺りでオタオタするNPCに向かって突っ込んでいったのだ。
「のじゃ!? エルフ、どうした!」
「……なんとか、する」
「どうした!」
エルフは立ち止まらなかった。NPC達を突き飛ばしながら、【針の城】の方へと走っていった。
「ええ……」
「のじゃロリ!」
ぽかんとする俺の肩を、レシアが揺さぶった。NPCを修復し尽くしたブラウニーが、橋の向こうに残る連中に目を付けたのだ。
「ぽいーん」
ブラウニーが、跳ねた。
「させないよ!」
レシアが飛び上がって、ブラウニーを両断する。
そして、地獄の消耗戦が始まった。
切っても切っても切っても切っても終わらない。ブラウニーは後から後からゾロゾロ湧き出してくる。
ときどき切り漏らしが俺たちをすり抜けてNPCに襲い掛かった。NPCどもは完全に意気阻喪、ブラウニーがやってきても悲鳴を上げるばかりで何もしない。戦えよお前ら。誰のために俺が血まみれになってると思ってんだよ。
「きりがないですねえ」
本のカドでブラウニーを叩き潰しながら、リリが疲れた息を吐いた。レシアは死んだような目をして粛々とブラウニーケバブを量産している。
「ううう、つらいのじゃ、しんどいのじゃ、帰りたいのじゃ」
俺はめいっぱい泣き言を漏らしながら剣で切り、盾で潰した。ブラウニーは俺たちのことなど気にする様子もなく、ひたすら愚直にNPCを目指す。レミングスと戦っている気分だ。
「ぱるぱるぱるぱるぱる」
「ぱぱらぱーぱーぱぱらぱーぱー」
「ぱぱらぱーぱーぱぱぱぱー」
聞きなれない声と聴いたことのある節回しが上空から降ってきた。
影が落ちた。
空を見上げた俺は、剣を取り落とした。
背中にプロペラをつけたブラウニーが、空を埋め尽くしていた。
「……帰ろ?」
俺は言った。
◇
一度でも他人を焼き殺したことがあるなら、俺に共感してくれるだろう。あの臭いも悲鳴も熱も、きっと死ぬまで忘れられない。
炭になった末端がボロボロこぼれて、皮膚も肉も臓器も焼き尽くされて、それでもNPCは死ねずに這いずり回ろうとした。それを、俺がやった。エルフ・エルが。
消し炭になったNPCとパーティを組んで、ダンジョンとフィールドを何往復もした。頭がおかしくなりそうだった。
これは、俺が始めたことだ。だから、俺がなんとかしなきゃならない。
戦場は、のじゃロリとレシアに任せておけばいいだろう。アイツらはメレー職をカンストしている。メイジはAoEを得意とするDDで、ああいうチマチマした戦いには向かない。
俺は【針の城】を駆け上がって、ボグダーナの寝室に飛び込んだ。
「あら、神様。何か用かしら?」
ベッドの上のボグダーナは、俺に気づいてとろんとした目を向けてきた。哀しさと虚しさを酔いで塗りつぶそうとして、無残に失敗した姿だった。
「……ブラウニーが、来た」
「そう。いいことですわね。民の暮らしも安泰ですわ」
「……記憶核を、直しに」
ボグダーナが息を呑むのが分かった。
「……あなたの力が、必要」
「わたくしの? ご冗談を。あなたがたがなんとかするんでしょう?」
皮肉たっぷりの言い方だ。ここまで散々イジられてきた上、記憶核まで奪われたNPCの言い分としてはもっともなものだった。
「……私たちでは、導けない」
目の前の敵を切って切って切りまくっても、なんの意味もない。問題は、ここから先なのだ。俺に誰かを導くような力はない。俺はただのコミュ障バ美肉複垢おじさん。人の上に立てるような器じゃない。
「人間はいつもそうですわね」
ボグダーナは身を起こして、酒瓶を手に取った。とととっとらっぱ呑みして、倦怠感たっぷりのため息をついた。
「わたくしを嬲りものにして、気持ちよかったでしょう? 悪政を敷く領主を強姦して、水攻めにして、石抱きにして、火あぶりにして、また強姦して、正義の革命が為されるのですわ」
「……私は」
「私は、なんですの? 説得して更生させましたの? ありもしない偽の記憶を持ち出してわたくしに涙を流させて、わたくしが自ら体を差し出すように仕向けさせましたの? 罪悪感なくわたくしをオモチャにした経験は、どうでしたの? 気持ちよくなっていただけたかしら?」
選択肢一つでボグダーナの運命は変わる。【アリョーシャはそんなことを望んでいない!】を選べば、ボグダーナは俺たちを愛する。そして抱かれる。コイツはどんな気持ちで、俺たちに甘ったるい言葉を囁いたんだろうか。
「ああ、失礼。神様はヘテロセクシャルの女性でしたのね。それでは【狼】のニコラオスと? それともまさか、ガラートと? あれはあれで純情な男ですからね」
このNPCに俺が言えることなど何もない。俺は人間でコイツはNPCだ。そこに横たわる差をひっくり返すことはできない。
「わたくしにはもう、何も残っていませんわ。あなたが焼いたのよ、神様」
俺には何も言えない。俺はコイツのことをよく知らない。【記憶核】とクエストに縛り付けられた【ボグダーナ】のことしか知らない。
それでも、俺は前に進んだ。ボグダーナは俺をキツく睨んだ。もう一歩進んだ。ボグダーナのぶん投げてきた酒瓶が顔に当たって鼻血が出た。もう一歩進んで、ベッドのへりに膝を乗せた。
「……私は、焼いた。あなたは?」
手を差し出す。
◇
「ぱるぱるぱるぱるぱる」
「ぱるぱるぱるぱる」
「ぽいーん」
「ぽいーん」
上空には無数のプロペラブラウニー。地面にはNPCを執拗に付け狙うノーマルブラウニー。絶望というか、気だるさとか諦めに近い感情が俺の体から力を奪った。
ブラウニーを見かけたことはあるが、こんな数ははじめてだ。でかすぎる破壊を修復するため、ものすごい量が生産されたのだろう。飛ぶんだな、こいつら。
「ぱるぱるぱるぱる」
一匹のブラウニーの背中のプロペラがポンと煙を吐いて、一瞬にして綿毛になった。ソイツは綿毛につかまってフワフワ降下しはじめた。
あっちこっちでポップコーンが弾けるみたいにポンポン鳴って、無数のブラウニーが綿毛降下しはじめる。熱があるときの夢みたいな光景だった。
「無理」
俺は断言した。
「無理だね」
「無理ですね」
リリとレシアが同意してくれた。
アイツらは着地次第NPCを狩り始めるだろう。もはや俺たちの存在など誤差に過ぎない。ハイアルドーのNPCが得たつかの間の自由も、これで終わりだ。
不意に、赤く細い線みたいなレーザーが空中を薙ぎ払った。
直後、無数の小爆発が起こった。
ブラウニーの手足や頭や肉片が、バチャバチャ降り注いだ。
「今の……アルファ・メガクローラー!?」
レシアが叫んだ。
応じるように、俺たちの頭上をバカげて巨大な塊が横切った。
トゲ付きタイヤを履いたクリスタルドクロが地響きと共に着地する。ボンボン弾みながらドリフトターン、家屋をぶっ壊しブラウニーを轢き潰しつつ俺たちに向き合う。
ドクロの上にはエルフが腰かけ、杖を構えていた。
「領民! 今すぐ【針の城】へ!」
ボグダーナの声が、ハイアルドー城下に響き渡った。NPCたちはポカンとしていた。悪徳領主がワイリーメカみたいなヤツで戦場に乗り込んできて、いきなり仕切ろうとしているのだ。無理もない。
「……急いで!」
一方で、エルフの号令の効果たるやてきめんだった。NPCたちは橋を猛然とダッシュして【針の城】に向かった。
アルファ・メガクローラーが消え、ボグダーナが着地する。さっきまでの能無しドリルツインテールの面影はない。腕組みし、眉を吊り上げ、瞳に力を籠め、城下街を睨んでいる。【戦場の凍姫】の目で。
「ヴォールナ! ヴォールナはどこ!?」
鋭い呼びかけに、褐色赤毛ポニーテール筋肉美少女が応じた。身長ぐらいでかい斧を肩に担いで、いかめしい表情で群衆の中から現れる。
「ボグダーナ! 何をしに来た! 我が斧はお前の血を吸いたがっているぞ!」
「敵はまだ来ますわ。【狼】はここで、ブラウニーを留めなさい」
ヴォールナは、斧をボグダーナに突きつけた。
「おい、聞け! なぜお前に指図されなければならない!」
「その間に、領民をトメリ村まで逃がしますわ。東から煙が上がるまで、一匹もこの橋を通してはなりません」
「だから、お前はなんの権利があって」
「聞きなさい」
ボグダーナは斧の刃を掴んで押しのけ、静かな声でヴォールナを威圧した。
「わたくしはハイアルドーの領主。あなたは【狼】の長。記憶核が壊れたから、なんなのです。あなたは為すべきことをなさい。わたくしもそうします」
あっけに取られて話を聞いていたヴォールナの瞳に、やがて、力が宿った。
「必ずや、力の限りを尽くそう。スヴャトイ家の狼の紋章に誓って」
「誓うならば、民に」
ヴォールナは頷き、高く斧を突き上げた。
「狼! 出番だ! 軍旗を掲げろ!」
声に応えて、旗が上がった。盾と槍で武装した一団が俺たちをすり抜けて飛び出し、ファランクス陣形を組んだ。
「我らはハイアルドーの砦! 我らはハイアルドーの剣! 破られるな! 打倒せよ!」
ヴォールナが鼓舞すると、狼の一団は声を張り上げ、盾をガンガン叩いた。
「ぽいーん?」
「ぽいーん!」
「ぽいーん」
城下街のあちこちから、無数のブラウニーが湧き出した。そして俺たちめがけ、一斉に突っ込んできた。
「……させないっ!」
エルフが杖を向け、漆黒の火球を放つ。石畳や家屋ごとブラウニーが爆散する。
「ヴォールナ! 東から煙が上がったら、生き残りを連れてポルトヴァ村へ!」
「分かった!」
「人間! あなたがたはわたくしと共に、民の護衛を! 一人も欠かさずトメリ村まで連れていきますわよ!」
めちゃくちゃ仕切ってくる。本当にこのNPC、どんな目に遭ってもとにかく強気だ。
「もうここまで来たら最後まで付き合うのじゃ。ボグダーナ、大丈夫なのじゃろうな?」
「もちろんですわ。戦場の凍姫の采配、その目にお焼き付けなさいませ」
ボグダーナはフフンと胸を張り、我先に橋を駆けていった。




