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俺、神になる⑦

 【地下要害 アルドー大空洞】を退出した俺たちは、あの臭くて暗い地下に舞い戻った。先にダンジョンを抜けたNPCたちはさっさと出ていったらしく、誰も残っていない。


「おー、戻っておるのう」


 階段を昇ると、ボグダーナの寝室に出た。本棚の裏に地下へと続く隠し通路があるのだ。ブラウニーはきっちり仕事をしてくれている。


 ボグダーナは棚に並べられていた瓶の一つを手に取った。


「これからどうするのか、聞きましたわよね」


 捨て鉢な目をエルフに向けながら、ボグダーナは瓶の栓を抜いた。酒の臭いが部屋に広がった。


「飲んで、寝るのですわ。もしかしたら死ねているかもしれませんし」


 度数の強そうな酒をらっぱ飲みしたボグダーナは、天蓋付のベッドにひっくり返った。ドレスがべろーんとめくれてパンツが見えてる。ヤケクソ感がすごい。

 俺たちはどうしたらいいのか分からず、ひっくり返ったボグダーナをしばらく見ていた。だが、どうにもならん。ボグダーナの【記憶核】が戻ることはない。


「ねえ神様、説教ぐらいしたらどうですの?」


 ひっくり返ったまま、ボグダーナが言った。だが俺たちは、説教するほど親切でもコミュ強でもない。


「行きましょう。NPCがどう動くのか分かりません」


 こういうとき、リリは強い。おねえさんキャラとして俺たちを引っ張ろうとしてくれる。

 俺たちはボグダーナをそのままに、部屋から出た。


 深い濠で囲まれた【針の城】と【ハイアルドー市街地】を結ぶ、一本の橋に立つ。丘を下るように築かれた城郭都市が見下ろせる。ブラウニーは、南半分の修復を終えていた。

 そして、橋の向こうにNPCが集結していた。もちろん敵意でいっぱいだ。


「こうなるのじゃなあ」

「だねえ」


 俺とレシアは抜刀した。


「……待って」


 エルフが前に出て、俺たちとNPCたちの間に立った。


「エルフ・エル!」

「エルフ・エル!」

「エルフ・エル!」

「おれはガラートだ!」


 どわーっ。


「……あなたたちは、これから、どうするの」


 どわーっがおさまるのを待って、エルフが問いかけた。


「決まってる! この世界に残ったニンゲンを殺し尽くしてやるのさ!」


 威勢よく答えたのは、さっき人間包丁立てにした褐色赤毛ポニーテール筋肉美少女のヴォールナだ。


「ククク……我が斧は血を吸いたがってる……ニンゲンの血をなあ!」


 ばかでかい斧をべろーっと舐めるあたり、【記憶核】が破壊されてもいくさバカキャラはブレていないらしい。


「……私も、人間」


 エルフが食い下がった。頑張ってくれ、エルフ。神っぽいとこ見せてくれ。


「エルフ・エルは別だ! アンタは神様だ! だが、後ろの連中は違う! みなごろしだ!」

「ボグダーナもだ!」

「おれはガラートだ!」


 俺はぐったりした気持ちでNPCを見つめた。 

 天地開闢以来はじめて自由を得た連中がやることなんて決まっている。市民革命だ。この場合の役回りは、NPCが市民のぶっ殺す側で俺たちが封建領主のぶっ殺される側。

 いやまあ、うすうす分かってはいた。コイツら、ハルキ村までリクルートしに来るような連中なのだ。自由意志に目覚めたNPCを集めて、人間の残党狩りを始めるのも道理だろう。


 要するに俺たちは、タガの外れたNPCたちを説得するなり徹底的に痛めつけるなりして、こっちに危害を加えないよう仕向けなければならない。

 最初から逃げ場はなかったのだ。この局面を切り抜けなければ、俺たちに平和な生活は訪れない。


「……人間は、強い」

「分かってる! だがアタシたちは死なないんだ! 絶対に諦めることはない!」


 そうかあ、絶対に諦めないのかあ。


「しんどいね」


 レシアがイヤそうな顔をした。


「エルフ・エルは去れ! 他のニンゲンは殺す! 【狼】、進め!」


 デカい丸盾と長槍を持った連中が、橋の幅いっぱいに広がりながら前に出た。盾を構えて槍を突き出し、ファランクスっぽい陣形になる。


「とにかく、ここを切り抜けるしかないのじゃ。レシア、リリ、エルフ」


 俺たちは抜刀し、突撃に備えた。エルフは未練がましく何度もNPCたちを振り返りながら、こっちに向かって走ってきた。

 ケモ耳の先端がチリチリする。こうなったら仕方ない。ひとまず虐殺だ。


「ぽいーん」

「のじゃ?」


 今なんか変な音しなかった?


「ぽいーん」

「ぽいーん」

「ぽいーん」

「ぽいーん」


 俺たちとファランクスの間に、小さな生き物たちが飛び込んできた。

 二股になった帽子をかぶってスモッグを着た、五十センチぐらいの生き物が五匹。手には大工道具を持っている。

 ブラウニーだった。


 ブラウニーは口をぱかーっと開けた痴呆的な笑顔を浮かべたまま、手をひさしにキョロキョロした。そして橋の壊れたところをノコギリでギコギコしたり、トンカチで叩いたりしはじめた。

 なるほど、こんな感じで修復するのか。コイツをスクショしてSNSにアップするため、わざわざオブジェクトをぶっ壊してBANされるアホもいた。強すぎる承認欲求は人を狂わせる。

 

 戦う気力を奪われた俺たちは、ブラウニーたちが橋を修復するのをボンヤリ眺めていた。なんやかや可愛いなコイツら。スクショしたくなる気持ちも分かる。


 橋を直し終えたブラウニーたちが、わらわらっと一か所に集まった。


「ぽいーん」

「えっ?」


 五匹のブラウニーが、ファランクス陣形を組むNPCの一人に飛び掛かる。


「あっ、うわっ、なんだコイツ……やめっ」


 盾を剥がされ、槍を奪われ、押し倒される。


「おい、なんだこれ、助けてくれ、コイツら……!」


 ブラウニーは、なにをしたか。

 NPCを押さえつけて、ノコギリで胸を切り開きはじめたのだ。

 ギコギコと骨の削れる音がして、血がびゅうびゅう噴き出す。ブラウニーの痴呆的な笑みを浮かべた顔が真っ赤に染まる。


 ブラウニーは血だまりに鉗子を突っ込んでグリグリ動かした。NPCの手足が電流を流されたカエルみたいにびっくんびっくん跳ねまわった。


「ぽいーん」


 切り開かれた胸の中から、ブラウニーが何かを引き上げた。オーバル形の、色ガラスみたいにキラキラ光るもの。無数のヒビが走って、今にも砕けそうだった。


「ぽいーん」


 ブラウニーがトンカチで色ガラスみたいなものをこんこん叩いた。ヒビがみるみる内に消えていく。


「ぽいーん?」

「ぽいーん」


 血まみれのブラウニーは、NPCから抜き出したそれを太陽にかざし、頷きあった。それからその宝石っぽいなにかをNPCの体内に戻し、切り開いたところをホチキスでぱちぱち止めた。


「……【記憶核】」


 エルフが言った。俺たちは同時に察していた。


 苦痛による【記憶核】の破壊が、これまで一度も起きていなかったとは考えづらい。プレイヤーはありとあらゆる方法でNPCを痛めつけてきたからだ。

 ブラウニーは、壊れたオブジェクトを修復する。城や橋や都市、それから、壊れたNPC。


 NPCの修復を終えたブラウニーが、感情のない笑顔をNPCに向けた。ヤツらはまだ事態を呑み込めていない。ただただ呆然としている。


「……逃げて!」


 叫んだエルフが杖から漆黒の火球を放った。火球を浴びたブラウニーは一瞬にして消し炭になった。


「……急いで! 【記憶核】が狙われてる!」


 エルフの声が届いた瞬間、NPCは悲鳴を上げて逃げだしはじめた。橋から落っこちているヤツもいる。


「ぽいーん」


 ブラウニーが、逃げ遅れたNPCに襲いかかった。足を掴んで引き倒し、背中にノコギリを当てる。肉が裂ける音、脊椎を切断する音、絶叫。


「……このっ」

「待て待て待て! 待つのじゃ、エルフ!」


 ブラウニーに照準を定めたエルフの腕に、俺は飛びついた。


「よおく考えるのじゃ。ここでブラウニーがNPCを修復してくれれば、なんの問題もないじゃろ!」

「……でもっ!」

「NPCの人間狩りを許すのか? わらわ達も巻き込まれるのじゃぞ!」


 エルフは俺を睨んだ。言いたいことは全部分かる。仲良くなったヤツを何日も炙りつづけてまで、【記憶核】を破壊したのだ。この土地のNPCに思い入れだってあるだろう。だからと言って、コイツらを野放しにしていたら全てのNPCが積極的に攻撃してくるようになるのだ。そんな世界で気ままに生きてられるか。


「……ごめん」


 エルフが腕をブンブン振って、


「あーー!」


 俺の体は宙に投げ出された。


「おっと。大丈夫ですか?」


 で、すぽっとリリの腕の中に納まった。


「……消えて」

  

 エルフは火球を放った。NPCに貼りついていたブラウニーが、爪先だけ残して消し飛んだ。


「だよね! よーし、ボクも行くぞ!」


 うれしそうに飛び出したレシアが、ブラウニーを剣で叩き割る。


「がー! なんでこうなるのじゃ!」


 俺はリリの腕の中でジタバタした。


「わたしたちは引きこもっていただけですからね」


 同じ俺でも、経験が変われば判断も変わる。レシアとエルフは、のじゃロリとリリとは違ってしまっているのだ。


「うわあああ!」


 逃げ出したNPCが、なぜか橋に向かって逆流してきた。橋に残っていた連中と衝突して、濠にボタボタ落ちまくる。


「む、向こうからも! ブラウニーが!」


 あー。そうだよな。そうなるよな。市街地を直してたブラウニーもいるんだから、そりゃ来るよな。ここにはブラウニーの仕事が山盛りにあるのだから。


「ぽいーん!」

「ぽいーん」

「ぽいーん?」


 無数のブラウニーが、ぽんぽん飛び跳ねながらNPCの群れの中に突っ込んだ。あっちこっちで血しぶきと悲鳴と骨の砕ける音がする。血の臭いが風に運ばれて、気分が悪くなってきた。


「のじゃロリ、どうします?」

「むぐぐぐぐ……」


 こっちに向かって必死で走ってきたNPCが、俺の目前で十匹のブラウニーに引き倒された。


「あああっ、助けて、たすけっ、戻りたくない! もう嫌だ、あんなのは、もう……!」


 NPCが俺とリリに向かって手を伸ばす。泣いている。この世界はいつだってNPCにとって無慈悲で残酷だ。そういうルールでそういう原則だ。


「あーーー! もぉおおおおお!」


 リリの腕から飛び出しながら抜刀し、剣をフルスイングした。集っていたブラウニーが風圧で吹っ飛ばされ、ゴムボールみたいに弾みながら転がっていった。

 NPCの手を掴んで、立ち上がらせる。助けを求めておいて、NPCはめっちゃ意外そうな顔をした。だよな。俺も意外だよ。なんでこんなことしてんだか。


「あ、ありがとう、その」

「逃げよ! 走るのじゃ!」


 俺はNPCの背中をばしんとひっぱたいた。つまづいて、立ち上がって、NPCは駆けだした。


「おらおらおらー! みなごろしじゃー!」


 俺は剣をぐるぐる振り回しながら、ブラウニーの群れめがけて突っ込んでいった。

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