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俺、神になる⑥

 エルフ・エル。世界に散った八人の俺の内の一人。


「ええと、なんて言ったらいいのか分からないけど……会えてうれしいよ、エルフ」


 レシアが愛想笑いを浮かべた。エルフは表情を動かさなかった。


「わらわがここに来た理由は察しとるじゃろ。話を聞きたいだけじゃ」


 エルフは頷いて、杖で神殿を指し示すと俺たちに背を向けた。ついてこい、ということだろう。

 NPCたちがほとんど直角に腰を曲げてじっとしている横を、俺たちは黙って歩いて神殿に向かった。


 ケモ耳の先端がピリピリする。コイツは俺でありながらNPCをオーブンにかけた純然たる虐殺フリークスなのだ。油断はできない。

 最奥、古代アルファ文明の機械神が祀られた薄暗い空間まで、俺たちは歩いた。

 エルフが機械神を見上げる。ものすごいマッチョで片手だけ機械になったウインターソルジャーみたいなヤツだ。エルフの意味深な行為に俺たちも追随し、レシアと並んで機械神を見上げた。


 数十秒の沈黙の後、不意に、エルフがへなへなとその場に崩れ落ちた。


「た、た、助かったあ……」


 おっとお?



「いや、本当に助かった。このままだと俺、神になってたわ」


 エルフはサガットステージみたいな恰好でブドウを摘まみながらフランクにしゃべった。身内認定したヤツに対して瞬間的にこの饒舌。こいつ間違いなく俺だわ。


「なにがあったのじゃ」

「まあボクのことだから、いろいろと断り切れない内にどんどん破滅的な方向に行っちゃったんだろうけどね」

「その通りだ」


 俺にもレシアにも、まったく同じような経験がある。俺は死ぬほどセクハラされたし、レシアは勇者になった。コミュ障はいつだって、愛想笑いを浮かべている内に問題の当事者になってしまうのだ。


「見たろ、NPC。俺が来たらアレだ。ちょっと前までは土下座だったのを、粘り強く交渉して止めさせた。メチャクチャ畏敬されてる。最悪だ」

「待って、エルフ。その前にさ」

「のじゃなあ」


 俺が俺と出会ったとき、最初にすべきことは何か?


「まずはキミのキャラを定めてくれないかな」


 そう、これだ。


「ああ、この口調だと自分が喋ってるみたいで混乱するんだな。分かる」


 さすが俺、呑み込みが早い。エルフはしばらく、ブドウを口の中でモゴモゴしたまま考え込んで、


「……こうする」


 ボソボソ喋りはじめた。三点リーダ多めの無口キャラか。多くを語らない感じは神っぽい風格がある。ここから事の次第を説明するのに、無口を貫くのはしんどいんじゃないか? と思ったけど、キャラ被りよりはマシだ。


 こうしてエルフの口から、ようやくハイアルドー消失事件のあらましが語られたのだった。


 経緯としては、だいたい俺たちの想像通りだ。ハイアルドーで【リージョナルクエスト】をこなしている内、なんやかんやでNPC達に害意の無さを認められた。

 さらにエルフは、冒険者ギルドからアイテムや通貨を引き出す方法まで思いついた。崇められないわけがない。


 問題はそこから先だ。エルフが生き延びる道を見つけたことと、ハイアルドーをガラスの荒野に変えること。この二つが、どうしても結びつかない。


「……痛みの、記憶」


 ボソっとエルフが言った。何も分からない。無口キャラ、やはり説明には無理がある。


「……上書きする。【記憶核】を。更に強い、苦痛で」

「そんなことが……いや、できたのじゃな」


 エルフは頷いた。

 NPCに嵌められた強固な枷、【記憶核】。苦痛の記憶によって与えられる行動規範。それは奴隷の胸に付けられた焼き印のようなものだ。どれだけ辛く苦しい生活でも、逃げ出そうとか新しい商売を始めようとか、NPCは考えることもできない。


「……はじまりは、偶然。人間に傷つけられたNPCが、逃げた」


 逃げることが、できた。あり得ない挙動だ。


「……志願者が、いた。私は……焼いた。幾晩も、焼き続けた」


 エルフは眉をひそめた。最も穏当な表現を使っても、最悪だ。なついてきたNPCを弱火で炙り続けなければならないって、辛すぎるだろ。


「そのNPCは、【記憶核】を破壊できたのじゃな」

「……そう。解き放たれた」


 NPCは、涙を流して喜んだという。生まれてはじめて自分の足で立てたとか、モノが見えるようになったとか、そういう経験らしい。


「……誰もが、望んだ。多くを、集めた。NPCの、独立のため」


 ハルキ村に来たNPCも、そういうことだったのだろう。あれはリクルートだったのだ。ハイアルドーの連中は、人間がいなくなった世界で自由に生きるNPCを増やし、独立自治を始めようとしていたのだ。


「……地下に、集めた。上から、焼いた」


 想像して、全身にビッシリ鳥肌が立った。全身が煮えて、汗が出尽くして血が噴き出して脂が流れて、それでも死なないのだ。どれほどの苦痛だろうか。それが【記憶核】を壊すということなのだ。


「……焦げたNPCを、連れてきた。ここには、誰も来られない」


 インスタンスに入って、回復を待ったわけだ。もし無理にマッチングして突っ込んでくるようなヤツがいても、エルフならぶっ殺せる。あるいはボグダーナの操る【アルファ・メガクローラー】に轢殺されていただろう。アレはアレでかなり強いのだ。カンストしていても、装備が中途半端だと三人では厳しい。

 あ、そういやボグダーナとリリはどうしてんだろう。


「お待たせしました」

「ちょっと! 離しなさい! 離してってば!」


 ボグダーナを小脇に抱えたリリがやってきた。ボグダーナは元気にジタバタしている。壮健なご様子、何よりだ。


「あっ……あああ! エルフ! 殺しますわ! 絶対に殺します!」


 エルフを見たボグダーナは、さらに活発にジタバタした。コイツが【記憶核】の破壊に同意したとは思えない。というかこれまで得られた事実を総合すると、話を聞いてすらいない。たぶん、知らんうちに巻き込まれたんだろう。そう思うと気の毒だ。


「ボグダーナ、エルフは良かれと思ってやったんだよ」

「よかれ!」


 レシアが言葉足らずにフォローすると、ボグダーナは怒りにワナワナした。


「どうよかれと思えば領主と民を蒸し焼きにできますの!? だから人間は最悪なのですわ!」

「……【記憶核】」


 エルフがぼそっと言うと、ボグダーナははっとして口をつぐんだ。


「ほ、本当ですわ。アリョーシャを失った辛さが、思い出せない……熱さと、痛みしか」


 気づいてなかったのかコイツ。すごいな。

 確定だ。【記憶核】は破壊できる。想像を絶する苦しみによって。


「これでスッキリしたね。さて、これからどうするか、だけど」


 レシアがまとめようとした。

 いや、こんな状況にどう言及したらいいのか、さっぱり分かんないよ。【記憶核】の破壊がよかったのか悪かったのかも分からんし、エルフの味わった地獄もNPCの苦しみも、なにひとつ理解できない。


 エルフはだんまりだった。俺なので気持ちは分かる。色んな俺と交流して分かったが、どうやら俺は、問題の当事者になってしまった以上は逃げられない性格らしいのだ。リリものじゃロリもなんやかんやでハルキ村に首を突っ込んでいるし、レシアなんか勇者になってしまった。JKの気楽さが羨ましい。


 俺たちは、同時にボグダーナを見た。なんとかこの後の処理をコイツに丸投げできないかな、という気持ちが一致したのだ。

 ボグダーナは、リリの小脇に抱えられたまま、糸の切れた人形みたいにグッタリしていた。


 【記憶核】の存在を憎んでいるヤツもいるんだから、支えにしてるヤツもいるだろう。ボグダーナは、後者だったのだ。愛する者を目前で殺された記憶は、たとえ植え付けられたモノだろうと、コイツの残虐性だとか強引さだとかに正当性を与えていた。

 そのつっかえ棒が取り払われたことに気づいた今、コイツは押しつぶされようとしている。自分が他人に対してやってきた、デタラメな仕打ちの数々に。

 

「思った以上に、ややこしくなってきましたね」


 リリが言い出しづらいことを口にしてくれた。


「考えるべきは、NPCの今後じゃな」

「生きていくことは、問題ありませんけどね」

「そうだね。吹っ飛んだハイアルドーは、そろそろ【ブラウニー】が修復を始めているんじゃないかな」


 【ブラウニー】。ぶっ壊れたオブジェクトを修復してくれる、メンテナンス用のNPCだ。完整領土は途方もない量のこんがらがったソースコードで組み上げられたデジタル九龍城で、なにか壊れてもパパパっとロールバックして終わりにはできない。仮想空間内で実際に直すしかないのだ。


「とはいえ、領主はこれだし」


 レシアが軽くイジっても、【戦場の凍姫】こと能無しドリルツインテールは、うつろな目をしたままだ。


「イキった領民は見境なくなってるのじゃ。神の力でなんとかならんかのう?」


 エルフは首を横に振った。


「……襲撃を、止めようとした。聞いてもらえなかった」

「あー! なんでいつもこうなるのじゃ! いつになったらヌクヌクできるのじゃ!」


 俺は仰向けになったジタバタした。こういうとき、思うがままにだだをこねられるのじゃロリは得だ。


「とにかく、ダンジョンから出ようよ。もしかしたらNPCも、すんなり元の生活に戻ってくれるかもしれないしさ」


 レシアは快活に言うけど、自分の言葉を信じているわけがない。しかし、他に手が無いのも事実だ。


「……私が、話す」


 エルフが、リリに手を伸ばした。無言の意思疎通で、リリはボグダーナをエルフに渡した。荷物扱いされても、ボグダーナは完全に無抵抗だった。なんか申し訳なくなってきたな。これ以上イジるのやめとこう。


 エルフはボグダーナを小脇に抱え、神殿の外に出ていった。途端に、どわーっと歓声が沸いた。どうやらNPCたちは神殿前に集結し、神のお出ましを待っていたらしい。


「エルフ・エル!」

「エルフ・エル!」

「エルフ・エル!」

「おれはガラートだ!」


 NPCが揃ってエルフの名を唱和する。俺だったら絶対に嫌だわ。


「……ボグダーナに、もう戦う意志は無い」


 エルフが一言喋ると、再びどわーっと聴衆が沸く。


「……あなたたちは、自由」


 どわーっ。


「……帰ろう。家に」


 どわーっ。


 地獄だな。


 静かになったところを見計らって、神殿から出る。NPCは一人残らず消えていた。エルフはうずくまって、ボグダーナそっくりのうつろな目をしていた。同情しかない。


「……ボグダーナ」


 エルフは、隣で同じようにうずくまるボグダーナに声をかけた。


「……これから、どうするの」


 ボグダーナの瞳に、かすかな怒りが宿った。


「それを、あなたがわたくしに聞くんですの?」

「……そう、だね」

「肩、借りますわよ」


 エルフの肩に手を置いて、ボグダーナは立ち上がった。ととっとよろけてから、自分のふとももをぱしんと叩いた。やり場のない苛立ちをぶつけるように。


「民にとっては、よかったのかもしれませんわね。【戦場の凍姫】に怯える生活も、終わりなのですから」

「……ごめん」

「謝られたって、取り返しはつきませんわ。ほら、立って」


 ボグダーナに手を差し伸べられて、エルフは目を丸くした。


「……ありがとう」

「あなたも一度はハイアルドーで過ごした身。そうであれば、わたくしの民も同じです」 

 

 エルフを引き起こしながら、ボグダーナは虚勢を張る。エルフは眉をひそめた。後悔しているのだろう。結果的に、エルフはボグダーナを殺したも同然だ。生きる意味も価値も、焼き尽くしてしまったのだから。


「さあ、行きますわよ。わたくしに着いて来なさい」


 ボグダーナは仕切りだした。このNPCは、どんな目に遭ってもとにかく強気なのだ。少なくとも、そうあろうとしている。

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