俺、俺と出会う②
川沿いで【粘土】を20個集めて、【ロケットストーブ】を作成する。見た目は、のじゃロリの身長ぐらいあるデカい筒だ。火がないとコックのスキルを発動できないので、安定した炎の獲得は最優先だった。
更に【ロケットストーブ】で【粘土】を加工すると、【屋根瓦】が得られる。腐ったり風で吹っ飛んだりするたびに葺き替えなければならない葉っぱの屋根よりも、はるかに快適にサバイバルできる。
リリは【アルドーパイン原木】と【アルドー・イステリア】を使って、三角屋根の小屋を建てている。面積は10平方メートルほど、二人が寝泊まりするには十分な大きさだ。
俺は黙々と粘土をこねる。リリは黙々と地面に支柱を立てる。いちいち意思疎通する必要がないし、お互い作業に没頭しているときは干渉されたくないので、なにもかもが粛々と進む。俺が俺と暮らしているので当たり前なのだが。
作業開始から三日。細い木を縦に、太い木を横に渡した格子に【粘土】を塗って、小屋の壁ができあがった。俺のつくった【屋根瓦】を葺いて、小屋の完成。
「おおー、できるもんだな……のじゃ」
「そうだな……ですね」
できあがった小屋を前に、しみじみしてしまう。まだキャラはちょっとぎこちない。
「【アルドーパイン材】で椅子とテーブルも作りましたから、もう地べたでごはんを食べずに済みますね」
「文明って感じがするのじゃ」
「というわけで、文明的なごはんにしましょうか」
リリが俺の手を引いた。
「今日は【トラウトキッシュ】と【ヒルベリーリキュール】。レイドに持ち込める品質ですよ」
清潔なクロスをかけたテーブルの上で、キッシュが湯気を立てている。グラスには深紅のお酒が注がれている。リリはギャザリング・クラフティング共にカンストだ。生産用アカウントを作っておいて本当に良かった。
「ん、うまっ……のじゃ。鱒とクリームソースが」
「でしょう」
頬杖をついたリリが、うまそうに食べる俺を見てニコニコしている。
「ついてますよ」
リリが俺のほっぺを指先でぬぐった。なんというか、だいぶおねえさんが堂に入っているな。
「アバターの違いじゃな」
「そうですね」
リリは一を聞いて十を分かってくれる。俺相手に話しているときの利点だ。
「なんていうんでしょうね。ロールプレイしてるわけじゃないのに、女アバターを使っていると人への当たりが柔らかくなるし、なんなら男アバターのことちょっと好きになりますよね」
「あれ、不思議だよなあ……のじゃ。だから、わらわは子どもっぽくて、リリはおねえさんなのじゃな」
「そういうことですね。まさかこんなかたちで役割分担するとは思いませんでした」
リリは【ヒルベリーリキュール】をあおった。
「ちょっと甘すぎましたね。次は辛いお酒をあわせましょうか」
「のじゃ」
性格というか、自分というか、そういうものは身体のかたちとかであっさり変わるのだな。俺もその内、非の打ちどころ無きのじゃロリになるのかもしれない。
「住む場所もできたし、ごはんにも困らない。快適な暮らしを得たのじゃ」
俺は満ち足りた思いで、おなかをぽんと叩いた。もう、金を気にして一日二十時間ぐらいオークションに貼りつく必要はない。寝不足でぼんやりしながら、砂漠でプラチナを掘る必要もない。俺は俺と二人、ここでダラダラ生きていくのだ。
「まだまだですよ、のじゃロリ。快適な暮らしには程遠いです」
「そうだな……のじゃ。お風呂がないのじゃ」
俺たちは仮想空間上のアバターなので、清潔さを保つ必要はない。しかし、風呂のない生活は味気ない。
「わたしがラグストーン・ヒルで【ライム原石】を採掘してきますから」
「わらわは【川砂】と【粘土】を集めておこう。それと、【ロケットストーブ】を【ロケットヒーター】に改良しておくのじゃ」
ロケットストーブの排気でお湯を温めるシステムなら、すぐに作れる。
「じゃあ、行ってきます」
「のじゃ」
話が早い。リリは北アルドーから千五百キロほど離れたラグストーン・ヒルに向かった。俺は例によって【粘土】をひたすら集める。一つ採取するごとに、2ぐらいのはした経験値を入手できる。量が量なので、集め終わる頃にはのじゃロリの採掘師レベルが1上がった。
大量の【粘土】を使い、【ロケットストーブ】から伸びた排気管を地中にジグザグに走らせる。これで風呂の下地ができた。
リリは【ライム原石】から【石灰】をクラフト。【石灰】と【川砂】は、【モルタル】の材料だ。掘り返した地面に小石を敷き詰め、【モルタル】を流し込めば風呂の底面ができあがる。
【ライム原石】は、【大理石】に加工できる。これで囲いをつくれば、あっという間に露天風呂の完成。この間、わずか六時間だ。
「ついでに【バンブー原木】も手に入れてきましたよ。【筧】と【水車】を作って水を引きましょう」
「有能なのじゃ!」
「おねえさんキャラですから」
【バンブー原木】を半分に割って節を抜いたもの。これを、川から風呂まで並べる。【水車】の汲み上げた水を【筧】が風呂まで運んでくれる仕組みだ。これでお風呂はいつでもお湯で満たされ、二十四時間体制。
「【水車】があればいろいろなことができますからね。【アルドーコムギ】を【全粒小麦粉】にして」
「【アルドーカンパーニュ】が焼けるのう」
【アルドーカンパーニュ】は大したバフを持っていないが、とにかくうまい。歯ごたえが強い噛みしめ系のパンで、噛めば噛むほど甘みが出てくる。
「まあ、先々の話はおいておくのじゃ。今はお風呂じゃ!」
俺はのじゃロリっぽいワンピースをぽーんと脱ぎ捨て、すっぽんぽんになって小屋から飛び出した。
「あ、こら! お行儀が悪いですよ!」
おねえさんが板についてきたリリの叱り声に、
「わっはっは、のじゃ!」
と答える俺。ロールプレイが極まってきたというべきか、キャラが定まってきたというべきか。
「とりゃー!」
高く飛び上がり、ひねりを入れて湯船にダイブ。お湯は完璧な適温。最高。
「はぁー生き返るわぁー」
俺は大理石の囲いに背中をあずけて声を漏らした。
「まったく……のじゃロリらしい振る舞いも考え物ですね」
まだちょっと説教を続けながら、銀髪を束ねたリリがお風呂に入ってきた。
満天の星空、シルエットになった木々が風でさわさわと揺れる。俺は今、圧倒的に豊かだ。
「生き返りますねえ」
リリが俺と全く同じことを言った。まあ俺だから当たり前なんだが。
「ふー……」
首まで湯船に浸かってほとんど仰向けのリリが、おだやかな顔で自分のおっぱいを握っていた。
「はえー……すっごい大きい」
主観視点のゲームなので、自分のアバターを観る機会はあまりない。アバターの性別を実際と別にするプレイヤーは決して多くなかった。なにしろ殆どのプレイヤーは、NPCやプレイヤーキャラとゴニョゴニョするのが目的でログインしていたのだ。
「触って、どうぞ」
「え、いいの……のじゃ?」
「さわってると落ち着くんですよ。片方分けてあげます」
俺はリリの右おっぱいに手を伸ばした。
ふかっ……
「あっあっ……ああー……」
俺は奇声を上げた。なんか今まで、自分のアバターにそういうことをするのが後ろめたくて、一切やってこなかった。そのことを後悔した。
「でしょう?」
リリが『わかるよ』の相槌を打ってくれる。打てば響くとはこのことだ。
「なんか……層になってる……層になってない?」
「分かります。意外にしっかりした外側と、ふんにゃりした内側ですよね」
「すごい、なんだこれすごい……俺が俺のおっぱいを揉んでいる……のじゃ」
「まあ、我に返りますよね。わたしも、わたしがわたしにおっぱい揉まれてる状況わけ分かりませんし」
これは、なんだろうな。なんというか……そう、あれだ。部屋で一人でぼーっとスマホいじっているとき、気づけば自分の手が安心を求めてパンツの中に入っていくような感じだ。
「もうわたしたちには、ついていませんからね」
「のじゃ」
あれ、袋の温度調整のための本能的な行動らしい。さらにその動機付けのために、触っていると幸せホルモンのオキシトシンが出るらしい。このオキシトシンはペットを抱きしめているときとかに出てくるもので、つまり俺たちは男の局部をペットみたいなものだと思っている……? 分かる話だ。
「ミキもシズも、そういえば名前付けてましたよね」
深い思索にふけっていると、リリが元カノの名前を出した。言われてみればそうだ。俺の局部に名前を付けていた。『かめくん』と『帝』だ。ペットだと思われていたのかもしれない。
「わらわたちも、おっぱいに名前をつけるのじゃ。そうじゃな……右は『ディック』、左は『コック』じゃな」
「あはははは! どっちもおっぱいじゃありませんよそれ!」
俺たちは火が付いたように笑った。ツボが同じなので同じことでめっちゃ笑える。
俺はリリのおっぱいを掴みながら確信した。間違いない。このままここで生きていける。この山小屋を少しずつ拡張していき、快適に――
「えっ、お、お風呂」
突然、他人の声がした。続けてその声音が、
「に、人間? なんで」
怯えたように、跳ねた。
俺たちは二人ともリリのおっぱいを片方ずつ握ったまま、声のした方に目をやった。