俺、神になる⑤
「行くのじゃ、リリ!」
「はい!」
「ボグダーナもじゃ!」
「無理ぃ!」
抜刀した俺は飛び出して、大乱戦の中に突っ込んでいった。
バルディッシュNPCが、まっすぐ突いてくる。俺は盾で突きの軌道を反らしながら踏み込み、剣をNPCの腹に柄ギリギリまでぶっ刺した。
「死ね! 人間!」
右側面から、片手斧NPCが迫ってくる。俺はケバブにしたバルディッシュNPCを盾にした。
「うわっひいい!」
バルディッシュNPCを蹴り飛ばし、剣を引っこ抜きながら片手斧NPCにぶつける。勢いそのままに半回転して、ショートソードNPCの脇腹から脊椎までを薙ぐ。
視界の端、イヤイヤながらNPCに応戦するレシアの姿を捉える。その背後に、グラディウスNPCが迫る。
「レシア!」
俺は剣を投げつけた。まっすぐ飛んでいった剣はグラディウスNPCの喉に突き刺さった。
「のじゃロリ!」
レシアがこっちに向かって盾を滑らせた。くるくる回転しながら滑走してきた盾は、俺に掴みかかろうとしてきた素手NPCの足首を粉々に砕いた。
「のじゃっ!」
前のめりに倒れた素手NPCの顎を膝で蹴り上げる。素手NPCはぐるぐる回転しながら後方に向かって飛んでいき、何人かのNPCをまとめて吹き飛ばした。
「お前らを殺して!」
「ボグダーナもだ!」
NPCが左右同時に襲って来る。足元の盾を蹴り上げて左のNPCの胸に突き立てながら、右のNPCを盾で吹き飛ばす。
倒れ行くNPCからレシアの盾を引っこ抜いた。両手盾装備だ。
「いいね、のじゃロリ!」
一方でレシアは、刀NPCの腹を横一文字に切り裂きながら、グラディウスNPCの喉に刺さった剣を逆手に掴んで引き抜いていた。
「さあ来い! 気が済むまで付き合うよ!」
右手に順手、左手に逆手で両手剣のレシアが、敵の群れを威嚇した。
「ボグダーナああああ!」
興奮状態の棒NPCが棒を振り下ろす。レシアはエアリアル回転し、右手の剣で棒を切り上げ、左手の剣でNPCの頭を断ち割った。
「がんばってくださいねー」
リリは遠くから俺たちを応援してくれていた。ときどき無意味なヒールが飛んでくる。
「しかし、キリがないのじゃ」
左右の盾でNPCの頭をトマトみたいに潰しながら、俺はボヤいた。殺すつもりなら殺すだけだが、殺された方が痛そうにするし血も出るしで、どんどん気が滅入ってくる。NPCがビチャビチャ血を流す意味ないだろ……いや、あるか。そういう趣味のヤツなんていくらでもいる。
死なないことに開き直ったのか、NPCたちはガンガン突っ込んでくる。バスタードソードの突きを左手の盾でパリィし、右手の盾の先端をNPCの眉間に突き立てる。カタツムリを踏み潰すときみたいな感触がして、頭蓋を割った盾の先端が脳の半分ぐらいまでメリメリ侵入する。
「夢に出そうなのじゃ」
「ボクもだよ」
俺とレシアは背中合わせになった。周囲をみっちりNPCに取り囲まれている。心からめんどくさい。
「リリ!」
俺は声を張り上げた。
「はい、大丈夫ですよ。いってらっしゃい」
さすが俺だ。言わなくてもやりたいことが伝わっている。
レシアと二人で一気に駆け抜けて、エルフに会ってやろう。場合によっては、もう、殺す。それはしょうがない。たとえ俺だとしても、自分で蒸し焼きにしたNPCをけしかけてくるって、それはネクロマンサーの所業だろ。ドル・グルドゥアに帰れよ。
「ちょっと! わたくしはどうなるのです!」
知るか。
「ニンゲン! あたしは【狼】の隊長、ヴォールナだ! ククク……あたしの斧がニンゲンを真っ二つにしたいって泣いてるのさ!」
褐色赤毛ポニーテール筋肉美少女が、NPCの先頭に立って吼えている。
「せーので行くのじゃ、レシア」
俺たちは肩を並べ、広間の出口の方を向いた。
「うん。せーのっ!」
俺は盾を、レシアは剣を、ヴォールナに向かってぶん投げながら走り出した。
「ぶげっ」
人間包丁立てと化した褐色赤毛ポニーテール筋肉美少女から、レシアが剣を引っこ抜く。俺は歩幅の分やや遅れて、盾を手にした。
「止まるでないぞ!」
数メートル前でNPCを切り刻みまくるレシアに声をかける。
「もちろんさ!」
逆手に槍を持ったNPCが、俺に突っ込んでくる。俺は身を低くして盾を上に構えた。つまづいたNPCが、盾の上をゴロゴロ転がっていく。
立ち上がりの踏み込みで、バグナグNPCの両足を切り払って駆ける。膝から下をその場に残したまま、バグナグNPCが後方に遠ざかっていく。
「通してっ!」
レシアが燭台NPCの喉を切り裂き、ちぎれかけの首を盾で殴り飛ばして棒NPCの腹に叩き込んだ。俺はすれちがいざま、生首を抱えてうずくまった棒NPCの目から上をスライスした。
「死ねロリ! オラァ!」
やたら太ってデカい、オークみたいな見た目のNPCが、石斧を全力で地面に叩きつけた。俺は斧を踏み台に飛び上がり、NPCの眉間に剣を突き立てながら肩に着地した。
オークNPCが倒れる勢いを利用して前に飛び、レシアに襲い掛かろうとしていた鞭NPCの膝裏を盾の先端で突き刺す。膝をついた鞭NPCの耳から下を、レシアの回転斬撃が通り過ぎる。
「あああ! 斬っても斬っても終わらないのじゃ!」
Lvの設定されていないNPCは、スキルの対象に取れない。AoEも当たらない。物理的にまっぷたつにして足止めするしか無いのだ。面倒すぎる。
ぶおおおおおお……みたいな音が背後から聞こえてきた。角笛だ。
「うわっ」
「ぎゃああ!」
「やめろ、俺まで……ぶげえ!」
太鼓みたいな音と悲鳴がだんだん近づいてくる。振り返ると、トゲ付き棍棒を手にしたトロルがこっちに向かって猛然と走ってくるところだった。ばかでかい足が地面を踏むたび地響きがして、俺の足元で小石や瓦礫がぴょんぴょん跳ねた。
「いたねえ、こんなの」
手槍NPCの顔面を盾でぶっ叩きながら、レシアが苦笑した。
「のじゃなあ」
反乱軍にしれっと混じっているトロル、みたいな一発ネタだった。
「おれは、ガラートだ!」
そう、コイツはこれしか喋れないのだ。そういうキャラ、マーベルの映画にいたよな。
ガラートが棍棒をフルスイングした。NPCをまとめて血煙に変えながら、ものすごい質量がものすごい速度で近づいてくる。盾受けしたら、ダメージは無いまでもすごい距離をノックバックしそうな一撃だ。
俺はしゃがんで、斜めに立てた盾の裏に隠れた。暴風をまとった一撃が、盾の表面を滑っていく。
「のじゃ!」
俺は盾を突きあげながら全力で立ち上がった。スキージャンプみたいな勢いで、棍棒が宙に跳ね上がる。ガラートは棍棒に振り回され、ととっと半回転して俺に背中を見せた。
筋肉の塊みたいなふくらはぎに切りかかる。石を切りつけたようなジャリっという感触が柄を持つ手に伝わってきた。
「硬っ……のじゃ!?」
更に半回転したガラートの棍棒が、地面をガリガリ削りながら俺に迫る。盾を構えたところに、掬い上げるような一撃をもらった。
「おれは、ガラートだ!」
「あー! わー!」
俺の体は真上に向かって打ち出され、跳躍の頂点でグルグル回転した。
「空中! すなわち無防備なロリの殺り時だ!」
頭の良いNPCが何かを察して頭の良さそうなことを言い、俺に向かってショーテルを投げつける。顔面直撃コースだ。
「んぐっ!」
俺はどうしたかといえば、ショーテルを噛んでキャッチしたのだ。ちょっと唇が裂けた。
ふざけんなよコイツら。殺意が高すぎるだろ。俺は盾を投げつけてショーテルNPCの頭蓋を叩き割った。
盾投げの反動で空中後方回転した俺は、ガラートの頭の上に飛び乗った。右手の剣と左手のショーテルを、ガラートの目にぶっ刺す。
「おれは! ガラートだ!」
ガラートが俺をひっつかもうと手を伸ばした。俺は柄を持つ両手を前に倒した。ガラートは棍棒をぶんぶん振り回しながら前進した。NPCが次々に肉片と化し、雨のように降り注ぐ。
「うわっ! うわああ!」
NPCに混ざって、レシアも逃げまどっている。俺はショーテルを持つ左手を倒した。ガラートの動きも左によれて、棍棒はレシアの真横のNPCをタコせんべいにした。
「レシア! 乗るのじゃ!」
「あーもうめちゃくちゃだよ!」
レシアが棍棒を駆けあがってガラートの肩までやってきた。俺はガチャプレイでガラートを操作し、必死で逃げるNPCをバンバン踏み潰していった。
「このまま突破じゃ! 行け、ガラート!」
「おれはガラートだ!」
NPCが束になっても敵わない。ガラートの制圧力は圧倒的だ。
「止まれ」
乱戦の喚声を突き破って、よく通る低い声がした。
ついで、NPCたちの頭上を黒い魔力の塊が奔った。
「のじゃロリ!」
俺を小脇に抱えたレシアが飛び降りるのと、魔力を浴びたガラートの頭がボっと音を立てて円形の血霧になるのは、ほぼ同時だった。
頭を失ったガラートが、数歩前に進み、地響きを立ててぶっ倒れた。ダイナマイトでも爆発したような衝撃が上がって、塵埃が視界を奪った。
「……来るのじゃッ!」
土埃を突き破って飛んできた魔法を受けた盾が、衝撃に耐えられず俺の手からすっぽ抜けた。盾はゆっくりと回転しながら上昇し、力尽きて下降した。
地面に落ちてくわんくわん震える盾を、踏みつける足があった。足はスラっとしたふとももとスラっとした腰とスラっとした胸に続いて、金髪ツインテールの美少女が立っていた。
NPCたちは左右に別れ、首を垂れていた。
エルフ・エル。世界に散った八人の俺の内の一人。