俺、神になる④
道々、ボグダーナは色々と語ってくれた。
「人間が消えた後、ですか? もちろん、わたくしの悲願を達成するために動きはじめましたわ」
悲願というのは、アルドー統一だ。そのために、何をしたかというと。
「民を更に徹底的に搾り上げてやりましたのよ。汗の一滴すら、統一のために無駄にはできませんから」
ボグダーナはフフンと胸を張った。すごいなコイツ。胡麻の油となんとかは絞れば絞るほど、みたいな話を地で行っている。
【ボグダーナ】の【記憶核】は、越境してハイアルドーに逃げ込んできた隣国の男の子が、目の前で惨殺されたこと。【ボグダーナ】はそのNPCと領主林の奥深くで出会い、友情を育み、それが恋愛感情にまで高まっていった辺りで悲劇が起こる。以来ボグダーナは、なんとしてでもアルドー地方を統一しようと決意した。そのためであれば、どんな犠牲も払うと。
実際、ボグダーナは周辺のいくつかの土地を併呑している。類稀なる戦術眼と冷徹な判断力で【戦場の凍姫】と呼ばれ、畏れられているらしい。とはいえ、ゲーム中でその活躍を拝む機会はない。彼女自慢のハイアルドー精鋭部隊【狼】は反乱軍の一員となり、プレイヤーは逃げたボグダーナを追い詰め、一方的にボコるのだ。
「戦争債を売り出して、民に強制的に購入させましたの。鍛冶師という鍛冶師を徴発して、武器を作らせまくりましたわ。無給で」
そりゃ反乱も起きるよな。
プレイヤーはコイツをその場で凌辱してもいいし、説得して民のためを思う善き領主に更生させてもいい。どっちにしても最終的には抜き差しならぬ関係になるわけで、まあ、それがこのゲームだ。
もちろん、プレイヤーが反乱軍に手を貸そうが貸すまいが、凌辱しようが更生させようが、世界そのものは何も変わらない。一通りのクエストが終われば、NPCたちの生活は元通りだ。
「いよいよ、わたくしの夢が叶う。アリョーシャの死に、報いることができる……そんな時に、エルフが現れたのですわ」
ボグダーナは憎々しげにエルフの名を口にした。
「エルフは冒険者ギルドに取り入り、仕事をはじめましたの。警戒していた民も、だんだんとなついていきましたわ」
俺たちは顔を見合わせた。アバターの違いが、ここでも行動に影響を与えていそうだ。スラっとした長身のエルフは、のじゃロリやレシアと違って人前に出られたんだろう。そしてNPCをグチャグチャにすることなく、粛々と【リージョナルクエスト】で日銭を稼ぎはじめた。
「そのうち、民はエルフに唆されましたの。そして冒険者ギルドから、アイテムや通貨を引き出しはじめましたわ」
俺たちの予想は、どうやら当たっていたようだ。冒険者ギルドは、システムから通貨・アイテムを排出・回収する入口になっている。手を突っ込んでゴソゴソやれば、なんでも思い通りというわけだ。エルフも同じことを思いついて、試してみたのだろう。で、実際にできてしまった。
ハイアルドーは中盤で訪れる土地だ。クエストの報酬やアイテムには、そこそこ良いものが揃っている。住民が問題なく暮らしていくには充分だったろう。
「キミにとっては、面白くなかっただろうね」
「当たり前ですわ! そんな風にされては、誰もわたくしの言うことを聞かなくなります! ですから、わたくしは……」
「エルフを倒そうとしたんですね」
「違いますわ! おお、罰当たりなリリム! ハイバースの雷よ降りたまえ!」
ボグダーナがリリを指さして叫んだ。リリムはこの世界では悪魔みたいな扱いを受けている種族だ。種族の初期装備がとにかくえちえちだったので、
『女性を性的に搾取しようとしている』
と、はちゃめちゃに炎上した。ロシアの山火事ぐらいくすぶりつづけた。まあ実際、言い逃れできないぐらい初期装備がとにかくえちえちだった。
「わたくしは、協力するようにお願いしたのです。冒険者ギルドから引き出せる資産があれば、アルドー統一は容易いことですわ。あらゆる土地が貧困にあえいでいる、今こそが好機なのです」
この現象が、よそでも簡単に起きるとは思えない。恐らく、NPCには思いつけないような何らかのフェイルセーフがかかっているのだろう。たまたま残った人間が、たまたま気づいて、たまたまNPCに提案する。考えづらいシナリオだ。
「エルフはなんて答えたんだい?」
「無理、と」
ボグダーナはドリルツインテールの先端をつまみ、ぐいーっと引っ張って
「無理と言いましたわ、このわたくしに!」
叫びながら手を放した。ツインテールがバネみたいに戻って、しばらくみょんみょん揺れた。
「ああ、忌々しきはエルフの魔女! 災いあれ!」
まあ、俺ならそう言うだろうな。メインクエでスヴャトイ家への反乱すら義務感でこなしたのに、実際に統一戦争を起こせとかイヤすぎる。めんどくささしかない。
「なんと言ったかお分かりですか? 『俺はここでダラダラ暮らす。誰にも邪魔はさせない』ですわ! なんの権利があって! 領主はこのわたくしですのよ!」
完全に予想がついていた。エルフはエルフなりのやり方で、俺たちの理想を追求していたのだ。
「分からないなあ。それじゃあどうしてエルフは、ハイアルドーをまるごと焼いたんだい?」
「さあ?」
「さあってことはないだろう、ボグダーナ。キミだって焼かれたんだよ」
「分からないんですのよ。本当に分かりませんの。ある日、エルフは民を連れて【針の城】にやってきました。そして……」
ボグダーナはうずくまって口元を抑えた。
「あんな、あんな……! 熱くて、動けなくて……目が煮えて、体中の穴という穴から油と血が噴き出して……!」
それでも、死ねない。どれほどの苦痛を味わおうと、NPCは生き残る。痛みの記憶は際限なく積み重なっていく。
俺たちは林を抜けて回廊に差し掛かった。岸壁の間にある細い道に、石の柱が立ち並ぶ。マトモに残っているのは数本で、折れたり倒れたりしているのがほとんどだ。
MOBは一切現れない。エルフが殲滅したのだろう。
焼かれてから先のことを訊ねても、ボグダーナは首を横に振るばかりだった。気づけばダンジョンの中にいたのだという。焼死体同然のNPCと共に。
「NPCを【ヘルパー】として雇用したんですね」
エルフがダンジョンに一人で潜った謎は、これで解けた。消し炭になったNPCとパーティを組んで、突入したのだ。何度も何度も。
ヤバいな、俺。なんでそんなことを思いついたんだろう。どんな理由があったとしてもヤバすぎる。俺、そんなやつだったのか。
「自分を顧みちゃうよね。ボクもこれをやりかねなかったんだ」
「のじゃなあ」
俺たちは俺同士で頷きあった。怖すぎるぞ、俺。会うのがイヤになってきた。
しぶしぶ進んでいくと、回廊が終わって開けた場所に出た。円形広場だ。そこに、予想外の人物がいた。
「来た! 人間が来たぞ! ボグダーナもだ!」
ハイアルドーのNPCだ。
一般市民にハイアルドー兵、更にはボグダーナご自慢の精鋭部隊【狼】まで、ズラリと集結している。
「やっちまえ!」
「殺せ!」
「ボグダーナもだ!」
わらわらっと出てきた。
「どうなっとるのじゃ」
「なんでしょうね。敵意があることだけは分かります」
NPCの群れが、手に手に武器を構えた。
「あ、あれは! わたくしが作らせた武器ではないですか! 返しなさい!」
ボグダーナがツカツカと歩いて行って、
「うるせえ! 死ね!」
いきなりNPCに切りかかられた。
「え? きゃあああ!」
振り下ろされた剣を、白い盾が弾き飛ばした。
【スキャット】で跳んだレシアが、攻撃に割り込んだのだ。
「キミたち、なにを考えているんだ!」
へたりこんだボグダーナの前に、敢然と立つレシア。ものすごい勇者っぽさがある。
「そ、そうですわ! 領主に対して! ありえません!」
「キミの態度もありえないよ、ボグダーナ。下がって」
「なっ……なっ……!」
「はい、言われたとおりにしましょうね」
「あああ! ちょっと!」
リリがボグダーナの腕をつかんでずるずる引っ張った。ボグダーナは足をバタバタさせた。
レシアは剣を抜かずに、NPCと向き合った。
「何があったのかは聞いているよ。通してくれないかい? エルフに会いたいだけなんだ」
穏やかに語りきかせている。俺とは思えない態度だ。
「ちょっと! 離しなさい!」
「離しませーん」
一方でボグダーナを引きずるリリの、底意地悪そうなニコニコ顔はどうだ。見てると安心する。そうそう、俺ってこういうヤツだよな。
「会わせねえぞ! 人間は! どんな奴だろうと!」
「ボグダーナもだ!」
NPCの一人が、両手斧を真正面から振り下ろしてきた。レシアは微動だにせず盾受けした。
「キミたちでは、どうやったってボクに勝てない。試すまでもないよね?」
押し殺した声で、我慢してるのが分かる。えらいなレシアは。のじゃロリだったらとっくに何人かまっぷたつにしてるぞ。
とにかくレシアが身じろぎもしないので、NPCの中に、毒気を抜かれた者が現れた。
「なあ、エルフは通せって言ってたよな?」
「人間だぞ、コイツら。エルフがなんと言おうと、なるべく悲惨にぶっ殺したい」
「そうだよなあ。なんで人間が残ってるんだよ。みんな死ねばいいのになあ」
ザワつきはじめた。はやく結論出してくれないかな。
「ところでこいつら、ボグダーナと一緒にいるぞ」
「じゃあ敵なんじゃ?」
「ボグダーナだしな」
コイツらめっちゃボグダーナをイジってくるな。【戦場の凍姫】という二つ名が、むしろ皮肉みたいに思えてきた。このドリルツインテール美少女がやってきたことを考えたら、完全なる自業自得だけど。
「ボグダーナは悪い。悪いヤツといっしょにいるヤツは悪い。つまりこいつらは悪い。この辺でどうだ」
誰かが頭のよさそうな三段論法を口にして、どうやらそれが総意のようだった。もともと人間を惨殺したかったんだろう。そこにボグダーナというちょうどいい旗印を連れてきてしまった、俺たちが悪い。
NPCたちは目を敵意でギラつかせ、武器を構えなおした。
「参ったなあ」
レシアが抜刀した。NPCたちは死ぬほどびっくりして後ろに下がろうとしたが、しかし広間は人でいっぱいだ。もはや後退はできない。
「い、行くぞお!」
NPCがレシアに切りかかった。全力で振り上げ、全力で振り下ろす、へなへなの一撃。レシアは横っ飛びに避けながら、NPCの首をすぱんと刎ねた。
血の尾を引いて宙を舞った首が、重力に引かれて落っこちてくる。落下地点にいたNPCはまたも後退しようとし、またも人の壁にはばまれた。
「う、うおおおお!」
バルディッシュを持ったNPCが、ヤケクソになって走り出した。そこにちょうど首が落ちてきて、一歩踏み出した足に高く蹴り上げられ、逆光の中のシルエットになった。
キックオフだ。