俺、神になる③
―CONTENTS START―
アルドー大空洞。地下に築かれた超古代都市の遺構だ。林、回廊、そして神殿の三つのエリアを、人工太陽が照らす。俺たちはダンジョンの奥深くを目指し、林を進んだ。
「そもそも、なんでメインクエでここに来るんだっけ?」
「ええと……【ハイアルドーの支配者、ボグダーナ・スヴャトイを君たちは追い詰めた。奴が逃げ込んだのは、密かに発掘していたアルファ文明の遺構だ。超古代兵器がボグダーナの手に渡る前に、食い止めなければならない!】ですね」
リリがダンジョンの説明文を読んだ。
スヴャトイ家は、戦乱のアルドーに覇を唱えようと住民を死ぬほど搾取している。不満を溜めた住民が反乱軍を組織していて、プレイヤーがそれに巻き込まれるのだ。
最終的にはダンジョンボスの【超古代兵器 アルファ・メガクローラー】を倒して、住民たちは歓喜に包まれる。
「思い出してきたのじゃ。そんなんだったのじゃなあ」
「クリアすると、NPCが男も女も選り取りみどりなんですよね」
「のじゃのじゃ。搾取するヤツがすげ変わっただけみたいな話だったのじゃ」
「リリ、のじゃロリ」
思い出話をしていると、レシアが鋭い声を発した。
「気のせいだったらいいんだけど……なんか、揺れてない?」
レシアの言葉の終わりにかぶさるように、すぐ近くで樹木の倒れる音がした。
直後、一条の光線が俺とレシアの横の地面を削りながら走った。
「えっえっ? うわあ!」
地面が爆発して噴き上がり、俺たちは吹っ飛ばされた。
「なんなのじゃ!」
頭に乗った木の枝を振り落とし、ぺこっと折れたケモ耳を直す。怒鳴ると口の中にめちゃくちゃ土埃が飛び込んでくる。
「んぺっ! んぺっ! 渋っ! 土が渋っ……」
分厚い埃の幕を突き破って、何かが俺めがけて突っ込んできた。
「うわわわわのじゃ!」
咄嗟に盾受けする。衝撃は並のものじゃなかった。俺の体は木々をへし折りながら十メートルぐらい後ろに向かって滑走した。
「ええい、くそっ! うっとうしいのじゃ!」
剣を振るって土埃を切り裂く。すると眼前に、トゲ付き球状タイヤを二つ履いた、クリスタルのドクロがいた。
体の右側にくっついたパイルバンカーから、蒸気が噴出された。なるほど、あの一撃を喰らったのか。
「アルファ・メガクローラー……なんでこんなところにいるのじゃ」
コイツがダンジョンボスにして、例の超古代兵器だ。ダンジョンの入り口で出待ちするなよな。
フィイイイン……みたいな、いかにもなにかチャージしてるっぽい音がして、ドクロの額の辺りがオレンジ色に発光した。あれは詠唱四秒の扇型AoE【マストダイレーザー】だ。
俺はちらっと左右に目を走らせた。レシアとリリは呑気にケホケホむせている。
【マストダイレーザー】が射出された。赤く細長い線のようなレーザーが、木々を焼き切りながら薙ぎ払われる。俺は盾を両手で構え、レーザーをがっちり受け止めた。
盾の表面が赤熱する。衝撃に押し負けて、俺は真横にすっとんだ。背中から着地し、ごろごろ転がりながら、
「レシア、リリ! 見よ、ワイリーメカじゃ! タップスピンを使うのじゃぞ!」
埃まみれの二人に声をかける。レシアが剣と盾を、リリが本を、それぞれ抜刀した。
立ち上がった俺は、【モバイルディフェンス】のスキルを発動した。攻撃力20%上昇の永続バフだ。オフタンク運用の際に使用するスキルだが、三人パーティならタンクの火力を高めた方が結果的に早く戦闘が終わるだろう。
俺はドクロの側面から鋭く切りつけた。アルファ・メガクローラーは上下にガタガタ震えながら鋭く旋回し、パイルバンカーで横殴りにぶん殴ってきた。
「いってえなオイ!」
【エネミー・アプローチング】、【レイジ・アゲンスト】、【グローリアス】。基本のスキル回しでヘイトを稼ぐ。勇者のDotはめちゃくちゃヘイトを稼ぐので、はやめにタゲをキープしておきたい。
落ち葉と腐葉土を巻き上げて走った衝撃が、敵の体を真横にスライドさせた。勇者の【マルチスラッシュ】だ。
「お待たせ! Dotしか無かったんだけど良いかな!」
駆けてきたレシアが、煙のくすぶる倒木を蹴って高く跳ねた。電光をまとった剣と共に急降下する【ナイトジャースラスト】が、クリスタルのドクロに深々と突き刺さる。
ガタガタ揺れながら、敵のパイルバンカーが持ち上がった。【ユニコーンギャロップ】の構えだ。
「のじゃロリ!」
レシアが【号令:守りを固めよ】を発動した。30秒間、被ダメージ20%ダウンのバフだ。俺は盾を構えて一撃に備えた。
アルファ・メガクローラーは体ごと腕を旋回し、パイルバンカーの先端を俺の盾に叩きつけた。関節から火花が散り、のじゃロリの胴体ぐらいある杭が射出される。
杭が盾に触れた瞬間、俺は飛び跳ねた。受けた衝撃を利用して水平きりもみ回転する。致死の速度と熱と質量を持った物体が、超高速で俺の体の真下を通り過ぎていく。
回転しながら剣をドクロに叩きつけ、反動で後方宙返りからのスーパーヒーロー着地。
「いいね、のじゃロリ! よし、ボクも!」
レシアが【ランページスラッシュ】を延々と放ちはじめた。Dotを入れ終え、とくにバフの必要もないときに打っておく低威力のスキルだ。勇者のスキル回しは、とにかく華が無い。
「終わりだっ!」
レシアのオートアタックを浴びたドクロに無数の亀裂が走った。アルファ・メガクローラーは亀裂から光を放ちながらのろのろと後退し、ド派手に爆発した。
「きゃああああっ!」
ドレス姿のドリルツインテール美少女が、煙の尾を引きながら吹っ飛ばされて俺たちの前まで転がってきた。ボグダーナ・スヴャトイ。ハイアルドーの支配者だ。
「あー、こんなんじゃったなあ」
実際のクエスト中でも、同じ演出があった。無様に転がり出てきたボグダーナは、土下座して人間に許しを請う。
はずなのだが。
「うわああああ!」
ボグダーナは、太もものベルトからナイフを抜いて、俺たちに切りかかってきたのだった。
俺は盾を振り上げてボグダーナのナイフを弾き飛ばした。たたらを踏んだドリルツインテールを、リリが後ろからキャッチした。
「やあ、ドクターワイリー。今度は何を企んでいたんだい?」
レシアが剣の切っ先でボグダーナの顎を持ち上げた。ボグダーナは抵抗しようとしたが、リリに肩をがっちり掴まれて身じろぎもできない。
「にっ、人間! 殺してやりますわ! 絶対に殺してやります!」
ボグダーナはもがきながら叫んだ。俺は正直、またか……みたいな気持ちになった。どんな目に遭ったかは知らんが、とにかくメチャクチャされたのだろう。北斗の拳は正しかった。文明崩壊後に幅を利かせるのは、人を傷つけることをなんとも思っていない頭のイカれた連中なのだ。
まあ、俺たちの快適な生活を邪魔するならばぶっ殺せばいいし、そうでないなら無視すればいい。
「あなたがたも、あの魔女みたいに! エルフ・エルみたいに、わたくしたちを閉じ込めて、焼いて……!」
しかし、今回ばかりは事情が違う。どうやら俺の頭がイカれてしまったらしい。これではっきりした。ハイアルドーを滅ぼしたのは、世界に散らばる俺の一人だ。
俺はUIを開いてパーティ欄を確認した。エルフ・エルの名前がそこにある。しっかりマッチングできている。
「エルフのこと、知っているんですね? どこにいるんですか?」
「このダンジョンの一番奥にいますわ。NPCに守られて」
「よし、案内してもらおうかな」
納刀したレシアが快活に言うと、ボグダーナは真っ青になった。
「なにを言っているのですか、無理です! 殺されてしまいますわ!」
「大丈夫さ。ボクたちに限ってはね」
「嫌ですわ、絶対に嫌!」
「頼むよ、ボグダーナ。ボクはエルフを止めたいんだ」
レシアの言葉も声も、勇者らしくまっすぐで真摯だった。ボグダーナは深くため息をついた。
「分かりましたわ。離してくださいます?」
リリの腕を振り払って、ボグダーナはドレスの汚れを払った。
「さあ、行きますわよ。わたくしに着いて来なさい」
途端に仕切りだした。このNPCは、どんな目に遭ってもとにかく強気なのだ。