俺、神になる②
「なんじゃ、これは」
ハイアルドーにファストトラベルした俺は、目を疑うような光景に出くわした。
ないのだ。町そのものが。
豊かな針葉樹林も、石造りの家も、テトリスのオープニング画面みたいな【スヴャトイ】家の【針の城】も。
代わりに広がっていたのは、一面の荒野だった。むきだしの地面のところどころが、緑色に変色している。
「あ、【トリニタイト】が採掘できましたよ」
しゃがんでごそごそやっていたリリが言った。
「ここで誰かが、信じられないぐらい高温の爆発を起こしたってことだね」
「のじゃなあ」
サービスが続いていたなら、子々孫々に渡って永久BANものの所業だ。
「ちょっと歩き回ってみましょうか。なにか残っているとは思えませんけど」
リリの提案は是非もなし。俺たちにできるのは、途方に暮れてウロウロすることだけだろう。
マップを空中に展開してみる。今の俺たちの座標は、どうやらハイアルドー外郭の辺りらしい。
「地面に少し傾斜があるね。すり鉢状になってるみたいだ」
レシアが爪先で蹴った石ころが、ごくゆるい勾配の坂を転がっていく。
「すり鉢の底が爆心地じゃとすると」
「【針の城】ですね」
どんな事情があったら、ハイアルドーをまるごと焼き滅ぼすことになるのだろうか。
「大規模なPvPでもあったんでしょうか」
「コールみたいなヤツが、遊び半分でやったのかもしれないね」
当て推量を口にしながら、俺たちは爆心地に降っていった。
「見よ、穴が開いとるぞ」
すり鉢の半ばに、ぽっかりと空洞が口を開けていた。
「縁がガラス化してますね。誰かが焼いたみたいです」
爆心地に開けられた穴。百パーセントろくでもないことに続いている。俺たちはしばし沈黙し、面倒ごとに直面するのとモヤモヤを抱えたまま放置するの、どっちがマシかを天秤にかけた。
「是非もなしじゃ」
で、同時に結論を出し、同時に踏み入った。
横穴はゆるやかな傾斜がついたらせん状になっていて、ぐるぐる回りながら地下深くまで伸びていた。なにが待っていようと蹴散らす自信はあったが、念のために抜刀し、盾を構えて進んだ。
「嫌な臭いがしますね。焼けた脂が傷んだ臭いです」
「空気もどろっとしてるし……あんまり長居はしたくないね」
やがて俺たちが辿りついたのは、広い空間だった。
リリの頭すれすれぐらいの低い天井と、五人並んでは通れなそうな狭い幅。通路のようだ。
「見覚えがあるのじゃ。ダンジョンの入り口に設定されておったな」
「【地下要害 アルドー大空洞】だったっけ。メインクエだ」
このゲームのダンジョンはインスタンスコンテンツになっていて、世界各地に入口が作られている。一度アクティベートすれば、メニュー内の【インスタンスファインダー】でどこからでも飛べるため、わざわざ来るようなことはない。
「あわっ!」
一歩進んだ俺は、なにかに滑ってひっくり返った。
「あらあら」
すっころぶかと思った俺の後頭部を、リリのおっぱいが受け止めてくれた。すごい。衝撃が無になった。
しゃがんだレシアが、床をぬぐった指を顔に寄せ、眉根をひそめた。
「脂だね。臭いの元もこれだよ」
こっちに向かって突き出された指先には、乳白色の固形脂がべっとりくっついていた。
「……なんか、だいたい分かってきたのじゃ」
「ここで、誰かが蒸し焼きになったってことですね」
「それも、一人や二人じゃない」
床には、一センチほどの脂の層ができていた。それを踏み荒らした、無数の足跡も。
「誰がなんでそんなことをしたのか分からんが、怖すぎるのじゃ。思いつく時点で怖すぎるし、実行するのも怖すぎる」
「……もう少し進みましょう」
「そうだね。でも、その前に」
レシアが剣を霞に構え、踏み込みながら突きを放った。勇者の扇形AoE、【マルチスラッシュ】だ。熱で溶けた脂が、石畳の隙間を這うように流れていった。
「歩きやすくなったのじゃ。ありがとうのじゃ、レシア」
「そうじゃないよ、のじゃロリ」
レシアは剣の切っ先を闇に向けた。
「誰だい? 自分から出てきてほしいな」
「いきなりDotぶち込むか?」
闇の奥から、答える声があった。
「相手がNPCでも人間でも、AoEならとりあえず先手が取れるし、Dotで焦らせることができるからね」
「なるほど。合理的すぎる。オマエ、他人嫌いだろ」
笑い声が聞こえた。それから、ソイツが姿を現した。
左手をニットカーディガンのポケットに突っ込み、右手に持った刀を肩に担いでいる。ピンクのセミロングは、重ための前髪と鎖骨らへんで揺れる毛先。青い瞳は強気そうに吊り上がっている。
メインヒロインの風格。
「じぇ……JK……のじゃ?」
見た目のことを言っているわけではない。JKは、俺のメイン垢だ。
「のじゃ? ああ、そういうことか。共同生活に不便だから、キャラを立てることにしたんだな」
JKは余裕たっぷりに笑った。
「これは、君がやったのかい?」
語気に怒りをにじませて、レシアが問う。JKは首を横に振った。
「俺は【アルドートラウト】の採取に来ただけだ。そしたら、採取場ごと吹っ飛んでた。あとは分かるだろ?」
「かかわる面倒くささと、放っておくモヤモヤを天秤にかけたんですね」
「さすが俺だな」
やっぱりJKは俺だ。しかし、それにしてはなんというか、余裕を感じられる。俺であれば、泡を食ってウロウロしたり、森とか都市で死にかけたりしているはずだ。
「ハウジング」
俺の疑問に先回りして、JKが回答した。俺たちはいっせいに「ああああ!」と叫んだ。
「無理もないよな。俺も忘れてた。俺以外の俺が来る気配もない」
個人ないしはスクワッド単位で、家を持つことができる。【ハウジングエリア】という専用のインスタンスに建築した家では家具の配置を楽しめ、庭には【菜園】やスキル回し練習用の【スケアクロウ】を設置できる。
「あー! 忘れてた! 忘れてたのじゃー!」
もともと俺はハウジングになんか興味なかったが、資産運用のためにばかでかいサイズの敷地と邸宅を購入していた。絶対にプレイヤー間の争奪戦が起きると踏んで抑えたのだが、これは完全に失敗だった。思ったよりもインスタンスエリアが広く、供給過剰となったせいで損切りすらできず、塩漬けにするしかなかった。
俺のマイハウスは建てただけのがらんどうだったが、JKは全てのクラスをカンストしている。家具作成も【菜園】での栽培も楽勝だったろう。
「NPCも何人か購入した。酒保と家具屋は便利だな」
メイン垢かつJKでマイホームと使用人あり。JKからつよつよオーラが出まくっているのも当たり前だ。ヒトとして望むものを全て持っている。
「か……勝てるわけがない……!」
絶望したレシアが膝をついた。その通りだ。この世界にいる八人の俺の中でも最強。それがJKなのだ。
「俺は採取しに来ただけだっつっただろ。俺相手にコンプレックス抱いてどうするんだよ」
JKは呆れてため息をついた。
「この辺りに、頭のイカれたヤツがいるのは間違いない。それが俺……エルフなのか、まったく関係ないヤツなのかは分からんが。お前らはこの状況、どう見る?」
「【針の城】の地下であることに、関係があるんでしょうか」
「さすが俺だな、リリ。【地下要害 アルドー大空洞】に何かあると睨んでいるが」
「JKひとりじゃ、ダンジョンに入れないんですね」
このゲームのダンジョンは通常のフィールドと隔離されていて、入り口や【インスタンスファインダー】からアクセスする仕組みになっている。しかし、ダンジョンは四人パーティでないと入場すらできない。
ソロ、あるいは規定人数に満たない場合は、インスタンスファインダーに申請した者同士でのマッチング後に突入できる。
「で、だ。ちょっとインスタンスファインダーを開いてみろよ。アルドー大空洞のとこ」
「あ……攻略中のパーティがいますね。でも、おかしいですよ。入場中の人数が一人になっています」
JKは頷いた。
「四人で入って、三人がダンジョンを途中退場したんだろ。NPCを雇ったのかもな」
理屈としてはあり得る。だが、不可解なことが多すぎる。なんでハイアルドーが消し飛んでいるのか。なんで【地下要害 アルドー大空洞】を誰かが攻略しているのか。
「ま、どうでもいい話だな。誰であれ、ダンジョンに引きこもってるなら追いかける必要はない」
JKは片手をポケットに突っ込んで歩き出し、俺たちの脇を通り過ぎた。
「ねえ、JK。ボクたちと協力してくれないかい?」
レシアが声をかけると、JKは余裕たっぷりに振り返った。
「悪いな、そのつもりはない。分かるだろ、俺なら」
もし俺がJKで、マイホームを所有していたら? そりゃもう、絶対に同じ回答をするだろう。一人で快適に生きていけるのだ。たとえ俺が相手でも、チームを組んでことに当たる義理などない。
「じゃがなあ、JK。【ヘルパー】を雇えば、ダンジョンには入れるじゃろう」
無駄だとは思うが、俺は一応食い下がってみた。【インスタンスファインダー】でのマッチングすら嫌がるヤツのために、ダンジョン用のNPCが用意されている。
「そのつもりは、正直あった。面倒なんで迷っていたんだ。そこに、俺が三人も来た」
ああ、俺がJKなら絶対にそう言う。こいつどうせ俺だし俺のこと分かってんだろ? ぐらいの気安さで、こう言うに決まってる。俺は頷くしかなかった。
「じゃあな。やりたいなら頑張れ」
最強アカウントは、最後までつよつよのまま去っていった。俺たちは黙ってその後ろ姿を見送った。
どろっとした空気の地下、俺たちは顔を見合わせた。
「……やっぱかわいいのじゃな、JK」
俺はぼそっと呟いた。
「メイン垢だけあって、アバター作成に五十時間はかけたもんね。耳が見えてるところすごくいいよね」
「細部まで完璧でしたね。毛先の梳き加減にはものすごくこだわりましたから」
「のじゃなあ」
協力のお願いを袖にはされたが、俺のやることなのであまり腹が立たない。それよりも、この目で自分のアバターを見られたことの嬉しさが勝る。どれだけ精巧にキャラクリしようと、結局は一人称視点なのがVRMMOの哀しさだ。鏡をじーっと見つめて、自分がもともと持っていた肉体のことを忘れるところから始めるのだ。バ美肉おじさんとは、かくも難しい生き方なのである。
「さて、どうしましょうか?」
「是非もなしじゃ」
ハウジングエリアに引きこもっているJKと違い、俺たちはフィールド上に家を建てた。そのことに後悔はないし、降りかかる火の粉も近所のボヤも、俺たちの邪魔になるならぜんぶ消し去ってやる。
「インスタンスファインダーで、【攻略途中のダンジョンに入場する】のチェックを入れれば、高確率で合流できるよね」
「こっちは三人、向こうは一人。パーティの頭数は合いますからね」
「のじゃ! レシア、リリ、行くぞ!」
パーティを組んだ俺たちは、【地下要害 アルドー大空洞】に入場申請した。
ややもして、
シャキーン!
「うわあびっくりした! のじゃ!」
ばかでかい音がして俺は飛び上がった。忘れてた。【インスタンスファインダー】でマッチングが完了すると、異様にデカい音が鳴るのだ。
俺たちの視界は暗転した。




