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俺、勇者になる⑤

 大正門では、十数人のガメー騎士が待ち構えていた。一応、警戒してもらえたというわけだ。


 それぞれがハルバードを振り上げ、【薙ぎ払い】の構えを取った。


「どけっ!」


 俺は飛び上がり、地面に剣を突き立てた。剣を中心に走った放射状の亀裂から光が噴き上がり、ガメー騎士をまとめてぶっとばした。

 勇者のAoE、【デリヴァランス】。自分を中心とした直径十メートルの円状に直接ダメージ+Dot。大した威力ではないが、Lv5のガメー騎士相手なら十分だ。


 表通りを、俺は全力で走った。作戦なんか何もなかった。俺は死ぬだろう。また【スタン回し】で釘付けにされ、【フェイタルアーツ】を浴びて、今度こそ完膚なきまでに死ぬだろう。

 そんなことはどうでもよかった。


 渓谷は徐々に深く狭くなっていった。深く切れ込んだ角を曲がると、ガメー騎士の残りが立ちふさがった。

 【デリヴァランス】のリキャストはまだ空けていない。俺は立ち止まり、剣を肩の上で霞に構えた。


 強く強く、一歩踏み込む。爪先が石畳を粉々に砕く。その慣性の全てを乗せて、俺は剣を前に突き出した。


 衝撃が石畳を削りながら奔り、ガメー騎士の間をつむじ風のように通り抜けていった。俺は納刀し、怯んだガメー騎士の横を駆けた。

 慌てて追いすがるガメー騎士が、俺の背後で悲鳴を上げる。鎧と地面のぶつかる音が夜にこだました。


 詠唱時間二秒、射程七メートル、扇形AoEの【マルチスラッシュ】。範囲内の全ての相手にDotを付与する。ガメー騎士は、Dotの最初のダメージでHPを全て持っていかれた。

 

 こいつらは紙クズみたいなもので、時間稼ぎにもならない。スキル使用時のエフェクトで、俺がどこまで来ているかの目安に使っているのだろう。

 あいつらは準備万端整えて、俺を待ち受けている。



――ボクには無理そうだね、勇者様。


――最初から分かってたろ。


――そうだけどさあ! 勝ち目がないからってあきらめたら勇者じゃないでしょ!



 渓谷はよりいっそう深く鋭くなった。周囲に建物はなく、地層をむき出しにした大きな壁は、その天辺で空をギザギザに切り取っていた。

 やがて、道を塞ぐ巨大な石づくりの門が現れた。【ベンチュラ】のねぐらとなった【ガメー政庁】と俺を分断する、【政庁門】だ。


 そこに、奴らはいた。


「フー……バカだろ、コイツ。なんでまたやられに来てんだよ。笑えるぜ」


 コール・バースとネビュラを筆頭に、【ベンチュラ】の十二人。

 俺が逃げ去ってからも貧民街でのNPC狩りを続けていたらしく、NPCが何人も地面に転がっていた。


「ゆうしゃ……さま……」


 赤い長い髪が揺れて、ルーが、ぼろぼろのルーが、俺を見て笑う。


「コール様! コール様っ!」


 ネビュラがコールの服の裾を引っ張った。


「ミスんなよ?」

「お任せくださいっ! さあみんな行きますよ、ハメ殺しですっ!」


 ネビュラが走り出し、マーセナリーが慌てて続いた。俺は抜刀し、剣を肩の上で霞に構えた。

 俺はのじゃロリでもリリでもない。他のアカウントでもない。

 俺は、俺だ。


 マーセナリーのスタン付与スキル【ヒットザサック】は、射程五メートル。ギリギリまで引き付ける。時間の流れがやけにゆっくりに感じられる。ネビュラの蹴立てる砂埃が、月明かりにキラキラしている。


 強く強く、一歩踏み込む。まっすぐに、剣を突き出す。石畳を巻き上げて、【マルチスラッシュ】が地を奔る。


「あっ、あれっ!? やば、Dotです!」


 コイツらは俺をナメきっていた。先制攻撃を受けるなどとは、微塵も思っていなかったのだろう。 

 

 俺は飛び上がり、剣を逆手にした。見下ろす俺を見上げるネビュラが、口をあんぐり開けている。


 着地と同時に、剣を深々と突き立てる。大地に亀裂が奔り、閃光が噴き上がる。【デリヴァランス】の光と熱が、敵を焼く。俺は相手の負ったダメージをHPバーで確認する。


「まずっ……誰かヒール……!」


 最も与ダメの大きかったマーセナリーをタゲって、【サンダースラスト】を叩き込む。ターゲットを切り替え、【ナイトジャースラスト】で急襲する。

 二つのDotと、【デリヴァランス】のダメージ。Dotを付与された二人にマトモな頭があれば、これ以上のダメージに怯えて後退するはずだ。あと、十人。

 リキャストは、【マルチスラッシュ】が三十秒、【デリヴァランス】が六十秒。もうこの戦闘中には使えないだろう。【サンダースラスト】と【ナイトジャースラスト】にはリキャストがない。だが、次のスキルを放てるようになるまでの待ち時間、GCDグローバルクールダウンが一秒。

 【スキャット】を使い、敵から十メートルの距離を取る。【スキャット】のリキャストは六十五秒。次は無い。


 勇者の仕事は、Dotとバフ。華々しさのカケラもないクラスだ。

 【ヒットザサック】と【パラライズ・バレット】の射程外からDotを入れて、チマチマと削る。それが、勇者の戦い方だ。

 やってやる。次は左からノコノコ近づいて来るヤツにDotを叩き込む。


「おい、勇者」


 コールの声が耳に飛び込んで集中力を引き裂き、俺の時間感覚は元に戻った。

 

「フー……オレの話、聞きたいだろ?」


 しゃがんだコールが、横たわるルーのこめかみに銃口を突きつけていた。


「いや、恐れ入ったぜ。ナメてたよ。謝る。おっと、一歩も動くなよ」


 こめかみに突きつけた銃口を、コールはぐりぐりとねじった。ルーは痛みに顔をしかめた。


「このメスガキをてめえにくれてやって、手打ちにすべきなんだろうな。それは分かってる。オレにはオレのやるべきことがある。ここでてめえ相手に貴重な戦力を消耗するのは、完全に無駄だ」

「コール様! そんな!」

「黙ってろバカ」


 不平を述べようとしたネビュラは、コールに一睨みされて黙った。


「オレは古い人間でな。ナメられたままにしておけねえんだ」

「コール様ぁ!」


 ネビュラの顔が、たちまち輝く。


「つまりだな。便所に入ってる時だのマス掻いてる時だのに、フとてめえの顔を思い浮かべて、イライラしたくねえんだよ。じゃあどうすればいいか、分かるか?」

「殺すんですよねっ、コール様!」


 コールはうんざりしたように首を振った。

 

「……笑えるぜ。ネビュラ、オレのセリフを泥棒するんじゃねえよ」

「ハッ! すみません! 気合が入りすぎました!」

「フー……ま、そういうことだ。よろしくな」


 槍を持った敵が、じりじりと歩み寄った。俺は突っ立って、ルーを見つめていた。ルーは笑っていた。


「大丈夫だよ、勇者様。ボクは死なないから」


 頭の半分が吹っ飛んで、それでも生きていたNPC。残った右目が涙を流していた。助けを求める目を、俺は見た。


「そうりゃあ! 【ヒットザサック】っ!」


 気づけばネビュラの槍が、俺に突き刺さっていた。六秒間のスタン付与。意志の力ではどうにもならない、ゲームが定めた仕組み。


「や、やったあ! やりました! コール様、やりました!」

「ありがとな、ネビュラ。がんばったじゃねえか」

「あ、あ、後でよしよししてくれますか!?」

「ハゲるまで撫でてやるぜ」

「きゅうううん!」


 俺は四人のマーセナリーに取り囲まれた。脱出不可能の【スタン回し】が始まるのだ。


「勇者様……なんで、ボクなんか……」


 ルーの表情が、見る見るうちに曇っていく。俺にも、理由は分からない。なにひとつ合理的な選択ではない。

 ただ、ルーに傷ついてほしくなかった。そう思ったら、体が動かなかった。


 少しずつ、少しずつ、俺のHPが削れていく。小さな鳥が山の一部をくちばしで運んでいくように。

 やがてゲージが溜まって【フェイタルアーツ】が発動して、俺は死ぬ。

 謝りたかった。だけど、どんな言葉を選んだらいいのか分からなかった。


「よーし、次はアタシの番ですねっ! ごー、よん、さん、にー、いーち」


 ネビュラは楽しげにカウントし、槍を振り上げ――


「ぜろっぐげっ!」


 いきなりひっくり返った。  

 放物線を描いて飛んできたなにかが、ネビュラにぶつかったのだ。


 敵に当たった反動で跳ね返るソレの軌跡を、目で追う。

 全身をマントで包んだ二人組。

 その内の小さい方が、飛び跳ねて掴んだものは、盾だった。


「し、【シールドボレ―】……?」


 二人組が、同時にマントを脱ぎ捨てる。


 ケモ耳、ワンピース、剣、盾。

 のじゃロリ。


 銀髪、巻角、右目に傷。

 リリ。


 俺が、そこにいた。


「さあ、狩りの時間じゃ」

 

 一気に突っ込んだのじゃロリが、右端のマーセナリーに切りかかった。【エネミー・アプローチング】、【レイジ・アゲンスト】、【グローリアス】。パラディンの基本コンボが、棒立ちの敵に叩き込まれる。敵のHPバーが、あっという間に枯渇する。


「死ぬ準備をせい! 今すぐ現実じごくに送り返してやるのじゃ!」

「あっえっ……あああああ! い、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だっ! 許して許してゆるっ」


 わめく敵の口に、のじゃロリが剣を突っ込んだ。血をまとった切っ先がうなじから突き出した。


「わらわにちょっかいをかけねば、生きられたものをのう」


 のじゃロリは引っこ抜いた剣を振り回して、敵の体を両断した。


 今この場に、俺と俺と俺がいる。あまりにも意味の分からない状況だった。

 呆然とする俺の肩に、誰かが手を置く。


「レシア」


 振り仰ぐと、ばかでかいおっぱいがあった。


「はえー……すっごい大きい……リリ!?」

「この戦いが終わるまでに、キャラの方向性を考えておいてくださいね」

「きゃ、キャラ?」

「ちゃんとキャラを立たせるのじゃぞ、レシア!」


 のじゃロリとリリはそう言い残すと、わけも分からず立ちすくむコールめがけて突っ走っていった。

 俺が集まると混乱するから、アバターらしいキャラを作っておけということか。俺らしい考え方だ。

 

「な、なんですか!? 増援!? 卑怯な!」


 俺は動転するネビュラに【サンダースラスト】を叩き込んだ。神速の五連撃を浴びたネビュラは、真後ろに引っ張られたみたいな勢いでぶっ飛んで岸壁に激突した。


「あいたたた……」


 岸壁にめりこんでうめくネビュラめがけて、俺は【ナイトジャースラスト】をぶちこんだ。亀裂の入っていた岸壁が崩壊し、瓦礫が降り注いだ。


「わわわっ! Dot……まずいまずいまずい、死んじゃうやつですよこれっ! 槍、槍どこ、槍!」


 すさまじい塵埃の中に、ネビュラのシルエットが浮かび上がる。這いつくばって、槍を探している。


「うわーん! せっかく無抵抗な人をたくさんイジメられると思ったのにい!」


 俺は剣を手に、ゆっくりと歩み寄った。足音に気付いたネビュラが、こっちを振り返った。


 塵埃が晴れた。尻もちをついたネビュラが、涙を流しながら薄笑いを浮かべていた。


「え、ええと、その、助けてくれたりとか……」


 俺は全力で剣を振り下ろした。肩から入った切っ先は鎖骨を割り、肋骨を断ち、胸骨を砕いて止まった。

 オートアタックと二つのDotが、ネビュラのHPを削りきった。

 俺はネビュラの胸を蹴り、剣を引き抜いた。ネビュラは薄笑いを浮かべたままその場に倒れた。

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