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俺、勇者になる②

「うわっとっとお!」


 槍が跳ね上がり、ネビュラがたたらを踏みながら後退する。


「ふざけんな! 要領よくやりやがって! だからっ! 人間はっ! 嫌いなんだっ!」


 ここまでに蓄積した鬱憤とか、攻撃された怒りとか、コミュ強に対する嫉妬とか……その瞬間、さまざまな感情が俺の中でグッチャグチャになりながら爆発していた。

 俺はマントを脱ぎ捨てた。


「に、人間っ!?」

「死ねッ!」


 動揺するネビュラに【サンダースラスト】をお見舞いしてやる。目にも留まらぬ神速の五連撃が、ネビュラの肉体に幾度も刃の痕を刻む。


「あっぐぅ!」


 ネビュラは腕をクロスした防御姿勢で後ろに向かって吹っ飛び、民家の壁を突き破った。瓦礫が飛び散り、塵埃がもうもうと立ち込める。


「フー……笑えるぜ」


 コールは銃を手にしたまま気だるげに笑った。


「なんのお!」


 塵埃を突き破って、ネビュラが民家から飛び出してくる。


「はあああ! 【デアリングアサルト】ッ!」


 光の翼を生やしたネビュラが突進してきた。いるよな、スキル名を叫ぶヤツ。

 俺は【号令:守りを固めよ】を発動した。30秒間、被ダメージ20%ダウンのバフだ。更に俺は、【ホワイトドラゴン・ブレイブシールド】を装備している。盾は正面からの攻撃を20%カットしてくれる。

 槍の一撃を、盾でがっちりと受け止める。軽減を重ねたことを差っ引いても、たいしたダメージじゃない。最上級装備を身に着けた俺にとって、こいつはクソ雑魚マーセナリーだ。


 俺は地面を蹴って数メートル飛び上がり【ナイトジャースラスト】を発動した。死角から速やかに襲い掛かる一撃だ。


「ぐわあああ!」


 鋭角に急降下しての斬撃。ネビュラは活き活きとした悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた。砕けた石畳が高速で飛び散り、NPCの張ったテントや露店を破壊した。


「楽しくなってきました!」


 立ち上がったネビュラが、追撃を恐れたのかただ単にやりたくなったのか、二回転バックフリップで距離を空ける。


「さあ、まだまだいきますよっ!」

「フー……やめとけ。死ぬ」


 コールがネビュラの肩に手を置いた。


「なんでですか! アタシのHPはまだぜんっぜん減ってないですよっ!」

「これから減る。お前が喰らったスキルはDotだ」

「どっと」

「ダメージオーバータイム。数十秒間に渡って、オマエのHPを削り続ける」

「あ、ああー! ほんとだHPが半分になってる! ズルいです!」

「バフとDotが勇者のやり方だからな」


 コールの言う通りだ。勇者はとにかく、華々しくない。パーティメンバーのMPに目を配り、Dotでちまちま削る。専用装備の派手さや勇者という響きの良さから、最初に選ぶプレイヤーだけは多かった。

 のじゃロリだったら、仕留めきれていただろう。ああ、なんで俺は俺なんだ。


「ウチのもんが邪魔したな」


 コールが一歩、前に出た。


「やり合うつもりはねえ。いいだろ?」


 ネビュラはクソ雑魚だが、コールは底知れない。ここで二対一になって、勝てるだろうか。DPSはタンクと違って防御力が低い。迂闊に挑んで返り討ちに遭うのはアホのやることだ。

 俺は小さくうなずいた。コールは気だるげに笑い、髪をかきあげた。


「フー……行くぞ、ネビュラ」

「はっはい!」


 大股で歩くコールの後ろを、ネビュラがちょこちょこ駆けていく。すれ違いざまに、ネビュラは俺にぺこっと頭を下げた。


「ああ、それとな」


 だいぶ俺から離れたところで、コールが足を止めた。

 振り向くなり、【ブラス・フリントロック】の抜き打ち。受け止めた盾の表面で、火花が散った。コールは気だるげに笑った。


「消えてくんねえかな、ガメーから」

「は……? なんで?」

「ナメられたから」


 それ以上の説明はせず、コールはさっさと歩きだした。

 ナメられた……? 向こうが勝手につっかかってきて、俺は自分の身を守っただけだ。それがナメられたってことになるのか?

 あまりにも理解できなくて、怒りすら湧かなかった。だから他人はイヤなんだ。頼むから、ホワイドボードを使って発言の意図を説明してくれ。

 

 まあ、消えろという話は理解できた。ガメーにこだわる必要はないのだ。別の場所に行くのがなんとなく怖くて、ズルズルと居続けただけなのだから。


 ファストトラベルしよう。北アルドー針葉樹林帯なんてどうだろう。静かに暮らせるかもしれない。


 移動先を選定していると、


「勇者様!」


 いきなり誰かが、俺に飛びついてきた。俺はその場にひっくり返った。


「……は?」


 仰向けになった俺に馬乗りになっているのはキャスケットとオーバーオールを着た子供だった。


 なんだコイツ。


「見てたよ。キミ、勇者様なんでしょ? ボクたちを救ってくれたんだ!」

「ええと?」

「ボクはルー! ガメーのNPCさ!」


 NPCが一方的にメチャクチャ喋ってくる。


「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「アハハ! 勇者様はウソがヘタだなあ! だって悪者をやっつけてくれたじゃないか!」


 一笑に付された。どういうつもりだ。ホワイトボードを持ってきてくれ頼むから今すぐに。


「だから、俺はたしかに勇者だけど」


 俺は説明しようとした。


「ほら! ボクたちを助けに来てくれたんだ!」


 駄目みたいですね。


「ささ、勇者様。どうぞこちらへ」


 俺の上からどいたルーは、おどけた仕草で深く一礼した。


「ささやかですが、食べ物をご用意いたしました」


 食べ物という単語に、俺は反応してしまった。そうだ。インベントリ内の食料は尽きている。俺は今、絶望的に空腹だ。

 

「どうぞどうぞ!」


 ルーに手を引かれ、俺はフラフラと歩きだした。



 ガメーの貧民街。石造りの低い建物の上に、違法の木造建築がメチャクチャに建て増しされた、薄暗い一角。

 ルーはボロボロのアパートの小汚い一室に俺を引っ張り込んだ。


「こんなんだったのか」


 この辺りで発生するクエストに用はなかったから、一度も来たことがなかった。しかしまあ、よく作り込んである。窓にはガラスがはまってないし、ベッドは腐りかけて異臭を放っているし、テーブルと椅子はガタついている。


「はい、これ。今朝の残りだけど」


 差し出されたのは、水みたいなスープだ。なんらかの肉の切れっぱしと割れた豆が浮かんでいる。

 すすってみると、信じられないぐらいまずかった。油を浮かべた水の味だ。

 それでも空腹が勝った。俺はスープを二杯飲み干して、がたつく椅子に背中を預けた。ぼやーっとした気分だ。血糖値がビンビンに上がっている。


「ここ、もともとは五人で住んでたんだけどね。みんな逃げ出しちゃったんだ。残ったのはボクだけ」


 割れた茶碗に再下等の酒を注ぎながら、ルーが身の上話を始めた。


「こういうときこそチャンスなんだ。人間が来なくなって世界がデタラメになったときこそ、ボクの出番さ」


 俺は気のないあいづちを打った。うかつに話を進めると、クエストが発生したりしかねない。ルーが男なのか女なのかも分からないが、興味もないし面倒ごともごめんだ。


「ボクは詐欺師だからね。世界の仕組みが変わった時こそビジネスチャンス!」


 黙って酒をすする。ワインかなにかだろうが、酸っぱいし変な臭いがする。酢になりかけてるんじゃないか、これ。


「せっかくこの世界での新しいビジネスを考えていたのに、あんな連中が来るなんてさ。困ったもんだよ。ね、勇者様」


 ベラベラとまあ、よくしゃべるものだ。俺は黙って酒をチビチビやった。


「でも勇者様がいるんだったら安心だよね。あの【ベンチュラ】ってやつらをやっつけてくれるんでしょ?」

「だから、俺は……」


 さすがに反論しようと思った俺の声を、シュゴオオオオ……みたいな爆音がかき消した。多重録音みたいな、大量の音だった。


「なんだろ。勇者様、行ってみよう!」


 ルーが飛び出した。俺はしぶしぶ、その後を追いかけた。


 外壁に取り付けられた梯子を上って屋上に出ると、表通りが見下ろせた。


「うわー……見て、勇者様。いっぱい来ちゃった」


 表通りには、六機のシャークーン。遺跡みたいな場所にメカのサメがずらりと並んでいるのは、ちょっとした見ものだ。


 シャークーンから次々に降りてきた人間は、総勢で十二人。赤く染めた【シープスキン・ダブレット】の右肩には、紋章。さっきコールが言っていた『後続』とはコイツらのことだろう。

 残ってるヤツ、結構多いんだな。ゲームに人生を賭けた人間が多すぎる。


 ガメーの連中も、負けてはいない。バケツヘルムにハルバードを装備したガメー騎士団総勢三十人が、臨戦態勢で待ち構えていた。


「かかれッ!」


 号令一下、ガメー騎士団がハルバードを構えて突っ込んだ。

 どうなったかと言えば、勝負にならなかった。切り結ぶ一合、スキルのエフェクトが表通りを眩しく照らし、光が引いた後には這いつくばる騎士たち。


 ガメー騎士団のNPCは、だいたいLv5だ。ホームタウンだから低レベルなのは仕方ない。

 【ベンチュラ】の人間たちは、ぶちのめした騎士たちには目もくれず、ガメーの表通りをうろうろしはじめた。


 逃げようとするNPCを捉えて袋に突っ込む。槍でNPCを壁に縫い留め、血を吐いてもがくのを見てゲラゲラ笑う。服を引き裂いて組み伏せる。


「すごいな。北斗の拳かよ」


 俺は感心して唸った。さっきも思ったけど、要領の良い連中だ。あんなもん、楽しいに決まってるよな。徒党を組めるぐらいのコミュニケーション能力があるなら、現実でもうまく生きていけるのでは?


「……ひどすぎる」


 ルーが、拳を強く握った。


「ひどすぎるよ、勇者様。あんなの、あんなの……! どうにかならないの?」

「どうにかって、あいつらを殺せってことか? 無理だな」

「どうして!」


 この際だ、もうはっきりこっちの言いたいことを言おう。NPCだろうが人間だろうか、なにかを押し付けてくるやつは全力で遠ざける。俺はそうやって生きてきたのだ。


「まず、俺にはその気がない。次に、フィールドPKであの人数には、絶対に勝てない」


 フィールドPKは、サービス終了が決まってヤケクソになった運営が無理やり実装したものだ。整合性とかバランスを取ろうみたいな意思など最早なく、突貫工事でシステムを突っ込んだだけだった。それ故に、仕様のスキをついた無数の必勝テクニックがいくつも編み出された。


「基本的に、4対1になったらまず負ける。どれだけレベル差があってもだ」


 ルーはキャスケットのつばをつまんで俯いた。


「勇者様にも、無理なんだね」

「無理だ。だから諦めろ」

「……アハハッ!」


 いきなりルーが笑った。わけが分からん。


「勇者様はウソがヘタだなあ! 作戦を練ってるんでしょ? ボクを騙そうったってそうはいかないさ。だってボクは騙す側だからね!」


 なんだってコイツはこんなに自信満々に、会ったばかりの他人の内心を言い当てようとするんだ? しかも間違ってるし。


「ああ、なんで俺は俺なんだ……」


 ルーは俺のクラスがたまたま勇者だから誤解しているだけだ。これが他のアカウントだったら、こんな面倒なことにはならなかっただろう。リリがよかった。リリだったら一人で生きていられたのに。


「ボクもできる限りのことはするよ! いっしょに【ベンチュラ】を倒そう!」


 他のアバターだったら、もっと自信満々につっぱねることができただろうか。だが俺はレシア・ロー。なにもかもが中途半端な勇者だ。

 俺は黙って突っ立っていた。バックレることすらせずに。


「あのさ、勇者様」


 ルーは、眼下で好き放題する【ベンチュラ】のクズどもをずっと睨んでいた。


「アイシェ……最初にあの、コールってやつに撃たれた子。知り合いなんだ」


 頭の半分を吹っ飛ばされながら、死ぬこともできずに苦しんでいたNPC。残った右目は、俺を見ていた。助けを求めていた。


「なんで、あんなことするのかなあ。だって無駄でしょ? ボクたちは死なないんだから」

「楽しいんだろ。それが」

「たくさん、ひどい目に遭わせられるから?」

「ずっとそうだった。これからも続く。前よりもひどい形で」

「でも勇者様は違うよね? だって、やっつけてくれたんだから」


 俺は答えなかった。

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