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俺、俺と出会う①

 俺ことケモ耳のじゃロリアバターは、【北アルドー針葉樹林帯】をフラフラと歩いていた。ログアウトできなくなってからもう一週間になる。俺の本体がどうなっているかはもはや全く分からないが、仮想空間のケモ耳のじゃロリアバターだって腹は減る。そろそろ死んでもおかしくない。


 万涤尔ワンダラー集団がリリースしたVRMMO『完整領土ドミニオン』には、そもそも大きな問題があった。ごく簡単に言うと、NPCとすけべなことができるのだ。いつの時代も技術を動かすのは戦争とえちえちの実である。

 会員制の仮想リゾート空間とMMORPGの融合。それが完整領土のコンセプトだった。リアルでは到底できないようなことも、仮想空間内のNPC相手だったらやりたい放題だ。

 例えば“異端審問”というクエストがあって、魔女扱いされた美少女NPCをムチャクチャにできる。これには魔女側がプレイヤーキャラのイベントもあって、その場合は美青年異端審問官NPCにちょっと強引にムチャクチャにされる。


 その結果、何が起きたか。


『NPCだろうと残虐に傷つけることはよくない』


 だとか、


『AIの人権を守ろう』


 だとか、火の手が上がったのだ。大炎上だった。アメリカの山火事ぐらいよく燃えた。

 こうして完整領土はローンチから三年であえなくサービス終了となった。いま考えると、よく三年も続いたと思う。AIに人権があるのか、みたいな話はともかく、こんなにポリコレ棒で殴りやすいゲームもなかった。むしろ、最初から殴られたかったとしか思えない。


 さて、困ったのはこのバ美肉ケモ耳のじゃロリ複垢おじさんである。社会が辛すぎてドロップアウトした俺は、貯金の全てを完整領土に突っ込み、商売をはじめた。八つのアカウントを巧みに捌いて、RMTリアルマネートレードで食っていたのだ。

 マーケットに貼りついてレアアイテムを購入。七つのアカウント間で転がして価値を吊り上げ、高値で売り抜ける、とか。

 物価の違うサーバー間を行き来してアイテムの差額で儲ける貿易とか。

 あるいはもっと直接、ゲーム内通貨を売ったりとか。


 他の誰とも関わらず、粛々と金を稼いでいた。プレイヤーキャラだろうがNPCだろうが、他人は無理だった。RMTは天職だった。誰とも関わらずに生きていけた。


 完整領土のサービス終了と同時に、死のう。そう誓って、サービス終了のその瞬間までログアウトせずにいた。全てのアカウントでログインし、最後の最後までこのゲームと一緒にいるつもりだった。


 ところがゲームは終わらず、俺はケモ耳のじゃロリアバターとして最期の時を迎えつつある。辺り一面、代わり映えのしない森だ。

 インベントリ内の食料はとっくに食い尽くした。このアカウントはバトルコンテンツ用で、生産職は取得しているが、北アルドーは採取も狩猟も必要レベルが高すぎて無理。つまりここから先、食べ物を得られる見込みはない。


「おなか空いた……のじゃ」


 ケモ耳のじゃロリアバターらしく、語尾にのじゃを付けてみた。腹が減りすぎて苦笑すら湧いて来ない。

 全身がブルブル震えるし、頭がめちゃくちゃ痛い。完全に低血糖だ。たしかにサービス終了と同時に死のうとは思っていたが、こんなむごたらしい終わり方をするとは思わなかった。


 なんかくだらない石みたいなものにつまづいて、ケモ耳のじゃろりアバターの体が宙に浮いた。もうまったく抵抗できなかった。俺はゆっくりと倒れていった。


 ぽふ。


 顔面に柔らかい感触。


「んえっ」


 女の声。


 ぽふ、の反動で跳ね返された俺の前に、長身の人影。思わず見上げる。


「はえー……すっごい大きい」


 めちゃくちゃ胸のでかい女だった。でかすぎて顔が見えない。


「え? え?」


 おっぱいが喋った。困惑しているようだ。


「うそだろ」


 なおも困惑するおっぱいが、数歩下がった。


 サラッサラの銀髪に真っ黒な巻角、金色の瞳孔に青い肌。右目に傷。ピッチピチの水着みたいな黒い服。リリムのアバター。恐らくプレイヤーキャラ、つまり人間だ。

 俺とリリムの目が合う。二人とも、まったく同じ表情を浮かべている。呆然というか、虚脱というか。


「…………俺?」


 俺たちはふたり同時に口を開いた。


 右目の傷と極端なおっぱい。28時間かけてキャラメイクした記憶が甦る。


「まさか……のじゃ・L0l1?」


 リリムアバターが、ケモ耳のじゃロリアバターの名を口にした。人の口から聞くとひどい名前だな。『loli』も『ロリ』も『口り』も使えなかったからこうなったんだけど。

 これで、はっきりした。

 目の前のコイツは、俺のアカウントの一つ、リリ・リリムだった。


「なんだこれ……俺が二人いる?」


 リリがめっちゃ戸惑っている。俺も同じだ。なんでこんなことが起きてるんだ?

 しかし俺は飢え死に寸前で、まともに考える力がカケラも残っていなかった。二人いようと問題ない。もうすぐ餓死して一人減る。


「ああ、腹減ってんだな。俺……オマエ、え? なに? オマエは俺で、俺はオマエで……」


 一瞬、リリは深い混乱の中に沈み込みつつあったが、銀髪を振り乱して首を振った。


「そこじゃないな。まずそこじゃない」


 トレード画面が開かれた。内容確認せずに承諾すると、インベントリ内に【カワカマスのステーキ】が追加された。Vit+30、STR+25、EXP+2%の料理だ。作成難易度は高く、戦闘職の間では重宝される。

 そういえばリリには生産職カンストさせてたな。ありがたくいただこう。

 【カワカマスのステーキ】を実行する。俺の手に、ナイフとフォークが現れる。それから、皿の上で湯気を立てる魚のステーキが地べたに出現した。


「あ、い、いただきます。ありがとうございます」


 俺はおずおずと礼を言ってその場に膝をつき、魚にナイフを入れた。


 一口ほおばる。白身はむぎゅっと噛み応えがあって、レモンの香りと塩気がうれしい。油をまとった皮はパリパリだ。


「全部のアカウントでログインしてたから……か? 俺が最後に操作していたのは、のじゃロリだよな」


 リリはブツブツ言っていた。俺は魚を食うのに忙しかった。


「じゃあ俺はなんで……俺は俺なのか? なんだこれは……どうなっているというのだ……そもそもサービス終了したはずだろ」


 俺も全く同じ気持ちだった。立て続けに意味が分からない。


「多分だけど」


 俺は手についた油をぺろっとしながら口を開いた。


「AIの人権を守れ、みたいな話になってたろ。それで、サービス終了後もサーバーを動かしてるんじゃないか」


 仮説を口にすると、リリは顔をしかめた。


「サーバーダウンはNPCの大量虐殺になる。俺いま、まったく同じこと考えてた。のじゃロリ、やっぱり俺なんだな。てことは、俺たちは?」

「そこから先は分からん」

「だよなあ」


 俺が俺と喋っているだけあって、話が早い。とにかく俺たちは、サーバーが落とされるまでこの世界で生きていくのだろう。


「リリはなんでこんなところに? オマエ……俺? いや、なんでもいいか。リリにはガメー砂漠でプラチナ掘らせてたろ?」


 ガメー砂漠は北アルドーからずっと南、直線距離で一万キロはある。


「世界に何が起こったのか確かめたくてな。フラフラしてた」

「なにか分かったか?」


 予想できていたことだが、リリは首を横に振った。俺は『わかるよ』と頷いた。


「コミュ障だからな。村でも城でもNPCに近づけなかったんだろ」

「さすが俺だな」


 当たり前だ。俺が俺と何年付き合ってきたと思ってる。


「で、これからどうするか……って、こういうフリ無駄だよな。同じこと考えてるんだから」

「ああ。俺たちはコミュ障だ。このままひっそりと生きていきたい」

「山小屋を建てて、マスでも釣って暮らす」

「最高だな」

「その前に一つ提案なんだが」

「うん、分かる。一瞬、自分が喋ったのか相手が喋ったのか分かんなくなるよな。同じこと同じタイミングで思ってるから」

「オマエ、のじゃ付けろよ語尾に。俺、リリムっぽくしゃべるから」

「分かったのじゃ」


 こういうロールプレイ、他人相手だとめっちゃ照れて嫌だけど自分相手なら普通にできるな。絶対に笑われたりイジられたりしないって確信があるから。


「俺……あたし……私……リリ……」


 一人称で悩みはじめた。リリムっぽい喋り方って難しいよな。のじゃロリは『わらわ』と『のじゃ』だけで成立するから楽だ。


「わたし、うん、わたし。敬語キャラで行きましょう。おねえさんです」


 決まったらしい。えっちな格好なのに穏やかな敬語お姉さんという落差を狙ってのことだ。これでキャラ被りを避けることができた。


「必要なのは火、水、小屋、食べ物ですね。まずは流れのある水場を見つけましょう。場所を決めたら、わたしは【アルドーパイン原木】と【カワカマス】を集めてきますので」

「わらわは【粘土】で【ロケットストーブ】と【瓦】をつくるのじゃ」


 のじゃロリはギャザリング・クラフティングともにカスみたいなレベルだが、低レベルの【粘土】ぐらいは採取できるし、火おこしのための【ロケットストーブ】も作成できる。役割分担だ。


「さあ、出発です!」

「のじゃ!」


 こうして、俺と俺によるサバイバルが始まった。

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