理解者は意外と身近に
アドリアーナたちが談話室に到着した頃には、既にヨランダによってお茶が蒸らしてあった。どこで捕まえたのか、騎士も二人呼んである。自分の侍女の手腕に、アドリアーナは感心した。これですぐに話ができる。
外交官にソファーを薦め、自分はその対面に座る。もちろん扉は全開。二人の騎士のうち一人にも中に入ってもらっている。ただ一人の官吏と話すのにここまでするのも面倒臭いが、相手が異性である以上、王妃が浮気をしているなんて醜聞は、誤解であっても流せない。王との仲が険悪であるなら、なおさらだ。
醜聞は、真偽に関わらず弱味になる。その弱味を握られたら、面倒事しか起こらない。
「今宵の食事には大変驚かされました」
お茶が配られたところで、ドレスラーはそう切り出した。
「まさか、この国であれほど美味しい食事がいただけるなんて! 夢かと思いました。あの食事は、妃殿下が手配したものなのですね?」
どうやら本気で感動しているらしい外交官に、アドリアーナは唖然としたが、なんとか笑顔を取り繕って肯定する。
「ええ。陛下に我が儘を言って、任せていただきましたの」
「やはり。そうなのではないかと思いました」
神妙に頷いている様子から、どうもこのドレスラーはこの国の料理に期待していないことが窺えた。なんとも意外である。この国の人間は、あの塩辛い料理を本当に美味しそうに食べていたのだから。
「あの食事は、貴方の口に合いましたの?」
「我々外交官は、その役職の通り、諸国へ赴きます。その際に食事に喚ばれますので、その、本当の食事の味というものを知っているのです」
国外に出るようになった当初は、やはり味が薄いと感じたようである。しかし、周りの評価に耳を傾け、その"味の薄い”食事を食べ続けているうちに、舌がそちらに慣れてきて、良さを判るようになったのだという。
「この国にいる間はどうしていらっしゃるの?」
まさか我慢して食べているのか、と訊いてみると、
「私も含め、外交官の大半は、異国から料理人を連れ帰り雇っておりますので、普通の味の食事を」
「何よそれ、ズルいわ」
「え?」
「……いえ」
思わず素で、本音が出てしまったのを慌てて誤魔化す。
アドリアーナも故国から料理人を連れてきてはいるが、王妃という立場上、この王城の料理人の料理を食べないわけにはいかず、辛い思いをしていたのだ。
羨ましいことこの上なかったが、気を取り直してドレスラーに問いかける。
「それで、その話をしに来たわけではないのでしょう?」
食事が美味しかった、なんて話は立ち話で充分。アドリアーナについてきてまで話すようなことではない。
つまり、なにか別の用件があるのだ。
「妃殿下には、今後も是非、外交の場での料理の采配をお願いしたいのです」
「それはそのつもりですが……理由を伺っても?」
「この国の者では、塩辛い料理しか出しませんから」
まあ、それはそうだろう。そしてこれまで作り続けてきたのを知っている以上、急に変えてくれとも言いづらいものである。
「それに、本日の料理を見て、妃殿下がこの国のことを考えてくださっているのではないかと思ったのです。料理の主役のほとんどがこの国の特産物だったのは、やむを得ずというわけでもないのでしょう?」
「それはもちろん。外交の上で肝心なのは、自国のことを知ってもらい、その上で気に入っていただくこと。他国の物でもてなしても、お客様はお喜びになりませんもの」
アドリアーナも王女時代から外交を担い、短期間とはいえ他国へ赴くことがあったが、食べ慣れた物より、その国ならではの食事を出してもらった方が嬉しかった。多少舌に合わないこともあるが、異文化に触れるのだからそれも醍醐味。
……もっとも、この国はあまりに過剰であるからして、当てはまらなかったのだが。
「私たちも同じ認識です。そして満足の行く食事は、国賓の気を良くし、交渉の後押しにもなります」
お陰でプラミーユとの交渉も上手く行きそうです、とその外交官は言った。
「しかし、我らでは料理を改変することまではできません。ですので、食通と名高いアドリアーナさまのお力をお貸ししていただきたいのです」
少しだけアドリアーナは眉を顰めた。食通、という言葉を知っているということは、故国でのアドリアーナの評判も耳にしていたのだ。
アドリアーナは、故国でも王族として少なからず政治活動に関わっている。それを知っていて、何もさせず一年放置されてきたというわけか。
そう思うと、少し腹が立ってきた。
「少し、図々しくはありませんこと? 私、これまででしゃばるなと言われ続けたのですけれど」
少し意地の悪いことを言ってやれば、相手はたちまち萎れていった。ちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、見た目が気弱そうなだけに、かえって罪悪感を覚えてしまった。
「それは……申し訳ありません。私どもも、妃殿下が政務に参加すると仰ったので、ケレーアレーゼがザルツゼー政権に介入しようとしているのではないかと警戒していたのです」
「まあ、そうですわよね」
あちらは小国、こちらは大国。なんの脈絡もなく、いきなり大国側に王女を嫁に取り妃に据えろなどと言い出されたら、吸収や属国化を疑ってしまうのも無理からぬことである。
実情は、国内での王女の扱いに困ったというだけ、ついでに塩をもう少し融通させてほしいというだけなのだが。弱い立場では、変な勘繰りをしてしまうのも仕方のないことかもしれない。
少しだけ、アドリアーナは許すことにした。
ともあれ、風はこちらに吹いてきているのを、アドリアーナは感じていた。この機を逃す手はない。
「私、この国の料理を自分好みに変えてやろうと思っているのですけど、協力していただけるかしら」
「妃殿下がこの国のことを考えてくださる限りは」
「当然ですわ。生まれは他国だろうが、お飾りだろうが、私はザルツゼーの王妃ですもの」
王族である以上、国のことを考えるのは当然だ、と幼い頃から刷り込まれている。国とはケレーアレーゼに限らず、自分が今王族としているところ。アドリアーナの場合はザルツゼーだ。
アドリアーナが守り、尽くすべきはケレーアレーゼにあらず。このザルツゼーだ。
だからこそ、この国のためにも、料理を変えてやろうと決意する。
「それでは、よろしくお願いいたしますね」
※※※
それから一年掛けて、アドリアーナは城内の食事を変えていった。
他国の使者を迎えた食事会については、料理長ギーツェンとフォサーティ、そして外交部の官吏を交えてメニューを決め、使者の口に合いつつも自国の特色を生かした料理を提供した。
これを繰り返すこと五回。当初味付けに悩んでいた料理人たちも回数を重ねて評価を得ていくうちに"薄い味”の調理に慣れていった。そのうちに、城内で出される食事もだんだん薄いものに変化していったのである。
……もっとも、これは王には不評で、王と側妃の周辺だけはこの国の"伝統的”な味付けのままであったのだが。
また一方、貴族たちに対しても薄味の食事が広まりつつあった。プラミーユをはじめとした他国の使者たちが賞賛したという料理に興味を持ち始め、取り入れだしたのである。
はじめは流されるままに食べていた貴族たちだが、次第に薄味に舌が慣れていき、今では王妃の出す食事全てが流行の最先端を行くことになった。
こうして、アドリアーナ王妃がケレーアレーゼより嫁いできて二年。ザルツゼー城の食事は劇的に変化しつつあったのである。