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誤解されぬよう気をつけて

 アドリアーナが故国にいた頃、何か我が儘を言って料理やお菓子を作ってもらった後は、調理場まで出向いて直接自分の感想を伝えるようにしていた。王族が寄るような場所ではないと窘められた事もあるが、アドリアーナにしてみれば、我が儘を叶えてもらった以上、自分の口で感想と感謝を言うのが最低限の礼儀だと思っていたのである。

 今回もまた、その信念に従った。晩餐会の後となるので夜も遅く、厨房は片付けで忙しくしていたが、手は止めなくて構わないから、と断りを入れて、今回の料理の評価を述べたのである。

 評価といっても、今回はアドリアーナ自身のものでなく、プラミーユ大使のものだ。客人の好みを反映させたのだから、どうせ聴くなら彼らの意見を聴きたいだろう。ついでに、美食の国の人間が誉めたということで、今回作った料理が良い物だ、と料理人たちに刷り込むという目的もある。

 料理人たちの反応は戸惑ったものが多かったが、それはアドリアーナが急に訪ねてきたこともあるだろう。彼らがどう受け取ったのかは後々フォサーティに調べてもらうことにする。


「それで、妃殿下としては如何でした?」


 厨房から部屋に戻る途中、静まり返った廊下で、お見送りの名目でついてきたフォサーティが尋ねる。


「美味しかったわ。でも、今回ばかりは仕方がないと分かっているけれど、もう少し彩りが欲しいわね」


 切って、焼いて、皿に載せただけ。別にそれでも構わなくないのだが、王城で出す接待料理なのだから、もっと芸術性が欲しかった。料理は視覚から、とも言う。見た目にも楽しい料理であれば、相手にもっと喜ばれることだろう。


「確かに、家庭料理の延長といった感じは拭えませんね。おいおい働きかけてみます」

「お願いね。……うまくいきそう?」

「はい。あんな料理ばっかり作っていても、彼らも料理人ですから」


 少し好奇心をくすぐってやれば、料理に対する探究心を発揮するだろう、とフォサーティは言う。他国の味覚にあった食事もそのうち積極的に作るようになる、との見解のようだ。

 厨房でアドリアーナに対する反発心が全くなかったところを見ると、あながち間違いでもないのかもしれない。


「……なんか、結局乗っ取りになってしまったわね」


 これ以上は不要、とフォサーティを送り返した後、アドリアーナは付き添っていた二人の侍女にそう溢した。


「致し方がありません。この国の料理が非常識であるのが悪いのです」


 無表情に言う古馴染みの侍女エミーリアの隣で、もう一人の侍女ヨハンナがうんうんと頷いている。茶髪に茶色の目と素朴で温かい雰囲気を持ったヨハンナもまた、アドリアーナが故国から連れてきた侍女だった。


「ただ、このまま食の味が薄れた場合、コリンナさまの件で不都合が生じてしまうのが難点かと」


 エミーリアはぼかして言ったが、アドリアーナは何を指して言ったのか直ぐに把握した。幼い頃から一緒に育ってきたエミーリアは、侍女であると同時に、アドリアーナの懐刀でもあった。情報収集や情報操作、護衛から隠蔽工作まで色々と行う優秀な手先だ。それから少し後ろ暗いこともやっていた。今回の件もその一つ。


 アドリアーナは、コリンナに薬を盛っていた。毒薬ではない。避妊薬だ。今さら王の寵愛など知ったことはないが、アドリアーナは王との間に子だけは生さなければならない。そのときに側妃の子供がいると、後々厄介事になってしまうので、それを避けるためだった。

 アドリアーナも鬼ではないので、側妃が生涯子を宿せなくなるような強い薬は盛っていない。女性の体調管理にも用いられるような弱いものであるのだが、甘めに作られていた。

 つまり、食事に混ぜるとバレやすい。

 この国の濃い食事は、その甘さを隠すのにはうってつけだった。


「仕方がないわ、こればかりは」


 ただ側妃に薬を盛りやすいから、というだけでは、この国の食事を我慢する理由にはとても足らない。それよりもこの国を訪れた客人に不快な思いをさせない方が問題である。

 側妃に子ができても問題ないよう、アドリアーナがこの国での王妃としての権威をそれまでに作れば良いだけの話。

 今日の晩餐会はその足掛かりになったはずだ。


「気長にやっていきましょう。どうせ暇なのだし」

「かしこまりました」


 さて、とアドリアーナは気合いを入れる。自室に戻る前に、行きたいところがあった。王の執務室である。

 晩餐会が終わったあと、王が外交官をつれてそこへ向かったのを知っていた。側妃のもとに行ったのではないならば、早いうちにこの件について話しておきたかったのである。

 今回、正しかったのは誰か。

 今後の接待を誰が取り仕切るのか。

 この辺りをはっきりさせなければ、アドリアーナはいつまでもお飾り王妃のままである。例え思い通りに食事が変わったとしても、アドリアーナはそこに甘んじる気はなかった。


 いざ乗り込まん、と王の執務室が十数歩先まで迫ったところで、その扉が開いた。出てきたのは、今日の晩餐会に同席した若い外交官である。


「夜分遅くまでご苦労様ですわね、ドレスラー外交官」


 飲んでいるにしては早く出てきたな、と思い、アドリアーナはその男に声を掛けた。扉を静かに閉めた彼は、恭しく頭を下げる。


「妃殿下は、陛下に御用事でしょうか」

「ええ。今日の会食について、お話があったのですけれど」

「では、僭越ながら、今晩はお止めになった方がよろしいかと。たった今私もその件で意見を申し上げ、陛下のご機嫌を損ねてしまいました」


 これは少し意外に思った。てっきり、外交官と愚痴を言い合っているのかと思っていたからである。


「そう、なら明日にいたしますわ。ドレスラーもお疲れ様でした。陛下の事は気になさらず、今日はゆっくりとお休みになられてくださいね」


 そうして踵を返したところで、「妃殿下」と呼び止められた。


「お部屋までお送りしてもよろしいでしょうか。道中、お話をしたいことがございます」


 これは困った、とアドリアーナは頬に手を当てた。送られるのはまずいが、中途半端な時間に王の部屋から出てきたこの男の話には興味がある。

 アドリアーナはちらりと侍女に目を向けた。エミーリアは意を汲んで小さく頷き、隣のヨランダに指示を出すのを見た後、ドレスラーに向き直った。


「私の間男になる気がないのでしたら、サロンの方でよろしいかしら? 今、お茶を用意させますわ」

「はい、ご無礼をいたしましたっ!」


 くす、とアドリアーナは小さく笑う。顔を赤く染め、背筋をピンと伸ばしてかくかくとおもちゃのように首を振ったドレスラーは、年上ながらにかわいく思えた。王よりも若い年齢で大使の案内を務めるのだから、さぞ優秀なのだろうと思っていたのだが、どうも男女の駆け引きには疎いところがあるようだ。

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