晩餐会の感想は
プラミーユの大使との晩餐会の後、ブルクハルトは外交官フィリベルト・ドレスラーを連れ、執務室に戻った。
実に味気ない食事であった。腹は満たされているのに、舌が満足していないせいで、物を食べた気が全くしない。だから酒とチーズでやり直そう、と考えたのだ。
ドレスラーも呼んだのは、今回大使の案内をしたのを労うため。それと、王妃の出した料理の感想も訊くためである。
「此度の食事、どう思った」
ソファーを勧め、使用人に出してもらったこの国自慢のウィスキーを揺らしながら、ブルクハルトはドレスラーに問いかける。彼はしばしグラスに視線を落として悩む素振りを見せ、やがて口を開いた。
「この国の食事にしては、だいぶ薄味だな、と」
「そうだろう!」
この国の同志からの賛同を得られたと思い、ブルクハルトは喜んだのだが、ドレスラーの顔には厳しい表情が浮かんでいた。
「ですが、大使は非常にお喜びでした」
信じられん、とブルクハルトはこぼした。
本当に、味がしないと言ってもおかしくないほどに薄い味付けであったのだ。サラダとスープは青臭く、ヴルストは塩分が落ちた所為か、食べにくい味となっていた。メインの肉は汁気ばかり。ソースは掛けてあったが、見た目に変化がついただけとしか思えない味のなさ。
あのような食事が喜ばれるなんて、到底考えられない。他の理由があるとしか思えなかった。
「……どうせ、王妃が他国の食材を仕入れてきたのだろうよ」
見知らぬ料理もあったことだし、なにか贅沢な品を使うなりすれば、美食家を唸らすこともできるのかもしれない。そうでなければ、あのような料理でも大使を納得させることなどできないはずだ。
そう思ったのだが、ドレスラーはこれを否定した。
「あの食事にはほとんど我が国の農産物が使われております」
「なんだと!?」
「香辛料も使われていたのは最低限で、口直しのソースくらいでしょうか、他国のものは」
「…………」
聞き流していた王妃の説明を思い返してみる。キャベツ、玉ねぎ、生ハムに、ジャガイモ。確かにこの国の農産物だ。鶏を焼くのに使ったウィスキーも、昔からこの国にある酒。そして、口直しに出たヨーグルトとやらは牛の乳から、デザートのアイスクリームは乳と卵からできたものであるという。
「あの……」
おずおずとドレスラーが口を開いた。
「今回の食事が妃殿下の用意されたものなのでしたら……これからも、客人を招待される際は、妃殿下に料理をお任せしてはどうでしょう」
いずれ近いうち、王妃が申し出てきそうな事を、あろうことかこの国の外交官が口にしたのだから、ブルクハルトは耳を疑った。目の前の人物は味方だと思っていたのに、ひどく裏切られた気分になる。
「しかし、王妃の出した食事は、この国の伝統に沿ったものではない」
自国の農産物を使ってああなるということは、つまり素材を殺しているということだ。そんなものはとても認められるはずがない。
「そうかもしれませんが、アドリアーナ様がケレーアレーゼにお住まいの時、食通の王女として有名でした。妃殿下であれば、他国の大使の喜ばれる食事の用意ができるかと存じます」
食通、と口の中で繰り返す。この国の食事を貶し、自分に雑草を食べさせたあの王妃が。そして、その女が出した食事を、美食の国の大使が喜んだ。
もはやブルクハルトには、美食というものが解らなくなってきた。
「それに、正直に申し上げまして、他国の使者にここまで食事を誉めていただいたのは、はじめてです」
この突然の告白には、ブルクハルトも愕然とした。ブルクハルトも自慢の料理が、他国の者には不評だったなど、信じられるはずがない。気を遣っていただいたのです、とあの王妃の高い声が脳内に再生された。
もし、それが本当だったなら?
これまで自分は、この国は、如何に滑稽だったのか。
ソファーの背にもたれ掛かり、片手で顔を覆う。どっと疲れが襲ってきた。
「……検討する」
今はとりあえずそうとだけ答えた。衝撃の事実を、今は受け入れられそうにない。
ウィスキーに手を伸ばし、グラスに残っていた分を飲み干す。一つ息を吐いたあと、半ば睨むようにドレスラーに視線をやって、追い出すように手を振った。
「もういい。下がれ」
自分で呼びつけておいて悪いと思ったが、お互いこの気まずい雰囲気に耐えることはできないだろう。自分にも相手にも負担を掛けないようにするには、ここでお開きにするのが良いと感じた。
自分の身勝手に不平不満を表すことなく、失礼します、とドレスラーは静かに部屋を出る。それを横目で見送ってから、ブルクハルトはウィスキーの瓶を取った。
琥珀色の液体が溶けた氷に薄まったのを見て、なんとなく気が乗らずにグラスをテーブルの上に戻した。
もう今日は、飲んでも楽しめる気がしなかった。