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系統が違うのだから仕方ない

 肩口で切り揃えたブルネット。アーモンド型の黒い眼。キリリとした眉と、艶やかな朱唇。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ理想的な体型。男性の半分くらいが理想とするだろう女性が、図書室に行こうとするアドリアーナの前に現れた。


「ごきげんよう、王妃様」


 ハスキーな声でアドリアーナに挨拶し、自信に満ちた笑みを浮かべる。髪を切っていることから貴族らしからぬ、しかしアドリアーナに負けず劣らず良いドレスを身につけたこの女性こそ、ザルツゼー王ブルクハルトの側妃にして寵妃コリンナである。


「ごきげんよう、コリンナ様。どちらにおいでになったのです?」


 コリンナの背後で侍女が顔をしかめている。挨拶してすれ違うのもなんだからと世間話を振っただけだというのに。おそらく詮索しているとでも思ったのだろうが、それは邪推というものだし、そもそも他人の前で感情を表に出すのは侍女として如何なものだろう。

 アドリアーナは自分の背後にいる侍女の顔を思い浮かべる。故国から連れてきた侍女の一人であるエミーリアは、まるで鉄仮面でも着けているかのように、いかなるときも眉一つ動かない。彼女の場合は過剰なきらいがあるが、少しは見倣うと良い。


「実は、陛下が私のお部屋に書類をお忘れになってしまわれて。お届けに参るところです」

「まあ……そうでいらっしゃったの」


 少し得意そうに相手が言うのを、何も気付かない振りをして受け答える。牽制してくる相手に苦笑する一方で、忘れ物をしたという国王に呆れ返った。彼女の台詞が本当であるとして、側妃の居室に仕事の書類を持ち帰り、あまつさえ忘れるとは何事だ。そこから政敵に情報が流れてしまう可能性を考えないのか、それともそれだけこの側妃を信頼しているのか。


「それはきっとお困りですわね。コリンナ様、早く届けて差し上げて」


 彼女のちょっとした悪意に気付かない振りをして言うと、側妃は少し面白くなさそうな表情で、そういたします、と答えた。

 正直、アドリアーナはこの側妃に対しては腹を立てていない。故国ケレーアレーゼでも王は側妃を迎えていたのでその存在を疎ましく思うことはないし、結婚に夢見ていたわけではないから嫉妬もしない。

 それよりも、この側妃ばかりを担ぎ上げ、正妃であるアドリアーナに表向きだけでも敬意を払わない周囲のほうが気に入らない。官吏も使用人も、ついでに王も、ただ気に食わないというだけで相手をぞんざいに扱うなんている子供みたいな真似はやめてもらいたい。


「それでは失礼いたしますわ」


 礼をとって、側妃の横をすり抜ける。側妃の訝しげな表情と侍女の疎まし気な視線は無視して、飄々とその場から去っていった。

 気に食わないわけでもない側妃と、腹立たしいことこの上ない王を取り合う気は一向にない。

 そんなことよりも、この国の食糧事情のほうが、アドリアーナの関心事となっていた。



 ※※※



 大国出身のアドリアーナにはなかなか馴染めないことであるが、ザルツゼーは貴族と庶民の恋愛および婚姻には寛容であった。人口が少ないというのも一つの要因であったかもしれない。だから、国王ブルクハルトと側妃コリンナのロマンスは、全国民に受け入れられていた。

 惜しむべきは、コリンナは商家の娘であって、貴族位を持つ家の出身でないこと。さすがの小国とて、彼女を王妃に据えることはできなかった。

 もし、コリンナを王妃に据えることができれば、アドリアーナを迎え入れることはなかったかもしれない。ザルツゼー側はさぞかし苦い思いをしたことだろう。


「陛下とコリンナ様の出会いは、まさに運命でございました」


 嫁いできた当初から、侍女長パウラはことあるごとにアドリアーナに二人のロマンスを語って聞かせた。国力をちらつかせた大国への意趣返しのつもりなのか、これがもう、なんとも情感たっぷりに話すのである。


 曰く、ブルクハルトが岩塩坑に視察に行った折、目の前に女神(コリンナ)が突如舞い降りた、とか。


 あまりに滑稽なので概要だけ話すと、国王が岩塩坑の視察をしていたところ、父の仕事の関係でたまたまその場に居合わせたコリンナが足を滑らせ、崖となった坑道から落ちた。そこをブルクハルトが間一髪で受け止めて、二人は出逢う。そしてお互いに一目で運命を悟ったのだそうだ。

 アドリアーナに言わせれば、それはただの吊り橋効果としか思えない。しかし、それで蜜月状態が五年も続いているのだから、その点は感服しなくもない。


 ……とまあ、周囲はロマンチックに二人の出会いを語ってくれるが、真相は、ただコリンナがブルクハルトの好みのタイプに一致しただけではないか、とアドリアーナは考えている。


 ブルクハルトとアドリアーナの婚儀を終えた当夜、慣例に従い寝所を共にしたわけだが、明くる朝、彼のお人は宣ったのである。


「乳臭い娘に興味は持てない」


 確かにブルクハルトは当時二十七、アドリアーナは十七で、年齢差は十もあったわけだが、成人して二年も経過したアドリアーナは、主観的にも客観的にも、十分に淑女と呼べるくらいにはなっていた。胸は寄せる必要はなかったし、くびれはコルセットで作ることもあるが、作らなくてもきちんとある。臀部は子を産むのに不安がない程度には大きさはあるはずだ。乳臭い、などと侮辱される筋合いは全くなかった。

 何より、ブルクハルトと出逢った当時、コリンナは十八歳。今のアドリアーナとそう差はない。


 発言の際、王の視線が胸元に行っていたことから、本音はそこにあるのだ、とアドリアーナは確信している。コリンナは、女性でも驚嘆するほどに胸が大きい。例えるなら、アドリアーナはリンゴ、コリンナはマンゴー。憧れるよりも前に肩凝りの心配をしてしまった。

 さらに言えば、彼女はすらりと背は高く、蠱惑的な顔立ちをしている。まさに"妖艶”という言葉が似合う女性である。

 一方、アドリアーナは身長は平均よりも少し下。顔は、天使のようだ、とよく言われていた。"砂糖菓子"というのが、故国でアドリアーナの容姿に付けられた評価である。


 要するに、アドリアーナとコリンナでは、系統が違うのだ。

 真逆、とまで言わずとも、容姿のベクトルが違う二人である。コリンナに首ったけの王が、アドリアーナにそうそう靡くはずもない。


 ただ、いかに王が気に入らなかろうとアドリアーナは正妃だ。


「義務は義務として、どうにか割り切っていただきたいものね……」


 各年の農産物の記録がしまわれた書架の前で、先ほどすれ違ったコリンナのことを振り返っていたアドリアーナは漏らした。どうしても出てくるのは、側妃の煩わしさよりも、王に対する不満である。

 こちらだって、子作りに関しては割り切っているのだから、あちらにもそうしてもらいたい、とアドリアーナはいつも思っているのだった。

コリンナが男性の"半分”が理想とする女、というのは、世の男性がクールビューティーばかりを好きになるとは思えないからです。

アドリアーナみたいに、見た目ふわふわおっとりさんも好き、という人はいるのではないでしょうか。


もっとも、アドリアーナは見た目詐欺ですが。

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