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名物は目新しく

 子供の問題はさておき。

 アドリアーナの前には、一つ課題があった。




 壁際に寄せられたテーブルに、数多くの料理が並べられている。その数、四十種類。メインやオードブルといったものから、軽食、汁物、菓子や飲み物に至るまで、ありとあらゆる料理が揃っていた。

 多いのは種類だけではない。量もまた、たくさんあった。多くのものは大皿にひとまとめに載せられていて、近くには取り分け用の大きなスプーンやトングなどが置かれている。

 さながら、立食パーティーだ。


 だが、アドリアーナとコリンナ、そして十名ほどの官吏たちを除けば、この大広間に集う面々は、こういった場に不馴れな街の料理人たちばかり。着ているのはきれいな他所行きの服でも、貴族の正装には遠く及ばない平民の服。余計な装飾を施していないホールでも、場違いだと感じているらしく、皆顔に緊張を浮かべて落ち着きがなかった。

 アドリアーナはワインレッドのドレス姿で、そんな彼らの前に立った。会場にいる一人一人を見回して、そっと口を開いた。


「皆さん、よくお集まりくださいました」


 王が演説し、管弦楽が鳴り響く大広間は、音が反響しやすい構造だ。大して声を張り上げているわけではないのに、隅まで声が届くのが不思議なのか、会場にいる何人かがそわそわし始めた。

 そんな彼らに気楽にするように言ったあと、アドリアーナは改めて今回の催しの趣旨を説明する。


 街に旅行客を呼ぶために、この国の料理を宣伝したいということ。

 そのために、名物となる料理を新しく作りたいということ。 

 それこそが、ここ最近のアドリアーナの課題だった。


 ここのところ、ザルツゼー――特に王都ザルツァンでは、観光客の招致に力を入れていた。いくつかの名所を整え、この国の観光を諸外国に宣伝していく上でこの国の料理もまた推していくことになったのだが、これまでの伝統的な料理だと塩辛いイメージがどうしても拭いきれない懸念があり、それだったら目新しいものを作ってしまおう、と考えたのである。


「ですから、王都で料理店を開いている皆様には、以前にお伝えした条件で、こうして料理を作っていただき、集まっていただいたというわけです」


 この催しを行うにあたって、アドリアーナたちは参加希望者たちに、この国の伝統料理を逸脱しすぎないこと、この国で採れる食材を主として使うこと、レシピを秘匿しないこと、それから他者の改変(アレンジ)を許すこと、の四つの条件を提示していた。

 一つ目、二つ目は言うまでもなく、ザルツゼーの特色を出すためである。旅行客を集めることが目的なのだから、どうあっても譲れない条件だ。

 三つ目、四つ目は、その名物料理を独占状態にさせないためだ。せっかくの名物が一ヶ所でしか食べられないのでは集客に限界がある。それよりは、誰もが作れてあちこちで販売提供できるようにしたいと思い、レシピ公開を条件とした。しかしそうなると料理人によって個性が出てくるだろう、ということで、ここに更に改変自由の条件が加えられている。


「そして、皆様にはこれらの料理を試食していただき、良いと思ったもの、または作ってみたいと思ったものを選んでいただきます」


 それぞれの料理の前には、数字が書かれたプレートが置かれていた。参加者には、あらかじめ配った紙にその数字を書いてもらい、投票してもらおうというのである。この投票で多くの票を獲得した料理を、国で費用的な援助や宣伝を行って広げていくことになっていた。


「では、試食といきましょうか。皆様、せっかく同業の方々がこうしてお集まりになっているのですから、是非色々な方とお話ししてみてくださいね」




 甘いものを求めて会場内をふらふらと歩き回っていると、久し振りにイルメラの姿を見かけた。かつての活闥とした――見方によっては落ち着きのない様子は鳴りを潜め、すっかり大人の印象である。

 それもそのはず、彼女は昨年シャハナーの援助を受けて菓子屋を開業した。店を経営していく上でいろいろと学んだのだろう。物腰や他人への接し方がずいぶんと丁寧なものになっている。


 久し振りに会う彼女に、アドリアーナは声を掛けた。


「イルメラさん」

「あ、ドリーさん……じゃなくて、王妃様」


 以前は"ドリー"として身分を隠してイルメラと接触していたアドリアーナだが、一年、二年と経つうちに隠していることにも限界が近づいていたこともあって、この催しの前にシャハナーにアドリアーナが王妃であることを伝えてもらっていた。本人はさぞかし驚いたようで、今日アドリアーナと顔を合わせたときに今までの無礼を咎められないか、と心配していたそうだ。


「いつも通りでいいわ……と言いたいところだけど、そうすると他の人に不公平ね。でも、あまりガチガチにかしこまらないでちょうだい」


 そんなことを言われても困ってしまうのか、イルメラは曖昧な表情で返事した。


「どう? 楽しんでる?」

「はい。いろんな料理がたくさんあって、学ぶこともいっぱい……です。どれも美味しいし、試してみたいこともいっぱい増えました」

「例えば?」


 アドリアーナが尋ねると、イルメラはあるテーブルの一角を指差した。


「あの十一番のお菓子、クリームにレモンを混ぜてちょっと酸っぱくしたらいいかな、とか。二十三番のレープクーヘンは形がとっても可愛いんですけど、色合いが地味なのが惜しいから、どうにか生地に色をつけられないかな、とか」

「良いわね。製作者に話してみたらどう?」

「そうします。……でも、票が入らなかったら、意味がないかな」

「そんなことはないわ。確かに、国は今回選ばれたものを名物として広めていくけれど、別の料理を貴方たちが勝手に広めていっても全く問題ないもの」


 名物料理を作るというのがこの企画の主旨だが、その真の目的は、料理人同士で交流する機会を作ることだ。こうして他の人が作った料理を試食してみることで、料理人たちの中では様々な意見が生まれるだろう。それをお互いに出し合って、ザルツゼー料理を発展させていって欲しいというのが、アドリアーナの一番の願いである。


「名物なんて、本当は政治で決めるものではないもの。結局は勝手に広まっていくものだわ」


 名目があるので一番を決めて国で援助はするが、必ずしもここで決まったものに人気が出なくても良いわけだ。

 ……ただ、ある程度予算をかけている以上、少しは話題になって欲しいものだが。


「そうですね。……じゃあ私、他の料理も食べてきます」

「ええ。今度また、美味しいものを期待しているわ」


 そうしてイルメラと別れた後、フォークなしで食べられるケーキを見つけて皿に取り、コリンナのところへと向かった。


「コリンナ様、如何ですか?」

「そうですね……七番が気になりますかしら」


 七番、とアドリアーナは見回った会場の記憶を浚う。確かヴルストとザワークラウトとトマトをパンに挟んだだけの、シンプルなものだった。ドレッシングはオリジナルだったようだが、取り立てて変わったところのない料理だった。

 因みに、トマト以外はかねてよりザルツゼーに有った食材であったため、口にする前に少し警戒してしまったのは内緒である。心配に反して、程よい塩加減だった。


「理由をお伺いしても?」

「観光名所の一つとして、岩塩坑の見学を推し進めていますでしょう?坑夫たちが食べていたものに似ていたので、合わせて宣伝するのも良いかな、と。

 でも、あの魚料理も細竜魚のアピールにもなって良いかもしれませんね」


 と、近くにある、細竜魚を出汁と一緒にゼリーで固めた料理を指して言う。


 実は、この催しは、元々は彼女がアドリアーナに相談してはじめたことだった。


 ズートリンクスから戻ってからしばらくして、父の贖罪のためにと考えたのか、コリンナは何か仕事が欲しいと言い出した。側妃が政務に携わることなど諸外国でも普通はないので、無理はしなくて良いとやんわりとブルクハルトは宥めていたのだが、結局本人の熱意に負け、アドリアーナや高官たちと協議の上で観光業に携わらせることとなった。

 さすが商人の娘というべきか、人を呼び込む術やコスト管理の心得はあったようで、限られた予算内で思った以上の働きぶりを見せた。いくつか観光名所になりそうな場所を見つけ出して整備したり、土産物も見繕ったり。特に、岩塩坑内の見学や、銅鉱山から産出される孔雀石(マラカイト)を使った装飾品は大評判だ。


 だが、いざ料理の宣伝を、となると何が旅行客の興味を引くのか分からず、アドリアーナの助言を求めてきた。

 幽閉の頃から薄味のものを口にするようになり、また帰城後にアドリアーナと三人で食卓を囲うようにもなったので、味覚も薄味に大分慣れてきてはいるのだが、何分数年前まで塩辛い食事しかしていなかったため、選ぶ自信がなかったようだ。

 そうしてアドリアーナの提案のもと、今回の試食会が開催されることとなった。先日の茶会もその打ち合わせの一環だ。


「王妃様は?」

「私はやはりお菓子に目がなくて」


 アドリアーナが手に持つケーキは、筒状にした薄い生地を同心円状に何枚も重ねた、輪の形をしたケーキだ。

 他にも、酒に漬けた果物が生地の中に練り込まれたパウンドケーキや爽やかな味のチーズケーキ、ノルトのブラックベリーのコンフィチューレを使ったケーキなんていうのもあった。


「正直、まだ迷っていて……」


 料理の選定に関しては、アドリアーナとコリンナも、一票の投票権を持っていた。コリンナは集客の視点から選ぶようだが、アドリアーナは単純に自分の好みで選ぼうと思っている。


 はじめは好きな甘味からと思っていたが、一通りデザートになりそうなものは食べても、その中からはまだ決められそうになかった。いっそ決められないなら他の料理から選ぶべきかと迷ってしまう。

 気になる料理はまだまだたくさんあるのだ。

 嫁いだ頃には見られなかった料理の数々に、興奮が止まらなかった。


「こういう催しも、楽しいですわね」


 またやりましょう、と意気込むアドリアーナに、コリンナは苦笑いを浮かべた。

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