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全てを変える必要はないけれど

本日12時の時点でジャンル別日間ランキング5位になりました。

ありがとうございます。

 翌朝。アドリアーナは早々に、故国から連れてきた料理人を呼び出した。プラミーユの大使との晩餐会は二日後。メニューを見直し、食材を仕入れることを考えれば、もはや一刻の猶予もなかった。


「私に厨房を乗っ取れと?」


 太く黒い髪と、黒真珠のような目、そして鼻と顎にひげを蓄えたケレーアレーゼの料理人フォサーティは、アドリアーナの考えを聴いて、開口一番にそう言った。もうかれこれ十年以上の付き合いがある。お互いに気安い仲であった。


「そこまでは言っていないわよ」


 アドリアーナは、王には喧嘩を売ったが、この国の料理人にまで喧嘩を売るつもりはなかった。むしろなんとしてでも味方に引き入れたい相手である。


「彼らの作る料理を全否定して、メニューを全て変えてしまうのでしたら同じことです」

「……そうね」


 ならば、と代案を閃いたのだが、


「この国の料理でも、私が調理すれば同じことですよ」


 先読みされて、否定され、気持ちはたちまち萎んでいった。晩餐会の料理に口出しする権利さえ手に入れれば何とかなると思っていたが、個々人の事情を考えてしまうと、思ったように進められないものである。


「妃殿下のお気持ちは解りますが、あれでも彼らは王城で料理することを許された料理人です。己の技量には自信を持っています。彼らの誇りを踏みにじるような真似をすれば、協力は得られないでしょう」

「それは困るわ」


 アドリアーナはこの城の料理を変えたいのだ。そのためにこの国の料理人を味方につけなければ先に進めない。今回のことばかりを考えて相手の反感を買ってしまったら、アドリアーナが何をしようと障害になってしまうだろう。


「……でも、どうすればいいかしら」


 調理はできない、強制も悪手、となれば打つ手は限られてくる。


「要するに、薄味になれば良いのでしょう。この国のおもてなしをするわけですから、この国の料理をお出しすれば良いだけです」


 フォサーティの言葉に、アドリアーナははっと気づかされた。


「そうね。そうなのよね。私ったら、頭に血が昇っていたみたいだわ」


 何もかも一から全て変えなくては、と気張り過ぎていたが、その必要はないのである。否定するべきは味付けの塩辛さであって、この国の料理そのものではない。むしろ、せっかくザルツゼーに来ていただいたのだから、粗食であってもこの国の食材を使ったこの国の料理を提供すべきなのだ。

 王を見返してやることばかりを考えていて、本質的なことを忘れていた。


「……でも、この国の食材って、ほとんど塩漬けにされているわよね。その時点でもうアウトじゃない?」

「塩抜きなら、水でできます。時間は掛かりますが」


 保存できるほどに漬けたものには、普通行います、とフォサーティ。


「……していなかったの?」

「していませんでした」


 どうもその発想がなかったようである。保存のために塩に漬けて、調理の段階で切って焼く。そういうものかと思って食べ続けてしまえば、舌がそれに慣れてしまうのだろう。

 そして、さらに味付けをしていたというのだから、舌がおかしくなって当然である。

 自分で言いだしたこととはいえ、これを改善するのかと思うと頭が少し痛くなってきた。


 ともあれ、今考えるべきは、プラミーユの大使の舌に合う食事、である。この国の人間のことは後回しだ。


「そうね、ではこういうのはどうかしら。この国の料理は大使にとって塩辛すぎた。もう少し薄味が好みだそうだから、そうして欲しい。自分はプラミーユの料理も知っているから、味付け面でアドバイスさせて欲しいって言って、潜り込む。そうすれば、主導権は一見あちら側にあるように見えるでしょ?」

「はあ。……承知しました」


 それでうまくいくのかと疑わしげだが、他に思いつかないのだから仕方がない。この男、故国では多くの浮名を流すくらいには口が上手いはずだから、きっと上手く言い訳してくれるだろう。


「あとは、メニューなのだけれど。彼らがどのような料理を出すつもりなのかはわからないけど、この前のように、ヴルストに続いてステーキとなるようだったら、メインの内容をもう少し変えた方がいいと思うの。肉料理が続くから、できればもう少しあっさりしたものにね。あと、メインの前に口直しがあれば、言うことないわ」

「かしこまりました。働きかけてみましょう」

「それから、デザートも」


 ついでにアドリアーナの要望を付け加えたら、フォサーティは苦笑した。

 昨晩のディナー、どんなものであれ甘味がひとつも出なかったことが不満だったのである。



 ※※※



「……そういうわけで、妃殿下より、明後日の晩餐会の調理を手伝うよう仰せつかりました。ご不快かも知れませんが、よろしくお願いいたします」


 アドリアーナの部屋を辞した後、アルフレード・フォサーティはその足で厨房へと向かった。料理長を呼び、アドリアーナの設定どおりに話をして、なんとかして明後日の晩餐の調理に加えてくれるように掛け合う。


「はあ……」


 と、曖昧な返事をするギーツェンは三十五と料理長ながらにまだ若い。フォサーティがこの国に来てから何度か面識があるが、一度調理場を借りて以来、きちんと話をしたことはなかった。なにせ、国王陛下に雑草を食わせた料理人である。安易に受け入れられないだろうことは分かっていた。

 とはいえ、彼はフォサーティよりも年下である。おそらく年長者であるこちらには、真っ向から歯向かえないだろう。お飾りとはいえ、王妃の命令だと言われればなおさらだ。


 まったく、姫様も無茶を言う。フォサーティは心の中で呟いた。


 フォサーティはアドリアーナが小さい頃からその姿を見てきた。その頃はまだ見習いであったが、アドリアーナが五歳になった頃から、ちょくちょく厨房を訪れるようになり、あれが食べたい、これが食べたい、とねだるようになったのだ。

 はじめは王族が職場に現れるようになったことに皆困惑し、ときに迷惑がっていたが、要望のものを出した後には、必ずと言っていいほどに厨房まで足を運んでくれて、「美味しかったわ」と労ってくれるのだから、次第に絆された。成長するにつれて感想も具体的になり、まさに料理人冥利に尽きる言葉を残してくれていったのである。


 だからこそフォサーティは、王子にアドリアーナの輿入れについていくように、と命じられても(独身であったこともあるが)拒まなかったし、作った料理をブルクハルト王に貶されても帰らなかった。あれだけ食べることが大好きな姫様に、この国の食事だけを食べさせるのは、不敬かもしれないが、あまりに可哀想であったからだ。

 それからは、少なくとも日に一度は、彼女のために腕を振るった。この食事の酷さもあって過剰なくらいであったが、アドリアーナはいつもフォサーティの料理に感動してくれた。フォサーティはそれが嬉しく、だから多少の無理は聴いてしまうのである。


「では早速、予定のメニューを教えていただいてもよろしいでしょうか」


 やはりよそ者に口出されるのは嫌なのか、ギーツェンはしぶしぶ説明し始める。

 前菜、スープは塩加減にさえ気を付ければ問題なさそうだ。

 スープの次は前回と同じくヴルストを出すつもりのようだ。焼くのではなく茹でて塩抜きすればよいと考え、それ以上の口出しはしないことに決めた。

 そして、口直しは挟まず、メイン。前回と違って鶏肉を出すようだが、なんとソースは引き続きデミグラスソースを使うようである。


「不勉強で申し訳ないのですが、この国ではデミグラス以外に、肉料理で使うソースはないのでしょうか」

「いえ、あとは塩を振って食べるしか……」


 極端だな、と密かに思う。おそらく肉は塩漬けしたものが一般的だからだろう。既に味がついてしまっている肉があるのなら、ソースはいらない。城内では新鮮な肉を食べることがあるためにデミグラスソースは取り入れたが、他に研究はしなかったようだ。


「棚を少し見せていただいても?」


 料理長の背後に調味料の棚が見えたので、声を掛けてから近寄る。

 中にあるのは、やはり塩だ。塩分濃度が違うものを取り揃えているわけでもないのに、三瓶もあった。それが彼らのアイデンティティなのかもしれないが、いくらなんでも塩にこだわり過ぎだ、と思う。

 あとは胡椒に、ハーブが少々。それから酒。ウィスキーだ。


「肉はウィスキーで焼きましょう。前回とはまた違った風味を出すことができます。ただ、それだけではやはり寂しいので、ソースはまたあとでご相談しましょう」


 酒で肉を焼く、と言ったら意外そうな顔をされた。ならば何故ここに置いているのかと疑問に思ったが、今は黙っておく。


「それから、妃殿下が口直しとデザートを希望されているのですが、なにかご用意はございますか?」

「口直し……ですか?」


 さらに困惑したギーツェンに、これはその存在を知らないな、とフォサーティは察した。ここまでで察するに、フルコースという概念は知っているが、細かい内容を知らないのだろう。


「ええ。よりメインの味をお楽しみいただけるように、口当たりの良い物をお出ししたいそうです。……お悩みのようであれば、こちらにお任せいただいても?」


 お願いします、とぼそぼそ返事が返ってきた。任されたことにほっとしつつも、呆れてしまう。

 塩抜きの方法といい、ソースや酒の件といい、この国の料理は遅れている。外の料理を知る機会は少しもなかったのだろうか。


「デザートについてですが、この国は砂糖があまりありませんので、甘味の類があまりなく……」

「ああ……」


 砂糖は高い。ケレーアレーゼでもあまり出回ってはおらず、庶民は特別なときにしか菓子を食べることができなかった。塩の輸出だけで生計をたてているこの国では、なおさら手に入りにくいだろう。

 でも、何かないだろうか、と考えて、街を歩いたときの事を思い出した。


「確か、お祭りのときに配られるお菓子がありましたよね。あちらを工夫してみましょうか」


 菓子といってもパンのようなものだったが。一度だけ食べて、味気ないなと思ったが、そのぶんアレンジはしやすいだろう。


 これでディナーの見通しはできた。はてさて、アドリアーナに満足いただければ良いのだが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作者の筆力とか世界観のつくり方とかは上手いし作品としては凄く面白いけども、だからこそ現状での敵役(悪役じゃなくて)の王子とかを見ていると間抜けすぎて間抜けすぎて「豚の糞以下の代物を食う人擬き…
[気になる点] ここまで塩分摂取量が多いと寿命にも影響が出ていると思うのですが・・・
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