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悪意の矛先は何処に向けられた

 アドリアーナが王城へ戻ってきたのは、二週間後のことだった。


「……痩せたな」


 ノルトでの出来事を伝えに行けば、ブルクハルトは憐憫の目でアドリアーナを見つめた。城を離れていた間に、ほどよく丸みを帯びていたアドリアーナの輪郭が少しほっそりと変化していたのだ。


 ノルトに到着して二日間寝込み、回復後は周囲が迫るので休養も兼ねて一週間滞在。そろそろ帰ろうかという頃に、レアルータの使者が来るというので、出迎えて話を聞いて……そうして二週間。その間、好転しない状況にアドリアーナはずっとやきもきしていた。誰が、何のためにやったのか。その事ばかりが頭の中を巡っていた。

 周囲はとにかく静養を、と言うのだが、すっかり気に病んでしまったアドリアーナは、珍しいことに食まで細くなった。それが、ブルクハルトのいう痩せた理由だ。


「……自分でも馬鹿馬鹿しい話ですが、これまで私のしてきたことが順調に行きすぎていたこともあって、今回のことがかなりショックでして……。いったい何がいけなかったのかと、自分自身を責めておりました」


 そう、アドリアーナが食事改善を目指して動いたこの二年半、大きな失敗は一度としてなかったのである。協力者は直ちに現れ、ちょっとの働きかけで厨房は他国の人間好みの料理を研究し出し、薄味料理は流行に流されやすい貴族たちにもすぐに広まった。

 城下町では、理解ある料理人の娘と国中に流布していくだけの力をもつ商会の協力者を得られ、農法については、一喝しただけで農政部は動き出した。魚料理に関しては、必要に迫られていたので働きかけるまでもなかった。

 何もかもが順風満帆、アドリアーナの都合の良いように進んでいった。それで少し、調子に乗っていたのかもしれない。


「気が、緩んでいたのかもしれません」


 塩害が人の手によるものというのなら、間違いなくそこに悪意がある。誰か、アドリアーナのしていることが気に入らない者がいるのだ。その可能性を全く考えずに、ずいぶんとのんびり冬を過ごしていたものだ。自分の呑気さが悔やまれる。


「それで、あちらはどうなった?」


 お国柄だったとはいえ、かつて政治にたいして王妃が介入するのを嫌がっていたブルクハルトは、今回の件をアドリアーナの失敗とあげつらうことなく、ただ現況を憂いて尋ねてきた。


「レアルータからは快くご協力いただけまして、現在土壌改善を行っております。多量の真水で浸し、その後にえん麦を育成して土壌の塩分濃度の低下を図るそうです」


 と口で言うのは簡単だが、実際は大がかりなことになってしまっている。困ったのが、畑を真水で浸す、という部分。川が近くにあるわけでもなく、灌漑をしていたわけでもないので、まずはどうやって大量の水を畑に持ってくるのか、その仕組みを考えるところから始まっている。

 アドリアーナが力になれるようなことは何もないので、現地の者たちに全てを任せて、帰城した。何かあれば、キルケが連絡をくれる手筈になっている。


「正直、うまくいくかはわかりません。……それと、ノルトは今年一杯畑を一つ使えなくなりましたので、納税に不安が出てきています」


 潰されたのは、納税用のライ麦畑。今から慌てて植えても間に合わず、今年は確実に十分な税を納めることができないだろう。ライ麦にこだわらず他の作物で税を納めることもできるだろうが、ただでさえ作物の育たない土地だ。税として渡してしまったら、民が冬を越すための十分な食糧を賄うことができないかもしれない。

 そして、もしかすると来年、再来年とそれが続く可能性もあるのだ。塩濃度が上昇した畑では、作物はおろか、雑草すら育たない。うまく塩を抜くことができれば良いが……来年育ててみないことには、なんとも言うことができない。

 食糧難を救うどころか、かえって危機を招いてしまったことが、本当に悔やまれる。


「ノルトの税や食糧に関しては、こちらで何とか救済策を考案しよう。だから案ずるな」


 ありがとうございます、と弱々しく返す。これで一つ懸念事項が減ってほっとした。


「そなたも気になるだろうから、この件は任せよう。だが、何かあったら、いつでも申し出てくれ」

「お気遣い痛み入りますわ」


 ソファーから立ち上がり、部屋を辞する挨拶をすると、ブルクハルトが呼び止めた。


「そなたの所為ではない。あまり気に病むな」


 慰められている。その事実が胸に染みて――辛かった。


 部屋を出て、少し歩いて立ち止まる。手近にあった窓を乱暴に開けて外気を入れると、数回深呼吸した。


「……よし」


 反省はここで終了だ。頭を切り替える。ノルトでできることはもうないから、これからすべきことは各地の対策。それから――犯人捜し。


「ごめんなさい。農政部に行くわよ」


 引き連れていた騎士と侍女のほうを振り返ると、テオとヨハンナが目を丸くしてアドリアーナを見ていた。突然の行動に驚かせてしまったらしい。普段冷静な二人が表情を変えてしまうほどに突飛な行動だったか、と一人恥ずかしくなった。


 ともあれ、農政部だ。


「各地の被害はどうですか?」


 顔を出したら応対してくれた農政官に問い掛ける。


「今のところ、枯れた作物はありません。土壌にも異常はないようです」


 ひとまず安堵した。今から行動すれば間に合う可能性があるわけだ。


「しかし何のためにノルトを狙ったのか……。もともと貧しいあの地を狙う理由が分かりません」

「同感です……。やはり、試験の妨害かしら」

「試験は各地で均一に行っていますし、新しい作物を取り入れたわけでも、薬や肥料を使ったわけでもありません。この試験を厭う理由がないと思うのですが」

「そうですわよね」


 それまで植えていたものとは別の作物を植えるのだから、その辺りの面倒はあったかもしれないが、やはり畑一つ潰してまで抗議するようなものではないだろう。実際、効果を疑う声はあっても、反対する声は聴いていない。

 諸外国がザルツゼーの発展を恐れて、という場合も考えられなくはないが、国力のないこの国を、敢えてそんなみみっちいことをして潰す理由もない。武力を持ち出したほうがよほど簡単である。

 と、なると。


「目的は、私……?」


 考えられるのは、国ではなく個人への攻撃。そして、この件に関して狙われるべきは主導で事を進めているアドリアーナに他ならない。

 お飾りでしかなかったアドリアーナが政治に口を出したことを危惧した者の仕業だろうか。しかし、それなら事を起こすよりもまず先に、王に訴えがあることだろう。「王妃を政治に関わらせるなんて、未だかつてないことです」とかなんとか言って。

 では、アドリアーナに個人的な恨みを持つ者の嫌がらせか。しかし、それにしては大規模だ。ここまでしたら国まで動くから、リスクが大きい。もう少し別の手段も考えられるはずだ。


 いまいち実像が掴めない。頭を悩ませながら自室に戻ると、部屋の真ん中にエミーリアがぽつんと立っていた。いつもの侍女服とは違い、動きやすそうなダークカラーのシャツとパンツ姿の彼女。

 アドリアーナは、国や地方の官吏のほかに、このエミーリアにも独自にこの件の調査をさせていた。侍女の仕事をヨハンナ一人に任せ、しばらく姿を消していた彼女だが、こうしてこの部屋にいるということは、何かを掴んできたらしい。


 物言いたげなエミーリアの目線を受けて、アドリアーナはテオを見張りに外に置くと、部屋の扉を閉めた。


「お知らせが」


 低く言う彼女の手には、何枚かの書類が握られていた。

畑に塩を撒く行為は本当に洒落にならない状況を作り出してしまうようです。

その場所でなく、周囲にも影響が及ぶ可能性があります。

くれぐれも除草やいたずらで無闇に撒かないようにしましょう。

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