食は全てを左右する
「はじめまして。イーヴォです」
「お初にお目にかかります。ゾエと申します。今回依頼を受けた細竜魚の討伐チームの代表を、我々が務めさせていただきますので、どうぞお見知りおきを」
一週間と半ば後、謁見の間に姿を現したのは、そのように名乗った一組の男女だった。
イーヴォはいかつい男で、肩まで伸ばし、ブロック毎に編み込まれた髪。筋骨隆々とした体つき。こんがりと焼けた肌にはたくさんの傷痕がついており、服の上には何かの生き物の革でできた厚い鎧を身に付けていた。
ゾエもまた女戦士といった格好をしており、男のように髪を短く刈り込んでいるのがかなり目を引いた。ほっそりとした体つきだが、服から露出した二の腕は引き締まっていて、鱗を貼った胸当てをしている。
彼らは、ケレーアレーゼに頼み込んで派遣してもらった魔物ハンターだ。王に呼ばれてからすぐに故国に手紙を出し、水魔に対応できそうな人材を一週間で見繕ってもらった。その集団がザルツゼーに到着したというので、こうして王とアドリアーナで代表者と顔合わせの場を設けたというわけである。
短く挨拶を交わしたところで、王は本題に入った。
「細竜魚というのだな、あれは」
ずいぶんと前から湖に生息していたらしいが、詳しい生態や名前などは知られていなかった。白くて蛇のような魚だから"白蛇魚"とこの国では呼んでいたらしい。
「本来は海に生息する魔物ですので、亜種かと思われますが。しかし、生態にさほど違いはないかと」
淡水で生きる生き物ではなかったから、何物か知られていなかったのだ。
「大量発生しているようだが、危険はないか?」
「狩りは危険なもんです。……が、無謀かって意味でしたら、我々は多く経験を積み重ねていますんで、数が多いくらいの事、どうにでもしてみせますよ」
「それを聞いて安心した。今回の件、まだ人に直接の被害はないが、国民の生活が掛かっている。どうかよろしく頼む」
そして王はアドリアーナに目配せして、玉座から立ち上がった。
「すまないが、魔物の件で他にも問題が積み重なっているので、私は失礼させてもらう。これからの事は、王妃と話をして欲しい」
そうして補佐官を連れてせかせかと立ち去る王を見届けて、アドリアーナは客人たちに声を掛けた。
「大変な失礼をして申し訳なかったのだけれど、どうか赦して。その細竜魚の大量発生で岩塩の採掘量が減少してしまった所為で、当面の岩塩の輸出量の調整をする必要があってね。陛下はその対応に追われているの」
他にも、問題が解消するまでの岩塩の運び出しの検討や被害に対する補償など、指示すべき事が色々とあるのだ。
魔物の件も下手すると国民の命に関わるので一大事には違いないのだが、ハンターたちの件はケレーアレーゼも関わっているということもあって、ハンターたちへ対応はアドリアーナが引き受けることにしたのである。
あっさりと仕事を引き渡した驚きはさておき。
「それで、今後の事だけれど」
ハンターたちの人数の把握と、滞在中の宿泊の手配、緊急時の対応などを三人で打ち合わせていく。
その間に、彼らハンターと王城との伝達の問題に直面した。外部の人間が城内に入るには、一定の手続きを必要とする。無論のこと、時間が掛かる。もしかすると頻繁にやり取りする可能性も出てくるため、手続きを簡略化できないかという相談を受けたのだ。
こればかりはアドリアーナの一存では決められない。かといって、あまり先延ばしにしても不便だろう。
「それではとりあえず、このオリヴァーを付けましょう。何かあったら彼に申し付けて」
「また俺ですか!」
有事に備えて傍に立っていたこの騎士は、ノルトのときから何かの枷が外れてしまったのか、こうしてアドリアーナの会話に加わることがままあった。通常あり得ないことではあるのだが、王や側妃、他の国の重鎮たちの前では自重するなど、時と場合と相手は選んでいるようなので、アドリアーナも特に咎めてはいない。アドリアーナも会話の相手には餓えているのだ。
「だって貴方、狩りの経験があるでしょう? 何も知らない素人より、少しは心得のあるほうが、彼らにとっても良いと思ったのだけれど」
同じ狩人だ。狙う獲物に違いがあれば、手法に違いもあるだろうが、共通の部分もあるだろう。討伐の途中で何かあったときも、オリヴァーならハンターたちの話を理解できるだろう、とアドリアーナは踏んだ。
「いや、でもですね、俺は王妃様をお守りするという任務が……」
「何のためにテオがいるのよ。貴方が私の傍を離れたときのためでしょう」
オリヴァーはちらりと壁際のテオのほうを見るが、寡黙な彼は任せろとばかりに頷くだけだった。相棒が当てにならないと知って、彼は肩を落とす。
「何も、以前のように狩れと言っているのではないわ。彼らが無事に仕事を成し遂げられるか確認して、また不都合がないように取り計らえというだけよ」
「ついでに、魔物が食えるか確認しろってことですか」
「そうね。その情報も欲しいわ」
細竜"魚"ということは、その魔物は蛇のように見えたとしても本質は魚なのだろう。食用できるというのであれば、この国にはなかった魚料理が新しくできるかもしれない。
「おーせのままに。……ったく、便利に使ってくれちゃって」
「聞こえてるわよ」
確かに使い走りよろしく扱ってしまっているけれども。
オリヴァーも折れてくれたところで、アドリアーナは再びイーヴォたちに向き直り、ふと閃いたことを口にした。
「ところで、訊きたいのだけれど、この国を拠点とするハンターがいないのだけれど、なにか訳を知っているかしら?」
イーヴォとゾエは互いに顔を見合わせ、それから申し訳なさそうに、ゾエのほうが口を開いた。
「お妃様はこの国の方でないとお聞きしましたので、お分かりかと思いますが……」
「飯が、不味いからです」
ゾエの言葉を引き継いだイーヴォのズバリとした一言に、アドリアーナは頭を抱えたくなった。食事の不味さは外部からの旅行客を遠ざけるが、ハンターもまた同じだったようである。
「……貴方たちの食事は、私が手配するわ。この国の物だけれど、私の味覚にあった料理を作るから、どうか安心なさってね」
玉座から離れた壁際に控えていたヨハンナに目を向けると、心得た彼女は静かに退室していった。その料理の手配はシャハナーに任せようと思っている。彼との連絡は、ヨハンナに一任していた。意を酌んでくれたようなので、きっとすぐに連絡を取ってくれるだろう。
打ち合わせの後二人のハンターが帰るのを見届けると、アドリアーナは腰掛けた王妃の椅子にもたれかかって息を吐いた。
アドリアーナが何を考えているのか察したのだろう、オリヴァーが呆れた様子で口を開く。
「国交や観光産業以外にも弊害があったんですね」
「そうね。しかも、場合によっては国が危機に陥る弊害だったわ……」
まさか食事の質が、ハンターたちがこの国に寄り付かない原因になっているとは思いもしなかった。
イルメラによって進められている食事の改善は、彼女かシャハナーどちらの手腕によるものか順調で、城下町の人々の味覚も少しは薄味になれてきているらしい。が、さすがにまだ周辺国に周知されているとは言い難かった。
これが行き渡れば、ハンターたちも少しはこの国を訪れてくれるだろうか。場合によっては、彼らに向けた食事などというものも考えていかなくてはいけない。
することは、まだまだ減らない。
「期待してます、王妃様」
「……そうね、頑張るわ」
わりと深刻な様子で言われたその言葉に、アドリアーナはため息交じりに応じるのだった。