表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/45

兄妹は気安い間柄

申し訳ありませんが、ストックが減ってきましたので、本話より隔日更新にさせていただきます。

 帰還を告げるためにようやく立ち寄った王の執務室で、アドリアーナは突然ある知らせを受けた。


「お兄様が?」

「二週間後に来られるそうだ」

「まあ……どうしていきなり」


 報せは二日前に受けたらしい。アドリアーナにとっても急な話だが、この国にとってもまた急な話だ。もっともさほど大きな用事はなかったために、承諾したようだが。


「事態が収拾したので、その知らせに。ついでに妹の顔を見に来たいのだそうだ」

「収拾、ですか」


 事態、というのはおそらく王位継承権を巡った内紛のことだろう。側妃の子である第一王子と正妃の子である第二王子、どちらを王に据えるかで貴族たちの覇権争いが四年前から起こっていたのだから。

 因みに、第二王子はアドリアーナの同腹の兄である。今回ザルツゼーに来るのもその兄だ。

 で、その事態が収拾したということは。


「無事、王太子になられた、と」


 事務的に告げられたそれに、アドリアーナは目を丸くし、


「あらあら……まあまあ」


 王たちが見ている中ではあったが、なんというかまあ、顔がにやけてしまうのを止められなかった。



 ※※※



 楽しみというのは待ち遠しいものであるが、兄が来るまでの二週間は、アドリアーナには早く感じられた。アドリアーナの身内とはいえ、国賓――それも次期国王だ。国の威信が関わってしまうので、迎え入れる準備を怠るわけにはいかない。というわけで、部屋の準備から晩餐会の食事の手配、滞在中の王太子の予定の把握に、護衛の配置等々、決めることは多かった。

 そうして慌ただしく過ごして二週間。すっかり初秋の風が吹く頃に、その兄はやって来た。


「久し振りだ、アドリアーナ」

「お久し振りです、メルキオッレお兄様」


 城門広場で王と共に迎えた兄は、なんだか様変わりして見えた。それもそのはず、以前に顔を合わせたのはアドリアーナの結婚式以来。実に二年半ぶりの再会である。

 今年二十二歳になったアドリアーナ同腹の兄メルキオッレは、背が高く痩身、アドリアーナと同じく垂れた飴色の瞳に、甘い顔貌を持った美丈夫だ。そして本人にとって不幸なことに、耳の後ろで切り揃えられた髪の色もアドリアーナと同じピンクベージュだった。

 髪色は母の遺伝に寄るものであるが、他の兄弟たちは父の黒色を受け継いだ事もあってか、本人はこれを「男らしくない」と嫌がっていた。昔は頻繁に髪を染めていたものだが、さすがに王太子となった今はやめたらしい。ついでに心構えも変わったのか、以前の軽薄さが身を潜め、威厳のようなものを漂わせていた。

 髪色ひとつで印象がずいぶん変わるものだと感心すると同時に、久し振りにアドリアーナと同じ髪色なのが新鮮で、なんだかくすぐったい気持ちがした。


 再会の抱擁を交わしあった後、アドリアーナは畏まると、にっこりと笑みを浮かべてこう言った。


「この度は王太子にご選任、誠に御愁傷様でございます」

「は? 何を言って」


 隣にいたブルクハルト王は戸惑った様子を見せたのだが、


「全くだよ。一番上なんだからさ、クウィリーノ兄上がなってくれれば良いのに、拒否するんだから」


 弔辞を受けた当人は、ため息交じりにそう返した。


 第一王子クウィリーノと第二王子のメルキオッレ、どちらを王にするかで揉めに揉めていたケレーアレーゼだが、その実、王室内の家族関係は非常に良好であった。側妃――アドリアーナにとっての継母――は権威には興味はなく、王妃たる母も自らの立場が脅かされないのなら、と側妃を邪険には扱わなかった。そして、王妃の子であるメルキオッレとアドリアーナ、側妃の子のクウィリーノ、ついでにその他姉や弟妹たちはみな、どこかのんびりした質で、母親や立場が違うからと揉めることもなく、仲良く過ごしていたのだ。

 つまり、王位継承権を巡る問題は、勝手に外野が起こしたこと。アドリアーナたち王族はむしろそれに巻き込まれる形となって、迷惑を被っていたのである。


「それで、結局どうなさったの?」


 アドリアーナが嫁ぐまでは、自分の好きなことがやりたいから、とメルキオッレと第一王子で互いに王位を押し付け合っていたのだが。


「正妃の息子がなれば一番良い形で収まるんだから、お前がなれ、と父上のご命令」

「妥当なご判断ね。四年も掛かったのが嘆かわしいわ」

「耳が痛いな」


 王位に興味はなくとも王族としての自覚はあったメルキオッレは、苦笑いしつつも若干萎れていた。この騒ぎで揉めていたのは主に政治に関わる上層部の者たちであったのだが、それでも国民への被害は皆無とは言い難い。もっと早く腹を括っていれば余計な被害を出さなかっただろうことは自覚しているらしい。


 髪色は変わっても、王太子の立場についても、中身は何も変わっていない兄にようやく安心して、ふと我に返る。同時に兄も気がついたようで、二人同時にアドリアーナの隣へと視線が行った。

 そこには、狐に化かされたような表情をして立っている国王の姿。


「……失礼、懐かしくてつい、妹と話し込んでしまいました」


 兄から王太子に戻ったメルキオッレが謝罪すると、ブルクハルトは表情を王らしいものに改めた。


「いえ、ご兄妹なのですから無理もありません。どうぞお気になさらず」

「そうもいきません。こちらも公務で来ているのです。これ以上醜態を晒すわけにはいきません」


 それでは落ち着いて話ができるところに、と中へと案内する。

 その途中、あれ、とアドリアーナは首を傾げた。ブルクハルトの不興を買ってもおかしくないことをしたはずなのに、彼はアドリアーナを睨むことすらしなかったのである。




 応接室に兄を通し、お茶とお菓子を振る舞うと、アドリアーナは早速切り出した。


「それで、今回の用件は塩のこと、で間違いございませんかしら?」

「おや、私は妹に会いに来ただけだよ」

「嘘おっしゃいませ。ケレーアレーゼ王太子殿下」


 しれっと言う兄の言をばっさり切り捨てる。仮にも王族が、妹との親交を図るためだけにわざわざ他国を訪れるはずもない。王太子選任の報告も、使者で充分である。

 となれば、何かしらの交渉なり会談なりがあるに決まっている。それをアドリアーナは、塩の取引絡みと読んだ。


「海岸地域では日照不足。塩田にも影響があると聞きます。そして、ここと同じく岩塩が採れるヴォイエンタールとは距離を置きたいのでしょう? ならば、不用意に取引を増やしたくはないはず。そう来ると、ケレーアレーゼはザルツゼーから塩を仕入れるしかありませんもの」

「さすが、話が早い。実は今回の我が国の騒ぎであちらにいろいろちょっかいを出されまして。ヴォイエンタールとは、少し距離を取りたいのですよ」


 でも塩は欲しい。だから妹のいるザルツゼーにお願いしようと言うわけだ。


「あまりこちらを巻き込まないでいただきたいのですけれど」


 ザルツゼーは独立したということもあって、東の大国ヴォイエンタールとは折り合いが悪い。ブルクハルトがなんとかうまく立ち回って事なきを得ているが、相手は虎視眈々とこちらに言いがかりをつけてこの国を追い込もうとしている。

 ここで不用意に取引に応じると、下手をすれば彼の国から、得られるはずだった利益を奪ったと喧嘩を売られる可能性もあるのだが……。


「まあ、良いでしょう。困った兄が妹に相談することもよくあることですもの」


 同腹の兄なら尚更だ。だからメルキオッレが来たのだ、とアドリアーナは察した。兄妹の縁を利用して取引したというのは、ケレーアレーゼにとっても、ザルツゼーにとっても、ヴォイエンタールへの体のいい言い訳になる。


「見返りはたっぷりいただきますわよ」


 もっともらしい理由があっても、睨まれることはまず間違いないので、ここはきっちりと元を取っておかなければならない。そう思いながら兄を見据えれば、もちろんです、と返ってきた。言外に相変わらずだ、とでも言いたげな笑みを向けられたのが癪だったが、昔のように突っかかるようなことはせず、ずっと黙ったままの王へと話を振った。


「では陛下、この件、外交官を交えて進めさせていただいてもよろしいですか?」

「あ、ああ。良いようにしてくれ」


 つっかえてはいるが、快い(と言って良い)返事に、アドリアーナはまた首を傾げた。王を交えずに勝手に話を進めてしまったと言うのに、ブルクハルトに怒った様子がない。久し振りに家族に会って興奮してしまったのを容認してくれたにしても、今までのアドリアーナとブルクハルトの関係を考えるとどうにも不自然で、なんだかすわりの悪い心地がした。

18.10.30 設定に矛盾がありましたので、兄の年齢を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ