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不可解な王妃の願い事

「ノルトに避暑に行きたい?」


 久しぶりに王妃が執務室に突入してきたと思ったら、彼女は唐突にそんなことを言い出した。

 これから夏も本番。寒冷地にあるザルツゼーも、短期間であるがそれなりの暑さに見舞われる。避暑に、と言い出すのに不自然はない。

 南国生まれの王妃でなければ。


「暑さには慣れているのではないか?」


 ケレーアレーゼの夏はここより暑い。そこで育った王妃ならばわざわざ避暑に行く必要もないだろう、と言ってみれば、


「そうですわね。では、旅行に」


 あっさりと訂正した。相変わらず勝手なことだ、と十も年下の彼女を見つめる。要は、遊びに行きたいのだろう。嫁いできてから二年経つ。城の中はいい加減飽きたということだろうか。

 それにしても、ノルトとは。


「彼の地に見るべきものはないだろう」


 そう言うと彼女は薄ら笑いを浮かべた。ふんわりと柔らかな笑みに反して、飴色の瞳は冷たく光っていて、何故だか蔑まれたような気分になる。が、その理由が分からずブルクハルトの心はささくれ立った。


「何を見るかは私が決めます。建国祭の後、来客の予定もしばらくはございませんでしょう? ご許可いただけると思ったのですが」


 頬に手を当て、首を傾げる様子が本当に様になる。ブルクハルトに冷ややかな視線を向けたかと思えば一変、このような惚けた姿を見せるのだから、この女は解らない。

 十九になってもまだあどけなさを残し、娘気分が抜けていないとしか思えない、他国生まれの王妃。ふわふわとして甘い、菓子のような娘。中身もまた砂糖漬けかと思えば、時折今のような傲岸不遜な姿も見せる。生まれもってのお姫様なのかと思えば納得できるが、振り回された方はたまったものではない。

 もっとも、今回に限っては王妃の言うことも一理ある。しばらく国外からの来客の予定はないし、社交シーズンもそろそろ終わる。することは格段に減るだろう。退屈しのぎに出掛けたいと言い出すのも、無理はないのかもしれない。


「……好きにしろ。迷惑を掛けるなよ」

「もちろん心得ておりますわ」


 にっこりと笑みを浮かべ、そのまま騎士を引き連れて王妃は退室していった。オリヴァーとか言ったあの騎士も、突然専属の護衛が欲しいと言って、勝手に引き抜いていった。厳重に警備された城内で、常に側に置く騎士が欲しいなどと妙なことを言うものだと思ったが、指名された当人が快諾したというので、ひとまずブルクハルトも許可した。

 まあ、それはともかく。


「何故ノルトなんだ……?」


 ノルトはこの国でもっとも貧しい領だ。収入になるような資源はなく、獲れる農作物も少ない。領民の大半は狩りで食い繋いでいるような土地だ。そのことは大変もどかしく、王としては気にかけているのだが、それだけにアドリアーナのような女性が見たいと思えるようなものはないはずだ。


「もしかして……」


 傍らの机で仕事をしていた補佐官のヴェンツェルが、ふとペンを止めて呟いた。


「なんだ」

「あ、いえ。ノルトでは確か農政部が提案した農法の試験が行われますよね。それを見に行くのではないかと思いまして」

「まさか」


 それこそ、ケレーアレーゼの姫君が見ても面白くないものだろう。園芸を趣味にしても、畑仕事をすることのない女性が、どうして農業に興味を持つ。

 それに、その農法の試験だって、これから作物を植えてみるのであって、結果が出ているわけではない。見るべきものなどやはりないはずである。


「ですが、あれは妃殿下の故国から持ち帰ったものでした。それに、彼の国より参考人を招致することも決まっております。妃殿下が興味を持たれる可能性もあるのではないでしょうか」


 ヴェンツェルがそう続けても、納得がいかないブルクハルトだったが、


「だが、そうだな。農政部に知らせる必要はあるか」


 何が目的にしても、彼女の存在は少なからず試験に影響を与えるだろう。ついでに進捗も聴きたいところではあるし、彼らを呼び寄せることとした。




「存じております」


 王妃がノルトに行く予定であることを伝えると、呼び寄せた二人の農政官のうち年配の方がそう答えた。動揺もなく、王妃に迷惑している様子もなく、ただ淡々とした口振りからして、すでに予定に組み込まれているようだ。

 ブルクハルトにはつい先ほど連絡が来たばかりだというのに、おかしなことである。


「そう……なのか。しかし、それでは試験に支障が出たりしないか? 王妃の滞在によって、人手がそちらに割かれてしまうだろう」

「そちらについても、既に対応済みです。そもそも、妃殿下をお招きしたのはノルト領主です。心構えはできているかと」

「ノルト領主……リーベルトが? 何故」


 問い返したところで、口を閉ざした。こちらから視線をそらし、返答の言葉を探しているようだ。怪訝に思っていると、隣の若い農政官が口を開いた。


「それはやはり、どうしてこの件に関心があるからでは? 元々は妃殿下のご提案ですし……」

「フェルカー!!」

「…………あっ」


 先輩の鋭い叱責に、年若い農政官はたちまち顔色を青くした。


「王妃の提案? どういうことだ」


 ケレーアレーゼから仕入れた方法だと聴いてはいたが、王妃が関わっているとは全く聞いていなかった。

 しばらく沈黙していたが、フェルカーという官吏を諌めた男が申し出る。


「妃殿下が故国の農法についてお教えくださり、それを外交部に調べさせました。その結果、我が国でも有用の可能性がありましたので、今回の件に乗り出したのです」


 一度言葉を切ったあと、彼は逡巡し、もう一度口を開いた。


「あの……すでに承認が下りた件ですし、取り消されるのは……」


 何故そんなことを言い出したのか、と考えて、ガツン、と頭に衝撃を受けたような気分になった。彼らは、これから進めようとしていた試みを、王妃が関わっているからという理由だけで、ブルクハルトが取り下げると思っているのだ。

 確かに王妃が関わったという点は不可解だが、会議では彼ら農政官が検討に検討を重ねて立案した様子が見てとれた。そしてこちらも充分に企画内容を見たうえで承認した。それを簡単に翻すはずもないというのに。

 傍若無人な振る舞いをした覚えはないのに何故、そう思われるようになってしまったのか。

 動揺を押し殺して、返答する。


「そのようなことはせぬ。計画通り進めろ。ただし、これからはどんな些細な連絡も怠らないように」


 はい、と返事を聞き、用事もなくなったので、農政官二人を下がらせた。

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