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慈善事業などではない

 でも、とその後にイルメラは首を傾げた。


「それってとっても凄くって大変なことなんじゃあ……」


 国の食事を変えるなどという大掛かりなことを自分ができるとは思えないのだろう。一食堂の従業員が国内全域に向けて新しいものを発信することになるなんてこと、まずそのやり方すら思い付かないに違いない。


「だから、ここにいるシャハナーに援助してもらうわ」

「ええっ!?」


 イルメラはシャハナーのほうを振り返った。話題となった当人は、まるで他人事のように優雅にお茶を飲んでいる。


「イルメラさんの言うとおり、大変なことなのよ。新しく作った上で、各家庭がそういう料理を作るように広めなければならないし。そうでなくても、研究のために食材を消費しなければならないでしょ? とても一個人の力でできることではないわ」

「え……でもそれはなんか気が引けるなぁ……。だって、半分趣味のようなものじゃないですか」


 ここでようやく、商会の長が口を開いた。


「その趣味を仕事にしてくれとお願いしているんだ。ただ、援助といっても、これは寄付じゃなくて投資だよ。この話を受ける以上、君には国中に広まる料理を作る義務がある。そこのところは理解してもらう必要があるかな」


 つまり遊び半分では関わらせない、というわけだ。この件はあくまで事業。シャハナーとしても利益を回収できなければ金を掛けても意味がないと思っている。

 イルメラはますます表情を曇らせた。あまりの責任の大きさに不安になったようだ。

 そんな彼女に対して、シャハナーは安心させるように笑みを浮かべて付け加える。


「何も君一人に全てを任せるわけではないよ。色々な人を集めて色々と試していくんだ。その中で君は得意なことをすればいい」


 はい、とイルメラは頷く。少しは安心したようだが、眉間の皺は取れなかった。思わぬ時に人生の岐路に立つことになってしまい、戸惑いが大きいのだろう。


「すぐには決められないだろうから、家の人と話してゆっくり考えると良い」

「そうします」


 もう一度神妙に頷いた。悩みつつも断らないのは、提案を魅力的に感じているからだろう。アドリアーナとしては是非引き受けて欲しかったが、あまり圧力をかけるのも良くないと思い、これ以上は口を出さなかった。



 ※※※



 イルメラの食堂から出ると、アドリアーナたちは城門広場へと向かった。

 ザルツゼー城の敷地の玄関口となる城門は、一見して小さなお屋敷のようである。というのも、ここは敵の侵入を拒み迎え撃つ要塞としての役割の他に、式典などで王や王妃をはじめとした王族たちが国民に顔見せを行う場としての役割があるからだ。だから、巨大な門扉に差し掛かるように、半円状のバルコニーが設置されている。白い壁が豪奢な旗に飾られているのも、門の上が赤い屋根で覆われているのもそのためだ。

 そして、その門を前に設置された円形の広場は、人々の憩いの場であった。暇を持て余した人々はここに集い、おしゃべりに興じたり、読書をしたり。ときには歌や大道芸など特技を披露することもある。

 実は、アドリアーナたちとシャハナーはここで待ち合わせをした。そして、解散の場でもある。


「協力感謝するわ、シャハナー」

「いえ、こちらも面白いことを始められそうなので、構いませんよ」


 シャハナーは、最近城の料理が外国の訪問客に受けが良いと聞いて、興味を持っていたそうだ。これまでは食産業――特に外食関係に旨味はなかったが、それにも変化が見え出したので情報を集めようとしていた矢先、ドレスラーから話を持ちかけられた。王妃まで関わっているのなら、乗らない手はないと判断したようである。


「でも、良いのかしら。多少は支援できるわよ?」


 このイルメラの件は、もともとはアドリアーナの我が儘ではじめたところだ。大国の不興を買わぬようにと、それだけは十分に王妃に与えられた公費の使い道などあまりなかったのだし、食文化の発展のためとなればちょうど良いと思っていたのだが。

 しかし、シャハナーは再度断った。


「収賄やら癒着やらでつつかれたくはないでしょう、お互いに。それよりも、妃殿下が我が商会を贔屓にしてくださるほうが我々には嬉しいです」

「それは何か違うのかしら」


 王妃が同じ商会ばかりを利用していては、やはり癒着は疑われそうなものだが。


「正当な取引を行っているではありませんか。後ろ暗いことは何もない。帳簿を誤魔化す必要もない」


 なるほど、と納得する。確かに今回の件、王妃の公費を使う場合、名目をどうしようか悩んでいたのだ。素直に書けばまた王が殴り込んできそうだし、かといって適当な嘘を書けば、のちのち面倒なことになる。

 それに、とシャハナーは付け加えた。


「なにせ"王家御用達”はウルリヒ商会に持っていかれていますからね。そこに参入できるとなれば、有り難いものです」

「ウルリヒ……コリンナ様の御実家?」

「物入りの時に娘さんが父親を頼るのも仕方のないことですが……同業としてはやはり、羨ましい一方面白くないものです」


 言うならば、ウルリヒ商会は今、王族相手の商売に関して独占状態にあるのだ。しかもウルリヒ商会は扱っている商品も幅広いので、他の商人が入り込む余地がほとんどない。


「ですので、妃殿下が当面の間、夜会の準備などに我らにお申し付けくだされば、こちらにも箔がつきます。それで充分でございますよ」


 決して慈善事業ではありません、営業なのです、とシャハナーは言う。

 それなら、とアドリアーナはシャハナーの提案に乗ることにした。彼が良いというなら、面倒事が少ないほうが良い。


「なら、お言葉に甘えてお願いするわ。早速だけど、二ヶ月後の建国祭の夜に城で舞踏会があるの。ドレスや装飾品を揃えたいから、近日中に打ち合わせをお願いできるかしら?」

「まだお頼みになってなかったのですか?」

「どこに頼めば良いのか悩んでいたのよ」


 こういうときこそウルリヒ商会なのだろうが……あそこを使うのは気が進まなかったのだ。かといって、他の商会を利用しようにも何処が良いのか分からず、しまいに面倒くさくなって、つい延ばし延ばしにしていた。

 彼のように使いやすい商人と関わりが持てるなら、アドリアーナとしても好都合である。

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