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評判は場所によって変わるらしい

 気を取り直して、食堂へ行く。

 オリヴァーが案内したのは、城下で話題だという食堂だった。王城と湖の船着き場を結ぶ大通り沿いにある二階建て。外観は、この街の家とさほど変わりはないが、店の名前を掲げたアーチ状の門があり、建物までの短い間にチューリップが咲いた小さな庭があった。

 硝子の嵌まった木のドアを開けると、チリチリン、と小さなベルが鳴った。


「いらっしゃい」


 木の壁、木の床に四角いホールに、長テーブルが整然と並んでいる。椅子は背もたれのないベンチで、一脚に五人ほどが並んで座れそうだった。テーブル毎に天井から明かりが吊るされているが、光源は蝋燭であるため、少し暗い。

 店内は百人ほど席に座れそうな広さであったのだが、ちょうど昼食時であったので、収容人数を超えそうなほどの人がいた。給仕に限らず多くの人が右往左往している。

 何処か空いてる席は、と店内を見回して、アドリアーナはある疑問に行き着いた。


「真ん中の人はどうするの?」


 椅子は五人掛けだ。端は良いとして、真ん中に座る人は、テーブルと椅子に挟まれてしまう。食事を終えて席を立つとき、もしくは空いた真ん中に座ろうとするとき、いちいち端の席の人に通してもらうように頼むのは、手間なような気がしてならないのだが。

 しかし、多くの席は真ん中まで埋まっている。皆どうにかして、座っているのだ。その方法が分からない。


「跨ぐんですよ。だから背もたれがないんです」


 アドリアーナは自らの足元を見た。アドリアーナが着ているのはワンピースだ。あれを跨ぐなら、裾をたくしあげなければならない。貴族社会では、脚を見せることははしたないこととされる。その世界で育ってきたアドリアーナも、必要なこととはいえ脚を見せるのは抵抗があった。


「端っこが空いてるとこ探しましょうか」


 アドリアーナの悩みに気づいたオリヴァーがそう提案してくれる。

 運よく、近くに空いている席があったので、そこに座った。アドリアーナが一番端で、ヨハンナが隣。対面にオリヴァーが来る。

 アドリアーナたちを見て跳んで来た給仕の娘が、一人一人に品書きを手渡す。その間、彼女はアドリアーナたちを――特に、アドリアーナとヨハンナをまじまじと見ていた。

 大きな目と左側で高く結い上げた髪が特徴的な、活闥とした娘である。年の頃は十五、六か。金髪に赤が混じっているのか、それともその逆か、この薄暗い照明の中で、髪の色が橙に見えた。


「お姉さんたち、見ない顔だね。この国の人じゃないでしょ。観光?」


 給仕が親しげに声を掛けてきたことに驚いたが、平静を装って答える。ここは庶民の食堂。貴族間の常識とは違うのだろう。


「いいえ、父の仕事の都合でしばらくここに滞在することになって」


 商人である父が、塩の買付でしばらくザルツゼーに滞在する、それに旅行気分で付いてきた娘、という設定だ。


「どっから来たの?」

「ケレーアレーゼよ」

「てぇと、王妃様のお国だ!」


 ぱしん、と手を叩き、声をあげる。明朗快活、といった感じの娘だ。声が大きく、店中に聞こえそうである。さすがに非常識にも感じるが、悪い気分はしなかった。朗らかさに当てられたのだろうか。


「ねえ、王妃様ってどんな人? 王様と結婚して二年経つけど、あんまり噂を聞いたことなくて」


 自分の噂については案の定、とは思ったが、自分のことを語るのも憚られた。誉めるべきか卑下するべきか、判断に困る。


「……私、王都から離れて住んでいたから、あまり国の王族には詳しくなくって」

「そっかぁ」


 給仕の娘は残念そうに肩を落として、


「可哀想だよね、王妃様。輿入れされたときには、王様にはもうコリンナ様が居られたから、結婚したのにきっと寂しい想いをされているんじゃないかな」

「え?」


 みんな、王と側妃の邪魔をしたと憤っているものだと思ったのだが、そうではないのだろうか。

 詳しく聞き出そうと思ったのだが、奥から飛んできた声に遮られた。


「イルメラ! ペチャクチャ喋ってないで働きな!」

「わかってるよ! まったくうるさいな……注文、なんですか?」


 促されて、あわてて品書きをざっと眺めた。何々炒め、何々煮、と分かりやすい料理名が並んでいる。その中から適当に三人分を選んで注文した。


「了解。あとでまたお話聞かせて」


 とと、と軽快に店の奥へと消えた少女を見送って、アドリアーナは呟いた。


「……驚いたわ」

「当初、城内での風当たりは強かったですからね」


 ヨハンナもこれに同意した。

 一般的に生まれに拘る貴族たちからも反発されていたのだ。これなら下の階級もそうだろうと思っていたのだが、まさか自分が同情されているとは思わなかった。


「でも、俺らからすると、大国との繋がりができるのは良いことなんじゃないかって思ってたんですよ」


 なにせ貧しいもんで、とオリヴァーは言う。大国のお姫様が嫁いできたのなら、その恩恵が受けられるのではないかと考えたらしい。

 実際、貿易の関税を下げたりと、経済的なところでケレーアレーゼがこの国を援助しているのは確かだが。


「そうかもしれないけど、コリンナ様とのロマンスは大流行したのでしょう?」

「まあ、それは。特に庶民には夢のような話ですからね。でも、この件に関しては、みんな王様に幻滅してましたね。結局他の女を迎え入れる羽目になるんだったら、どうしてコリンナ様を城に迎えたんだって」


 これではどちらの女も不幸にするのではないか、と特に女性たちの不興を買ったようだ。

 コリンナが側妃である以上、アドリアーナであろうが国内の貴族の娘であろうが、いずれ王は誰かを王妃として迎えなければならなかっただろうが……なんというか、夢のようなロマンスが現実に負けてしまったことで興ざめしてしまったらしい。


「一人としか結婚しない、庶民ならではの感覚ね」


 貴族ともなれば、恋愛で結ばれた間柄でも、場合によっては側室あるいは正室として他の女を迎え入れなければならないということは、往々にしてあるものだ。それでも二人の関係が変わらず続いていたのなら、それは美談として語り続けられる。

 しかし、庶民の間ではそうではないらしい。それは恋愛にしろ、家の都合にしろ、結婚したのならその一人の伴侶に尽くすべき、という風潮があるからなのだろうか。

 結果的に横槍を入れてしまったアドリアーナが言えたことではないが、少し羨ましい、と思う。結婚した相手に、唯一の伴侶(パートナー)として認めてもらえるという状況に少し憧れる。

 アドリアーナには、もう一生得られない立場だけれども。

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