ロマンスだって食べ飽きる
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なんだか変わってしまった、とコリンナは思う。冬の厳しさのピークも過ぎ、ようやく日差しが暖かくなってきたので、久し振りにお茶会を企画した。コリンナお気に入りのサンルームに王の臣下の夫人や娘たちを招き入れ、家族の愚痴や流行、噂などの話に花を咲かせていたのだが……最近では、その話題にちょっとした、しかしコリンナにとっては致命的な変化が生じている。
「先日、王妃様が絶賛されていたケレーアレーゼの焼き菓子を取り寄せましたの。果物の酸味が利いていて、とても上品な味わいでしたのよ」
「私は主人に頼み込んで、ポルキッサの大使がお気に召されたという新作のスープをいただきました。この国に昔からある芋のスープに似通っていたのですけれど、これがなんと冷たくて! でもとってもさっぱりして口当たりがよろしかったんですの。また暖かい時季が来ましたのなら、飲んでみたいですわね」
「さすがは大国生まれの王妃様。いろいろなお食事をご存じでいらっしゃるわ」
王妃様、王妃様、王妃様。これはコリンナのお茶会であるはずなのに、皆王妃の話題ばかり。彼女の薦める食事や菓子が美味しいらしい。あまりに話題になるのでコリンナも少しは気になっているのだが、ブルクハルトが王妃の食事は味がなく、青臭かったり汁気ばかりだと言うので、それを信じて結局口にはしていなかった。
話題に入り込めないことへの後悔と、王妃に話題をさらわれた腹立たしさがせめぎあう。
コリンナは、自身の立場に危機感を覚えていた。
南の大国から来て、愛するブルクハルトの正室に収まった、間の抜けていそうなあの小娘。ブルクハルトも興味がないようだったこともあって、はじめのうちはさほど気にしていなかった。世間もコリンナの味方。そう思っていたのに。
いつの間にか、周囲は王妃の話をし始めた。何処かの大使を喜ばせた、だの、王妃の用意した晩餐が美味しかった、だの。ここはコリンナの場所なのに、横入りしてきた小娘の事ばかり皆話す。
「コリンナさまは如何なのですか? 普段のお食事に珍しいものは出まして?」
怒りを抑えて聞き役に徹していると、今年デビューしたばかりだという男爵家の娘が、無邪気に尋ねてきた。はじめて喚ばれた側妃のお茶会だ、浮かれていたりするのだろう。が、それだって結局は王妃の話題だ。
――側妃に訊くだろうか、普通。
コリンナは面白くないのを押し隠し、笑顔を張り付ける。ブルクハルトに逢う以前は、商人である父に付き添い、お客様の相手をしたことが何度もある。表面を取り繕うくらいの事は、コリンナにもできた。
外交だけして王妃面する小娘の、なんと厚かましいこと。
「いいえ、残念ながら特に変わったものはありません。そろそろ新しいものが欲しくなってしまいますね」
わあ、と羨ましげな声があちこちから漏れる。コリンナの食事はザルツゼーの伝統的なものから変わりはない、という意味合いだったのだが、どうやら周囲は王妃の手配した珍しい食事さえ王城では珍しいものではない、という風に受け取ってしまったようだ。
否定することもできなくて、コリンナはただ微笑むことに徹した。
コリンナの居場所が失われるかもしれない。
アドリアーナが来てから二年。コリンナははじめて、そんな焦燥に駆られていた。
※※※
「一体どういうつもりなの!」
来月、プラミーユより更に遠方の国カリカンヌより大使が来るということで、外交部と打ち合わせをしていたアドリアーナは、外交部の居室を出たところで、突然コリンナの襲撃を受けた。どうやらアドリアーナを待ち伏せしていたらしい。いったい何事かとげんなりする。どうせ大したことではない。
とはいえ、そうあからさまに追い返すこともできないので、笑顔を張り付けて対応する。
「ごきげんよう、コリンナ様。如何なされました?」
「貴方が最近やっていることよ! ここ一年、外交に口を出したり、陛下の好みでないお食事を出したり……いったい何を企んでいるの」
よほど怒っているのだろう。今まではあった敬語がなくなっているな、と思いつつ、その事は指摘せずに質問に答えた。
「外交は王妃としての職務の一つですから。関わっていくうちに疑問や意見が出てくるので、それを口にしているだけですわ。お食事につきましても、その一環ですの。陛下のお好みでないことは残念ではございますけれど、お出迎えする以上、お客様を優先させなければなりませんもの」
「嘘吐かないで! 外交部の官吏たちと厨房の料理人は貴方の味方だというじゃない!」
「彼らとはお仕事の話をしているだけです。決して懐柔して、私の都合の良いように扱っているわけではありませんわ」
その結果、王の好みでない食事が出るようになっただけだ。そうなるように仕向けるようなことはしたが、選んだのは厨房の料理人たちであって、アドリアーナが強制させたわけではない。
「貴族たちは……」
「お茶会や夜会などで親しくさせていただくことはありますが、それだけですわ。私にまだ誰かを動かすほどの力はございませんもの」
外交に口を出せるようにこそなったものの、政治の中枢にかかわることはまだできていなかった。エミーリアに情報収集させて派閥を見極めることくらいはしているが、議会に立ち入って発言する権利などなく、また議員のほうも、そんなアドリアーナに取り入る価値を見出だしてない。
そして国民の人気取りは、それこそコリンナのお役目だ。そこにアドリアーナの出番はない。
ある程度自由に動けるようになったとはいえ、相変わらずアドリアーナは"もてなし係のお飾り王妃”でしかなかった。
「ですから、今の私に、臣下たちを味方に付けてこの国を自分の良いように動かしたり、貴女を排除したりする力はありませんわ」
アドリアーナの宣言に、コリンナの勢いが少し衰えた。まだアドリアーナを睨みつけているし、言葉も疑っているようだが、どこか安堵しているようにも見える。
やはりか、とアドリアーナは嘆息した。話し始めたときから、彼女が何を心配しているのか、おおよそ見当がついていた。
「コリンナ様」
呼びかけると再び警戒心をあらわにした、夢見がちな年上の女性にアドリアーナはばっさりと言い放った。
「どんなに素晴らしいロマンスも、いずれ人は飽きてしまいます」
「なんですって?」
気色ばんだ様子からしても、アドリアーナの予想が外れていないことがよく分かる。
要するに、だ。コリンナは、アドリアーナのほうが話題を掻っ攫い、最近自分と王の恋愛話が人々に忘れられていることが気に入らないのだ。
コリンナは商人の娘だ。貴族でも何でもない。運よく王とのロマンスが国中に広まり、身分差の恋愛が周囲に受け入れられたことで、側妃としてでも王の隣にいる権利を得た彼女だが……もし、王妃にこのまま人気が出るようであれば、コリンナの立場が危うくなる、とでも考えているのだろう。
「ですが、コリンナ様が陛下の寵愛を賜るようになってからもう六年です。何も心配することはないのではなくて?」
周囲が話題にしていなくても王の気持ちがどこにあるかなんて日々明らかであるし、だからこそコリンナを追い出そうとする者もこの城にはいない。仮にアドリアーナが癇癪を起こしても、聞き入れられることもないだろう。
だから、彼女が心配することなど、何一つないのだ。
下らない不安など抱えていないで、アドリアーナの仕事を邪魔するくらいなら後宮の奥へと引っ込んでいてほしい。
「私、お仕事がまだ残っていますの。失礼してよろしいかしら?」
もう話すことはない、と切って捨て、アドリアーナはエミーリアを連れて彼女の脇を通り抜ける。仕事があるのは本当だ。客室の準備などもしなくてはならない。
「あなたに、私と陛下の邪魔はさせませんから!」
コリンナの捨て台詞を後ろに聴きつつ、馬鹿馬鹿しい、と溜め息が出る。
「いまさら陛下の寵愛なんて、どうでもいいのだけれどね」
この一年で外交に口出す権利は獲得したが、あちらは今でも立場だけを与えてアドリアーナを伴侶として認めようとはしていない。
結婚してもう二年だ。いい加減夢も見なくなる。
が、アドリアーナの侍女は冷静にその問題点を指摘した。
「妃殿下、それでは御子ができず、困ります」
「それもそうね」
気のない返事で応える。
子供を、と王にせっついてこそいるものの、なんだかどうでもよくなってきたアドリアーナであった。




