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この国の食事は塩辛い

本作は、ゆう様の「お話の種、育ててみませんか?」(https://ncode.syosetu.com/n9729et/)に記載のアイデア「お飾り王妃様のビフォーアフター」をもとに執筆しております。


食テロ回(※悪い方)です。

 真っ白なテーブルクロスの上に新しく出された料理を見て、アドリアーナはため息を吐きそうになった。

 金縁の入った白い陶器の皿の上には、メインとなる肉料理。弾力のありそうな分厚いステーキは、中心まで火が通っていることが確信できるほどにこんがりと焼けている。その上に掛かっているのは、じっくりと念入りに煮詰めただろうデミグラスソース。皿の中で池ができるほど並々と注がれた褐色の液体は、付け合わせの野菜が溺れるほどに絶望的だった。


 意を決してカトラリーを手に取る。ぐっとフォークを肉に差し込み、ナイフで力一杯切り分けていく。芯まで火がよく通された肉の断面がすぐにソースで染まってしまうのが悲しい。噛み締めれば、肉の味は一切しなかった。ソースもまた、野菜の風味を感じられず、ただ“濃い”としか言い表せない。


 ただひたすら塩辛いだけの食事。

 これがもう、四回も続いている。


 前菜は、キャベツの塩漬け(ザワークラウト)だった。ただ、塩が多いのか、本来感じられるはずの酸味が全くない。ただただ塩辛い。

 スープは玉ねぎのポタージュ。透明な飴色の見た目だけは良かったが、こちらも塩味。それ以外にコメントはない。

 その次は通常のフルコースなら魚料理だが、この国は魚を一般に食べないので、肉料理に変更。出てきたのはヴルスト。シンプルに焼いただけのものだが、これがもう塩辛く、故郷のサラミと勘違いするほど。それが二本。添えられたマスタードを使う者は夫以外にいなかった。それが正解。

 口直しはなかった。なんとも悲しい事態であるが、前例を鑑みるに、そちらの方が良かったかもしれない。

 そしてこのメインである。


 少ない蝋燭でも明るくなるよう薄灰色で壁が塗られたダイニングルームには、外の夜闇が押し寄せたかのように暗く重い沈黙で満たされていた。味覚の限界に挑戦したフルコースに、アドリアーナも客人も話題を探す余裕もない。隣にいる一応夫もまた黙っているが、彼は客人が黙っているから口を開かないだけで、きっとこの沈黙の意味を理解していないに違いない。

 沈黙と、濃い味に耐えかねて、アドリアーナは給仕を呼んだ。


「――お水を」


 給仕の顔には何度目だ、と書かれていたが、無視。ひと睨みくれて早くするように促し、客人のグラスにも注がせる。

 ディナーはまだ第四ラウンド。まだまだ先は長い。




 メインのあとはサラダ(生野菜にシンプルに塩が掛かっていただけのものだったが、これはむしろ救いだった)、そしてデザートがわりにチーズが出され、ようやく最後のお茶が登場。ラベンダーティーであったが、ドライフラワーにすればいいものを、あえて塩漬けにしたのだというから正気を疑う。皆、水を飲み過ぎたことを理由に香りだけを楽しんだ。


「このような食事を、御馳走様でございました」


 虚ろな眼を見なければ、本当に満足したのだと信じてしまいそうな完璧な笑顔で、ナプキンをテーブルに置いた初老の紳士は発言する。笑顔のわりに発言の内容があまりにも率直で、嫌味だったのか、それとも思わず本音が漏れ出てしまったのかは、計り知れなかったが。どちらにしても、アドリアーナは甘んじて受け入れるしかない。穏やかな目をしていても、この紳士は他国の大使。遠方からわざわざ出向いてくれたというのに、このような苦行を強いたのである。批判されても文句などとても言えるはずがない。


「いいえ、このような粗末な食事で申し訳ない」


 こんな食事を毎日三度食べているとは思えないほど、色素が薄く線も細い美男の夫は、にこやかに笑みを浮かべて社交辞令にもならない台詞を吐く。本気でそう思っているのが分かるからこそ、アドリアーナも客人夫婦も困り果ててしまった。彼は幼いときからこの食事を食べ続けているので、これが最高の食事だと思い込んでいる。だから仕方ないのかもしれないが……世界の共通認識ではないことをそろそろ学んで欲しい、とアドリアーナはずっと思っていた。

 

「さすがは塩の名産地と思わせる食事でした」

「ええ。この国に恩恵をもたらしてくれるものですから。我が国では民の端々までに塩が行き渡っているのです」


 不毛であった。まさしく誰か畑に塩を撒いただろうと思えるほどに、不毛な会話だった。困るのは、夫に客人の真意が伝わっていないことにある。

 この後どのような会話を続けると言うのか。恐ろしくなって、なんとか話を逸らそうと、必死に頭を回転させた。


「そうだわ」


 ぽん、と両手を合わせ、無邪気を装って会話を遮った。夫が顔をしかめたのには気付いていたが、素知らぬ振りをする。幸い、ピンクベージュの髪に垂れ目がちな飴色の眼と、見た目だけは砂糖菓子のアドリアーナである。不本意ながらもふわふわとした自らの容姿は、このように空気を読まない発言をしても周囲からは受け入れられやすいという、微妙な利点があった。


「祖国から梨がたくさん届いているのです。よろしければ、お召し上がりになりませんか?」

「まあ! よろしいの?」


 直ちに反応したのは、大使の奥方だ。五十に差し掛かった年頃だが、淡いピンク色の衣装が似合っている可愛らしい女性。ご主人と同じく、笑顔の裏に自らの感情を上手に隠せる方であるのだが、この食事でだいぶ疲労させられてしまったのだろう、食いつきぶりが半端ではなかった。


「ええ、もちろんです。サロンの方で、お茶と一緒にお出しいたしますわ」


 大使も如何ですか、と振ってみれば、喜んで、と返事があった。早速アドリアーナ付きの侍女に命じて準備をさせる。


 梨はみずみずしく、さっぱりとした甘さであった。当然、大使夫婦には大好評だった。

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