自殺男と三人の神々
その日現れた男は、ヘラが見てきた中でも変わった人間の1人だった。
ヘラは死者の魂を別の世界に転生させる重要な役割を担っている。
補佐を勤めるアレとカイもその男を見て驚いたようだった。
この世界の魂の分量は、それぞれの世界で決まっている。
神々は『死履歴書』を見て、その魂が次にどこに行くのか、決めねばならない。
ヘラは神々の中でもその冷徹な観察眼で長けており、長年この任についていた。
アレとカイに関しても、この道に入って何百年にはなる。
まさしくベテラン女神三人組が、魂の行方を定めていたわけである。
しかしそんなベテラン達の目にも、目前の魂はいささか奇妙に写った。
「名をなのれ、迷い人よ」
とりあえず、アレが男に呼び掛ける。
男は、何故かここで歓喜にうちふるえたようだった。
万歳をして、涙を流す。
「これ、お前……」
「私の名前は海藤。海藤たくみです」
いってん、満面の笑みで答える男。
「っ!?それでは、お前の死因を申してみよ」
「私の死因?それは自殺です」
そう、自殺だった。
自殺者の魂は、通常、神の目から見ても悲惨な人生を送ってきたことが多い。
だが。
「我々の目から見ても、貴様は人間として、たぐいまれな実力を持っていたように見えるが……」
東京大学法学部卒。
国家公務員総合職にて財務省入庁。
課長のポストを勤めたあと、突然医学部入学。
医学部在学中に弁護士の資格も習得。
その後さまざまな難関資格を取りきった後。
なぜか、男は自殺したのだ。
「なぜ、お前ほどの男が?」
ヘラですら、このような男には迷ってしまう。
果たしてどの異世界に送るべきか、はたまた現世に返してやるべきか……
「覚えておきたかったんですよ」
男は、ひっそりとそういった。
「?覚える?」
「そうです。神々の世界のシステムは、我々人間界からでは分かりません。」
「それはそうだ」
人間ごときに悟られるような舵取りでは困る。
「私は自分が死んでも、自分という存在を覚えておきたかったんですよ」
にっこりと、そういって、海藤たくみは笑った。
「だから、記憶力が必要とされる資格に挑み巻くった」
「そして今、私は私を私として認識した状態でここにいる。前世の記憶がないまま異世界転生なんかさせられてもなにもうれしくない。私はこの私であるからこそ嬉しいんです!!」
死んだというのに、こんな満足そうな魂は初めてだ。
「さて、どうしたものか……」
三人の女神は頭を悩ませたという。