5話【入団】
「――目的は復讐?」
「……はい。国のために戦うとかは正直あまり実感はありませんけど、村を焼いたあいつらは許せません」
「素直でいいわね。そういうのは嫌いじゃないわ」
マリアさんに連れてこられたのは、ベングレンの街にある練兵場だった。
この街にはたくさんの傭兵が防衛のために配備されており、そんな彼らが鍛錬をするために作られた場所だ。
木剣や木盾だけでなく、使い込まれた鉄剣なども大樽の中に詰め込まれている。
「傭兵団に入るのに、特別な資格とかはいらないわ。必要なのは一つだけ」
マリアさんはそう言って、大樽の中に入っていた鉄剣をこちらに投げ渡した。
「わかるわよね?」
その問いに、おれは無言で頷く。
「お願いします」
一礼してから、剣を構えた。
こちらが一歩踏み出そうとした瞬間、マリアさんがこちらとの距離を一気に詰めてくる。
神速ともいえるほどの踏み込みとともに繰り出された一撃を、なんとか受け止めた。
いや、受け止めたのだが……そのまま後ろに身体ごと吹き飛ばされた。
転びそうになりながらも、気合で踏みとどまる。
剣を握る手がじんじんと痺れ、たった一撃だけだというのに、相手との実力差を痛いほどに思い知らされてしまった。
「へえ……今の一撃を受けても、まだ立ってられるんだ?」
マリアさんは快活な笑みを浮かべて、こちらを見ている。
……このままでは、だめだ。
ベングレンの街に大人しく引っ込んでいればいいと、言われてしまうだろう。
そんなのは……嫌だ。
おれは、剣を握る手にありったけの力を込めた。
リィンと戦ったときのように、自分の心臓がドクンと跳ねたような気がして、勢いよく身体中に血液が巡っていく。
あのときは、自分でも信じられないぐらいの力が湧いてきた。
それをぶつけることができればっ――
「せやぁぁぁ!」
今度はこちらが一足飛びに距離を詰め、マリアさんに思いきり剣を叩きつけた。
鉄剣同士がぶつかり合い、火花を散らせながら爆ぜるような高音が響き渡る。
「この力……やっぱりアスベルも――」
マリアさんがそう小さくつぶやいたかと思った瞬間――おれの身体は宙を舞っていた。
人間ってこんなに長く空を飛べるものだっけ? と頭の中に浮かんでくるほどの滞空時間を経て、背中から地面へと激突し、背中と腹部の両方に猛烈な痛みが襲ってくる。
そこで初めて、自分が腹を蹴られて吹っ飛んだのだと理解した。
「ゲホッ……げほっ、ま、まだやれます。だから……」
プツリと切れてしまいそうな意識をなんとか繋ぎ止め、立ち上がろうとすると、マリアさんは手で制するようにして試験終了の意を述べた。
ホムラたちはおれを心配してくれたのか、練兵場に一緒についてきて試合を見ていたのだが、ミリアムは杖を持ってこちらに駆け寄り、おれの背中や腹の痛みを癒してくれる。
「安心して。あなたの入団は認めるわ。というか、もしわたしに勝てちゃったら団長としての立場がなくなっちゃうし。それより、あなたに言っておかないといけないことがあるの。メシュティア人という言葉に、聞き覚えはある?」
メシュティア人……たしか、リィンもあのとき、おれのことを末裔とかなんとか言っていた気がする。
そもそも、メシュティア人ってなんだ?
「メシュティア人は大昔に繁栄したとされる人種の一つよ。そこにいる黒髪の子……ホムラ君だっけ。色んな本を読んで勉強してるみたいだし、もしかすると知ってるんじゃない?」
「大昔といっても古代文明よりは後の話になるから、ぼくはあまり興味がなかったけど、民俗学の本で何度か目にしたことはあるかな。たしか、非常に戦闘能力に長けた人種で、他の種族を支配して王国まで築いたとされているけど、何百年かで滅びちゃったらしいよ」
「その通りよ。それでね、メシュティア人の特徴は燃えるような赤い髪とされているの」
おれは、自分の赤い髪を指でつまんでジッと見つめる。
そして自分の前に立っているマリアさんもまた、同じ髪色をしていた。
「えっと、もしかして……」
「そう。わたしもメシュティア人。もっとも、赤い髪だからといって全員が高い戦闘能力を有しているわけではないの。長い年月を経てだいぶ血が薄まっているから、外見的特徴はそうでも、身体能力は一般人となんら変わらない人がほとんどよ。わたしやアスベルのように、普通よりも強靭な身体であることのほうが稀なの。それで、メシュティア人の末裔と呼ばれるのは――」
「おれやマリアさんのほう、というわけですね」
マリアさんは剣を鞘に収めながら、その通りとつぶやいた。
「ちなみに、なんでこんな話をしたかと言うと、自分以外のメシュティア人に会ったのが久しぶりで、なんだかとても嬉しいから。そして、気をつけてほしい大事なことを一つ教えておこうと思ったからよ」
大事なこと……?
「さっきの一撃、あれはどうみても、アスベルの身体の限界を超えたものだった。わたしもちょっと焦って本気を出しちゃったぐらいだから」
マリアさんは、イタズラっ子のようにテヘッと舌を出してみせた。
お腹、とっても痛かったです。
はい。今はミリアムが治療してくれたから、元気です。
「なんかこう心臓がギュッとなって、身体中にドバっと血がたぎるような気がして、バヒュンッって加速するような感じだったでしょ?」
かなりフワっとした言い方であるが、その通りだと思う。
普段よりも大幅に――そう、限界以上に絞り上げるような感覚だ。
「あれは、滅多なことでは使わないほうがいいよ。でないと、寿命を縮めることになるから」
「えっ……」
「ホムラ君が教えてくれたように、大昔にメシュティア人は他種族を支配して王国を築くほどに繁栄していたらしいの。でも、最後には滅んじゃった。これはメシュティア人の寿命が関係しているとされててね、激しい戦闘をくぐり抜けた人たちほど短命だったとされているわ。強さを誇りにしている種族の王は、それだけ戦いで自分の強さを証明する必要がある。そうなると、必然的に王様は早くに亡くなるでしょう? 民を統率する王が短期間で交代してしまうことが、緩やかに国を傾けていった原因と言われているのよ」
あの力が、寿命を縮める……?
おれは自分の心臓あたりに手をやって、鼓動をたしかめる。
今はもう、さっきのように激しく脈打ってはいない。
「それは……ぼくも初めて聞く内容かな。だけどたしかに、統率力に優れた王がいたとしても短期間で入れ替わっていたら安定しない」
ホムラも納得するように相づちを打つ。
「とにかく、入団試験で使うようなものではないっていうこと。どうしても必要だと思ったら、それは自分自身とよく相談してからにしたほうがいいわ」
マリアさんが人差し指をぴんと立てて、忠告してくれた。
「は、はい。わかりました」
こうしておれの入団試験が終わったと思われた頃、傍にいた二人から声が上がった。
「あの、ぼくとミリアムも傭兵団に入れてもらえないかな? ……いえ、入れてもらえないですか?」
「お願いします」
「二人とも? たしかホムラ君は魔法が使えるし、魔導書の複写なんかもできるんでしょう? ミリアムちゃんもシスター見習いだったわけだし、ベングレンの街にある教会へ行ったほうが安全だと思うけど」
「いえ、まあ、こいつが傭兵団で頑張ってるのに、自分たちだけ街で保護してもらうっていうのも、なんか落ち着かなくて」
「わたし、杖で怪我した人を治療できます! 戦うことはできないけど、支援はできますよ!」
「よし! 採用!」
え、早くない!?
おれのときは入団試験とかあったのに。
「だってホムラ君は魔法が使えるし、色々と知識も豊富。ミリアムちゃんは杖で怪我の治療ができるから、どこの傭兵団でも引っ張りだこよ。断る理由はないでしょう」
くそぅ。特殊技能はどんなときも強い、ということか。
「そうそう。腕っぷしが必要なのは、前線で戦うわたしやアスベルのような脳筋だけってわけ」
「……まあ、そう言われればそうかもですね」
「って、誰が脳筋なのよ!」
快活な笑みとともに理不尽なノリツッコミをしてくださったマリアさんの印象は、最初のときよりずいぶん柔らかく思える。
もしかすると、傭兵団以外の人物に対しては、けっこう気を遣っていたのかもしれない。
こうして、おれたちは『赤』の傭兵団へと入団することになったのだった。
「――とはいうものの、今すぐにやらなきゃいけない任務はないの。招集がかかったらすぐに来ること。任務中はわたしの指示に従うこと。それさえ守ってくれれば、空いた時間は自由にしてもらってかまわないわ」
マリアさんはそう言って、小さな革袋を手渡してくれた。
「これって……?」
「支度金よ。戦場で死にたくなかったら、しっかりと準備を調えておくことが傭兵の基本。サンドバッグに案内させるから、必要なものを一通り揃えていらっしゃい」
「わかりやした、アネさん!」
マリアさんの呼びかけに、どこからともなく現れたサンドバッグさんが元気に返事をした。
「慣れない街で色々とわからないことも多いでしょうし、あっしが案内役をさせてもらいます」
たしかに、この街にある図書館へと何度も足を運んでいたホムラは別にして、おれやミリアムは村から出る機会がほとんどなかった。準備を調えろと言われても、どこに行けばいいのかもわからないので、サンドバッグさんが快く案内を引き受けてくれたのは嬉しい。
もしホムラに案内を頼んだら、魔導書の専門店巡りになっていたかもしれない。
「それじゃあ、さっそく行きやしょうか」
おれたちの村はあんなことになってしまったが、ベングレンの街は平和そのものだった。
大通りは活気があり、店先に並べてある商品はどれも魅力的なものが多い。
ミリアムなどは、数メートル歩くたびに足を止めているほどだ。
「なんか不思議な感じだな。ロゼリア帝国が攻めてきたっていうのに、街の人たちは全然気にしてないみたいだ」
焼かれた村から避難してきた人たちも大勢いるわけだし、情報がまったく伝わっていないというわけではないと思うんだけど。
「仕方ないさ。この街には強固な防壁があるし、保有してる戦力もぼくらの村とは桁違いだからね。それに、今までも国境近くで小競り合いがまったくなかったわけでもない。自分たちの頭の上に戦火が舞い降りてこない限り、人間っていうのは鈍感に生きていけるものなんだよ」
「もう、お兄ちゃんはまたそうやって達観したようなことを言う。本当は不安だけど、頑張って生活してるってことでしょ? それでいいじゃない」
ミリアムの言葉に黙ってしまったホムラだが、たしかにベングレンの街は強固な防壁に守られているし、兵士の数だって多い。
しかし、国境にあったグラム砦だって同じぐらい強固だったはずだ。
それが陥落してしまったことを考えると、楽観はできないように思える。
「アネさんもそんなこと言ってやしたね。まだエルニア大陸に来て日も浅いっていうのに、なかなかキナ臭いことになってきたもんでやす」
案内してくれていたサンドバッグさんも会話に入ってきた。
「えっと、もともとは別の大陸にいたんですか?」
てっきり、ここエルニア大陸の出身だとばかり思っていた。
「海を渡った先にあるゴルド大陸には、傭兵王ウルガンが治める王国があるんでやす。寒い土地なんで作物は育ちにくいんですが、優秀な傭兵を派遣することが産業として成り立ってる国です。アネさんはその国の出身で、あっしもそこで拾ってもらったみたいなもんですかね。その出会いがなかなか涙を誘うもんでして、え? 聞きたいでやすか?」
道中でも言いたそうにしていたし、語りたいんだろうか。
「それはいいけど、傭兵王ウルガンについては本で読んだことがあるよ。ラント共和国は優秀な傭兵を必要としているから、絶好の商売相手なんだろうね。エルニア大陸に来て日も浅いってことは、マリア団長たちは最近になって派遣されたってことかな?」
ホムラが華麗にスルーしながら、軌道修正してくれた。
「そうでやす。ラント共和国に雇われてる傭兵団は、あっしたちの赤の傭兵団以外にも緑やら蒼やら色々とありやすが、それをまとめているのがブリギットっていう女性なんです。どうもその人がアネさんの知己らしく、ここエルニア大陸での仕事を手伝うように呼ばれたんだとか」
なるほど。
色で分けられた各々の傭兵団は、軍隊における小隊や中隊みたいな役割を果たしているのかもしれない。
にしても、マリアさんは相当に腕が立つ人物だと思う。
その人をわざわざ呼んだということは、きっと以前からロゼリア帝国に不穏な動きがあったのだろう。
いったい、何が目的で攻め込んできたのか。
領土の拡大といった単純な理由なら、わかりやすい。
――だけど、本当にそれだけだろうか?