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4話【決意】

 ――ん?


 なんか身体中が痛い。それに、全身が筋肉痛みたいに重いぞ。

 毎日訓練していたから、筋肉痛になる感覚なんて久しぶりだ。

 おれが重たい瞼を押し上げると、視界には青い空が広がっていた。


 ガタガタと小刻みに揺れるこの感じ……馬車か?

 幌のない荷馬車の上で横になっていたおれは、ゆっくりと身体を起こした。


「あ、……ああ! アスベルが目を覚ました! う、うぉぉぉぉぉぉぉぉん!! よかった! よかったよぉぉぉぉ!」


 そんな叫び声を上げながら、よく知っている少女――ミリアムが抱きついてきた。

 ドスン、という衝撃が腹に響き、おれはわずかに顔をしかめる。


「ご、ごめんね!」

「い、いや、大丈夫だ」


 もうちょっと女の子らしい喜びの声というものがあるだろうと思ったが、それは黙っておこう。

 周囲を見回すと、見知った村人たちの顔があった。

 自分の足で歩いているところを見ると怪我はしていないようだが、皆一様に表情が暗い。


「え……っと、あれ……なんで、ここは……?」


 ようやくおれの頭に血が巡ってきたようで、村を襲った惨劇を思い出した。

「む、村はどうなった!? 自警団の皆は!?」

 おれが急に声を張り上げたため、ミリアムがびくっと肩を震わせた。


「……落ち着きなよ。説明するのは、ぼくのほうが得意だからね。ぼくから話そう」

 この荷馬車にはおれの他にミリアムと、どうやらホムラも乗っていたようだ。

 いつもなら、ミリアムが抱きつくような真似をすれば憎まれ口の一つでも叩くホムラが、それをせずに疲れた顔をしている。

 彼も相当に疲労しているのだろう。


「まず、アスベルがロゼリア帝国の騎士と戦ってから丸一日が経ってる。今すぐ何かをしようとしても、できることはあまりない。だから、落ち着いて聞いてほしい」


 おれは、丸一日も……眠ってたのか。


「村へと侵攻してきたやつらは、馬で駆け回りながら畑や食料庫に火をつけていった。種芋や種麦なんかまで残らずやられたらしい。幸いなことに、火を放つ前に騎士たちが警告はしてくれた。邪魔しなければ命までは取らないってね。だけど、一生懸命育ててきた畑を焼かれるのを我慢できず、必死に抵抗した村人たちは当然いた」


 ホムラが報告してくれる内容を聞き、横でミリアムが泣きそうな顔になっている。

 きっと、おれも相当にひどい顔をしていると思う。


「やつらは、その抵抗した村人たちを容赦なく皆殺しにした。たぶんそれが狙いだったんだろうけど、他の村人たちはそれを見て大人しくなったよ」


 そうして火の手がどんどん膨らんでいこうとするところへ、ラント共和国の援軍が来たという。

 ロゼリアの騎士たちは、指揮官の号令とともにあっという間に撤退していったらしい。

 その指揮官は、おれが戦っていたリィンという魔導騎士だろう。


「村人の被害は、その最初に抵抗した人たちぐらいさ。だけど、火事のせいで怪我人が多く出たから、教会は運ばれてくる怪我人でいっぱいだった。シスター見習いのミリアムまでが治療に駆け回るぐらいにね。治癒の杖は魔法と同じく使用者の精神を疲労させるから、今だって相当に疲れてるはずだよ」


 治癒の杖――おれには詳しい原理はわからないが、ホムラが言うには魔法のように精霊の力を借りて、肉体の活性化を強めるのだとか。

 教会の神父やシスターは、攻撃的な魔法よりも、そちらのほうを得意としている。


「まったく、そんな中、教会にアスベルが担ぎ込まれてきたときのミリアムの焦りようときたら、半狂乱といった感じだったんだぞ? あちこち怪我してるし、腹の刺し傷からは血が出てるし」

「あ! ホムラお兄ちゃんがそういうこと言う? あのとき気が動転してたのは、お兄ちゃんもでしょ。血を止めるのに傷口を焼くとか言い出して、火炎の魔導書で火だるまにしかけたくせに」

「う、うるさい! ぼくぐらいになると、そういった微調整ができなくもないわけで……」

「へぇ~、そうですか」

「くっ」


 二人が心配してくれたのは、素直に嬉しい。

 だけど、まだ聞いてないこともある。


「あのさ、おれ以外の自警団の……人たちは?」


 そんな質問に、ホムラとミリアムは黙り込んでしまった。

 どうなったのかは、たぶんおれの想像通りだろう。

 トッドさんだけでなく、ロゼリアの騎士を村に入れまいと抵抗した団員たちはおそらく――。


「――あなた以外は、全滅よ」


 おれの質問に答えてくれたのは、馬に乗った凛々しい赤髪の女性だった。

 荷馬車と並走するようにして、目線をこちらに合わせながら話してくる。


「目が覚めたようで、なによりだわ」

「あ、えっと」


 この人……たしか、村へ駆けつけてくれたときに、周囲に消火作業を指示してた人だ。

 もしかすると、救援に来てくれた兵士たちの隊長さんだろうか。


「彼らは村を守ろうとした立派な戦士たち。あまり時間はかけられなかったけど、丁重に埋葬はさせてもらったわ。気を失ってたあなたに祈る時間を与えてあげられなかったのは、残念だったけどね」

「そう……ですか」


 半ばわかっていたことだけど、実際に聞くと辛い。

 静かに目を瞑り、瞼の内側から涙が溢れそうになるのを必死に耐えた。


「自己紹介が遅れたわ。わたしの名前はマリア。この『赤』の傭兵団をまとめてる団長よ」

「傭兵……団、ですか?」


 おれはてっきり、この人たちはラント共和国の兵士だと思っていた。

 傭兵というのは、臨時で戦いに雇われる人たちじゃなかったっけ? それにしては、装備とかがやたらと充実してる気がするんだけど。


「別に不思議なことじゃない。ぼくらが暮らしているラント共和国は、共和制という政治形態だからね。個人が強大な軍事力を所有することは認められていない。だけど軍事力を一切もたないわけではなく、巨大な傭兵団に莫大な資金を提供することによって、国の防衛といった軍事を任せているんだ。傭兵団といっても、厳しい契約に基づいているから、下手な軍隊よりもよほど統率が取れているとされてる。ロゼリア帝国みたいに各貴族が兵力を保有している場合と比べて、軍事力を政治と分けておくことは内乱を防ぐことにもつながるからね。もっとも、いいことばかりじゃないけどさ」


 なる……ほど。

 ホムラがよく喋るのを聞いていると、普段の日常が戻ってきたようでちょっとだけ安心する。

 話の内容は半分くらいしか理解できないけども。

 つまり、ラント共和国では、信頼できる傭兵団に国を守るのをお任せしてるってことか。


「ふうん。そっちの黒髪の子はずいぶんと物知りなのね。そうそう、わたしたちはその大きな傭兵団に所属していると思ってくれればいい。それで、今の現状はもう聞いた?」


 村の惨状については、さっきホムラが大体教えてくれた。


「火はなんとか消すことができたけど、畑だけじゃなく民家も延焼でやられてたからね。さすがに村人をあのまま放っておくわけにもいかないし、ひとまずはベングレンの街へ皆を避難させようと移動してる最中ってわけ。あそこは立派な防壁がある城塞都市だから。事が落ち着くまでは保護してもらうといいわ」

 そっか……大勢で移動しているのは、ベングレンに向かっているからか。


「ここからが本題なんだけど、あなた……」

「あの、おれはアスベルといいます」


 遅ればせながら、自分も自己紹介させてもらう。


「アスベルは、ロゼリア帝国の騎士と戦っていたんでしょう? 遠目からだと詳しいことは把握できなかったから、そのときの状況を本人から聞きたいと思ってね」


 ――リィン・アルカノイド。


 あの魔導騎士は、そう名乗っていた。

 おれは、あのときに起こったことを全部話した。

 マリアさんは、さっきからおれたちを威圧しないようにうっすらと笑みを浮かべていたが、話を聞いている最中は真剣そのものの表情だった。

 気弱な人物なら、その顔を見ていると謝ってしまいたくなる――それぐらい迫力があった。


「なるほど、ね。グラム砦が陥落したって早馬で報せを受けてから、すぐに行動したつもりだったけど、やつらの動きはかなり早い。近隣の村に保有されてる物資を自軍の兵站として確保しなかったのは、攻めることよりも、守りに重点をおいた……? だとすれば、相手の兵力は消耗している可能性が高いわ。もしそうなら、多少無理をしてでも兵力を集中して一気に奪還すべき――いえ、評議会がその決断をするには時間がかかりそうね」

「あ、あの……?」


 わりとけっこう怖い感じのマリアさんに、ミリアムが勇気を出して声をかけた。


「一度ブリギットのやつに連絡するしかないわね。メンドくさっ……と、ごめんね。なあに?」

「えっと、アスベルを助けてくれたのは、マリアさんなんですよね? 本当にありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げるミリアム。

 ホムラも、目線とともにほんの少しだけ頭を動かした。


「ああ、そのお礼なら、わたしじゃなくてサンドバッグに言ってあげて」


 マリアさんがそう言って、少し離れた位置にいた部下らしい男を呼びつけた。

 サンドバッグと呼ばれた男は、頭にバンダナを巻いており、いかにも山賊っぽい風貌をしているものの、背中にある弓は立派なものだ。


「あ、アネさん! なんの用事ですか!? 何でも言ってくだせえ、何でもします!」

 ゴスン、と剣が鞘ごとバンダナ頭にぶつけられた。

「アネさんはやめて。『団長』と呼ぶように、いつも言ってるでしょう」

「へ、へい。わかりやした! アネさん!」

「……もういいわ」


 諦めた表情で、マリアさんは話を続ける。

「あのときリィンを弓で射ったのは、このサンドバッグなのよ。こう見えても、弓の腕前だけは一流だから」

 そ、そうなんだ。

 なんだか個性的な人だけど、とりあえずお礼を言っておこう。


「でも、アスベルもかなり腕が立つんじゃないの? ロゼリアの騎士を一人倒したみたいだし、そのリィンとかいう魔導騎士は魔導書も使わずに魔法を使ったとか。そんな相手によくもまあ頭突きで挑んだと褒めてあげたいぐらいよ」

「いや、まあ、とにかく必死だったのと、馬鹿力だけは昔からありますから」

「へえ……なるほどなるほど。やっぱり、若者は元気じゃないとね」


 マリアさんは、にこりと笑みを浮かべながら、おれの背中をバンバンと叩いた。

 そう言うマリアさんだって、まだ全然若いし綺麗だ。

 鎧とかでなく、ドレスでも着れば、きっと街を歩く皆が振り返るだろう。 


「ぼくは、その魔導騎士にすごく興味があるよ」


 魔法関連のことになると、ホムラはものすごく積極的だ。

 おれとしても、リィンがどうやって魔法を使っていたのかは気になる。


「馬上の騎士なんかが魔導書を手に持ったままだと、どうしても動きが制限されちゃうからね。それをせずに魔法を放てるのは、かなりのメリットだよ。服の裏地や、鎧の下地に古代文字を書き込む……もしくは編み込んでおくとかだろうか……いや、それだと効率が悪くなるし、あんまり現実的じゃないかなぁ……だとすれば命令式の簡略化が考えられるけど、それだと威力が激減しちゃうことになるし――」


 ホムラがぶつぶつと独り言を言い始めた横で、今度はミリアムが怖いもの見たさなのか、おずおずとサンドバッグさんに声をかけていた。


「あ、あの、サンバドッグさんって、ちょっと変わった名前ですよね」

 おい! 微妙に聞きにくいことを直球で聞いた上に、名前間違ってんだろ!

「そこ聞いちゃいます? 実はこの名前はあっしの本名じゃないんでやすよ。アネさんがつけてくれたんですが、聞くも涙、語るも涙の秘話がありやして……――え、聞きたいでやすか?」


 間違えられたことを華麗にスルーしただけでなく、なんかすごく喋りたそうにしている。

 そこでまた、剣が鞘ごとバンダナ頭へと叩きつけられる。


「ペラペラとよく喋るわね。寡黙なほうが、傭兵は長生きできると教えたでしょ」

「すいやせん、アネさん」

「だから、団長……」

「はい、アネさん!」


 そうこうしているうちに、ベングレンの街の防壁が遠くに見えてきた。


「あの、マリアさん」

「ん? どうしたの? そんなふうに改まって」


 おれは今から、あるお願いをしようとしている。

 果たして、この『赤の傭兵団』の団長であるというマリアさんは、受け入れてくれるだろうか。

 だけど、おれがそういった行動に至るのは、当然なのだ。


 ――このままにしておくつもりは、ない。


「おれを……あなたの傭兵団で雇ってはもらえないでしょうか?」


 勇気を出して、おれはそう言った。

 村を守る自警団としての仕事は……もうない。

 このままベングレンの街で保護を受けるだけというのは、自分には耐えられそうになかった。

 赤の傭兵団の団長――マリアさんは、きょとんとした表情をしてから、さっきとは違う――初めてみせる笑顔をおれに向けた。


「へえ……なるほどなるほど」

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