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3話【赤の鼓動】

 ――たぶん、おれは無様に叫んでいたんだろう。


 わけもわからない言葉で、剣を持った甲冑の騎士を罵っていたんだと思う。

 だというのに、相手はこちらのことなど一切気にする様子もなく、淡々と周囲にいる騎士へと命令を告げていく。


「速やかに行動を開始しろ。抵抗する者には容赦をするな」

「無視してんじゃねぇぇぇっ!」


 トッドさんを斬った女性騎士へと飛びかかるようにして、剣を振り上げた。

 頭を砕くつもりで渾身の一撃を繰り出したが、火花を散らしながら受け流されてしまう。


「ふむ……予想以上に力強い一撃だったな。少し刀身が曲がってしまったかもしれん」

「リィン様をお守りしろ!」


 おそらく、このリィンとかいう女性騎士が隊長なのだろう。周囲にいた騎士が守るように前に出て、槍を突き出してくる。

 その洗練された動きは、山賊などと比べようもないほどに鋭く、転がるように逃げ回るのがやっとだ。回避行動の先を読む軌道で繰り出される一撃が、おれの頬を切り裂く。


「邪魔……すんな!」


 なんだか……心臓のあたりが熱い。身体の中を沸騰した血液が巡っているかのような感覚だ。

 山賊と戦ったときも戦闘の熱気に高揚したが、これはまた別である。

 ぎりり、と拳に力を込めた。

 騎馬兵は、馬の機動力をそのまま槍などの武器に上乗せして、強烈な一撃を放ってくる。


 それなら……まずは足を止める!

 騎士の甲冑に似た、鎧を着込んだ装甲馬の眉間を、思いきり拳で殴りつけた。

 ぶひひんっ、という嘶きとともに巨大な軍馬が地面に倒れ込む。


「ば、馬鹿な! 馬を一撃で殴り殺しただと!?」


 馬上から振り落とされた騎士が体勢を崩した隙を逃さず、おれは甲冑の隙間から剣を突き入れた。

 たしかな肉の手応えがあり、騎士が呻き声を上げて動きを鈍らせ、やがて手にしていた槍を取り落として倒れ伏す。

 まずは一人……やってやったぞ。


「装甲馬を殴り殺すとはな。その人間離れした馬鹿力はいったいどういうカラクリだ。いや、夕闇に染まるその赤い髪……もしやお前、メシュティア人の末裔ではないのか?」


 メシュティア人……? なんだそれ?

 あいにくと、孤児として育った自分には出自がどうとか言われてもわからない。


「もしそうなら面白い。こいつの相手はわたしがするとしよう。お前たちは速やかに先程の命令を実行しろ」

「し、しかしリィン様。この少年が本当にメシュティア人だとすれば、危険では――」


 心配するような言葉を述べた騎士に、リィンは鋭く尖った剣先を突きつける。


「お前はいつから、わたしの心配をできるほどに強くなったのだ?」

「も、申し訳ございません。ただちに命令を実行します」


 装甲馬に騎乗した騎士たちが、一斉に村へとなだれ込もうと馬を走らせた。

 他の自警団員も騒ぎを聞きつけて集まってきたようだが、騎馬兵の突破力を止めることはできそうにない。悲鳴が聞こえ、一人、また一人と倒れていくのが見えた。


「くそっ……」

 咄嗟に後を追おうとしたが、おれの前にいるリィンがそれを許してくれない。

「おっと、お前の相手はこのわたしだ。お前のようなイレギュラーに無差別に暴れられると、少々こちらも被害が多くなりそうなのでな。ここでわたしと遊んでもらうとしよう」


 そう言って、リィンは馬上から連撃を繰り出してきた。

 止まることのない素早い剣撃が、嵐のように降ってくる。

 反撃しようにも、相手の攻撃が直撃しないように逸らすので精一杯だ。

 おれに馬鹿力があるとはいっても、技量の差は明白だった。


「それなら――」

 さっきのように、まずは相手が乗っている馬の足を止める――!!

 やや大振りではあるが、馬の首を両断するべく大きく前へと一歩踏み出した。


「狙いが単純だな。一度成功したからといって、何度も同じ手が通じると思うな」


 自分の身体のように馬を操るリィンは、あっさりと大振りの一撃を回避してみせた。

 そのまま、おれから少し距離を取ったところで馬の足を止める。


「とはいえ、その馬鹿力には万が一という怖さがある。最善策を取らせてもらうことにしよう」


 そう言って、相手は片手剣で牽制したまま、もう片方の手をこちらへと突き出した。

 聞いたことのある、古代語の詠唱。

 ホムラがよく口にしている言葉だ。

 しかし、魔法を行使するには魔導書を触媒とする必要があり、数単語の詠唱だけでは小さな炎を出したりするぐらいしか――


 空気を呑み込んで巨大化した火炎球が、真っ直ぐにおれへと向かってくる。

「うそ……だろ!」


 反射的に横っ飛びで回避したが、燃え盛る火炎球は地面を黒く焼いて小さくなっていく。

 なんで? と考える暇もなく、魔法の第二射が飛んできた。

 今度は無数の氷柱が空から降ってくる。先の尖った氷柱は殺傷能力も十分で、こんなものが当たれば、槍で身体を貫かれるようなものだろう。

 身を低くして必死に逃げ回り、地面へと突き刺さっていく氷柱をぞっとしながら眺めた。


「……素早いやつだ。このような平和ボケした村でのんびり暮らしていた少年とは思えんな」


 リィンは感心したようにつぶやくが、攻撃の手は一切緩めようとしない。

 今度も、またさっきと違う詠唱だ。

 古代語は何を言っているのかわからないが、異なる魔法だということぐらいはわかる。

 バヂヂッという空気を引き裂くような音とともに、青白い光が空中を駆け抜けた。


 雷……?

 そう理解したのは、雷光がおれの身体を突き抜けていった後だ。


「ぐ、あぁぁぁぁっ!」


 めちゃくちゃ痛い。全身に痺れる針を突き刺されたような痛みを感じ、思わず握っていた剣を取り落としてしまった。

 雷光が直撃した箇所の服は黒焦げになって、プスプスと煙を吐き出している。

 これは……避けるの無理だろ。


「常人ならショック死してもおかしくはないのだが、腕力だけでなく身体も丈夫とみえる。部下に欲しいぐらいだ」


 とは言いつつも、リィンは雷魔法を続けて放つべく詠唱を開始した。

 ……これはヤバイ。

 あの雷撃を完璧に避けきることは不可能に近いし、何度も雷に打たれれば動きだって鈍る。

 そこへ火炎魔法なり冷気魔法が命中すれば、致命傷は免れないだろう。


 それなら、いっそのこと……。

 おれは気合を入れるために大きく息を吐き出し、リィン目がけて全力で疾走した。

 玉砕覚悟――ではない。


「おおぉぉぉっ」


 雷撃のショックで取り落とした剣を拾い上げ、真っ直ぐに最短距離で相手へと突進する。

 それでもリィンは焦ることなく、さっきと同じ雷魔法を発動させた。

 馬一頭分ぐらいの離れた距離から大きく跳躍し、剣を振りかぶってリィンを叩き斬ろうとしたのだが、空中で雷撃がおれを直撃する。


 鋭い痛み。筋肉がショックで痙攣し、剣を握る手が麻痺してしまうのは防ぎようがない。

 カララン、と地面へ剣を落下させてしまったが、これは想定内だ。

 雷撃が回避できないのなら、まともに喰らうことを覚悟して反撃を試みるしかないだろう。


「なん、だと……!?」


 おれは跳躍した勢いをそのままに、リィンへと向かっていく。

 拳を握る手には力が入らないが、それなら――頭でも何でも、硬い部分をぶつけてやるしかないだろうが!


 ゴィン! という鈍い音が響き、頭の芯に意識が飛びそうなほどの衝撃が走ったが、なんとか気絶しないように目の焦点を合わせる。

 無様な着地となってしまったが、リィンのほうも渾身の頭突きがまともに直撃したせいで、落馬を余儀なくされたようだ。

 見れば、甲冑の兜がおれの頭の形に凹んでいた。


「し、信じられんほどの石頭だな。あんなことをすれば、普通は頭のほうが割れるだけだぞ」


 リィンは、よろめきながら立ち上がった。

 反撃のチャンスと思ったのだが、おれは自分の腹部に激痛が走るのを感じて動きを止めた。


「痛っ……」


 あのリィンとかいう隊長は、相当に冷静な人物のようだ。

 頭突きをまともに受ける代わりに、しっかりと片手剣で反撃をしていたようである。

 あ……血が、止まらない。

 おれの腹部に突き刺さった剣は、ジクジクとした痛みを断続的に与えてくる。

 腹の中に冷たい異物が潜り込んでくるような感覚は、たまらなく不快だった。


「さて……、その傷は致命傷ではないが、放っておけば失血で命を落とすだろう」


 凹んだ兜を脱ぎ捨て、素顔を露わにしたリィンは、おれを見下ろすようにして言った。

 銀髪を編み込み、戦闘の邪魔にならないように配慮した髪型であるが、やはり戦場とは場違いと思えるような綺麗な女性だった。


「わたしの名前は、リィン・アルカノイド。ロゼリア帝国の魔導騎士だ。少年とはいえ、わたしに土を付けたことは称賛に値する。名前を聞いておきたい」


「……アスベル・プライム」


 腹の立つ相手だが、向こうが名乗ったのなら、こっちだって名前ぐらい教えるさ。


「アスベル、か。聞いておきたいのだが、わたしの部下として降るつもりはないか? 先程の戦いで、お前がメシュティア人の末裔であると確信した。同時に、その有用性も実感させてもらった。もし承諾するのなら、すぐに治療してやろう。望むのなら相応の金銭も用意する」


 おれは血を失い、ぼんやりとした頭で、なんとかリィンが言っていることの意味を理解した。

 ゆっくりと村の方角を振り返ると、たくさんの自警団員が血を流して倒れているのが見える。

 ……トッドさんの身体も、だ。


 村の畑には火が放たれたようで、勢いよく火の手が上がっている。

 たとえ今すぐに消火できたとしても、農作物は全滅だろう。


「……おれが守りたかったのは、この村だ」


 腹に刺さっている剣はそのままに、ゆっくりと身体を起こした。

 リィンは警戒を緩めることなく、いつでも魔法を放てるよう腕をこちらへと向けている。


「おれは孤児で、この村で育ててもらった恩がある」

「……なるほど」

「家族みたいに、大切に想っている相手だっているんだ。お前が斬ったトッドさんも……お世話になった大切な先輩だった。自分が何をしたのか理解できる頭があるなら、理解しろ。それでもさっきみたいな勧誘の言葉が出てくるのなら……お前は馬鹿だ」


 ――しばしの沈黙。


「そうか……すまなかったな」


 リィンは再度おれの意思を確認することはなく、小さく謝罪の言葉を述べただけだった。

 短い古代語が詠唱され、あと数秒後にはおれは火だるまになって死ぬだろう。

 そう覚悟した瞬間――リィン目がけて一本の矢が飛来した。


 正確に眉間を撃ち抜く軌道だったが、それを躱せないほど相手も油断していない。

 リィンは素早く身を翻し、矢が飛んできた方角へと目を向けた。

 夕闇で薄暗くなっている中、遠くの街道に複数の人影が見えた。


「グラム砦とは別方向からの援軍……? となれば、ラント共和国の軍隊か。あの距離から正確にわたしを狙うとはな。愚鈍な評議会がまとめる共和国にしては、対応が早い」


 おれにトドメを刺すことなく、リィンは自分の馬へとすぐさま騎乗した。


「悪いが、丈夫なお前にトドメを刺す時間はなさそうだ。やつらと本格的な戦闘を始めるには戦力が足りない。ここは……素直に撤退させてもらうとしよう」


 言うが早いか、リィンは村で行動していた騎士たちに号令をかけ、即座に砦方面へと撤退していった。

 だんだんと砂塵が近づいてきて、ついには声が聞き取れるほどの距離になった。


「すぐに消火作業にあたって! 怪我人は優先して教会へ運ぶように。残ってるロゼリア騎士がいるかもしれないから、警戒は忘れずにね」


 どうやら本当に救援に来てくれた部隊なのだと知って、安堵した。


「よか……った」


 皆に指示を出した後、凛々しい女性が下馬して、おれのほうに歩み寄ってくる。

 気が抜けてしまったのだろう。

 おれは女性が何かを問いかけるのを待たずに、意識が遠くなっていくのに身を任せた。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新は土曜日を予定しております。

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