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2話【異変】

「山賊に襲われた!? グラム砦へ向かう街道で、ですか?」

「……ああ、二人やられたよ。荷馬車を守ろうとしてな。なんとか連中を振りきって逃げようとしたんだが、あいつらもなかなか諦めずに追いかけてきたんだ。仕方なく交戦して、何人かを切り倒したら、引いていった」


 そのときの戦闘で、自警団員の二人が命を落としたという。


「それは……少し妙ですね。砦に納める物資を襲ったりなんかしたら、今後砦の兵士たちに目をつけられることになる。この辺りの山賊なら、それぐらいわかっているはずなのに……」


 トッドさんの報告を門のところで一緒に聞いていたホムラが、そんなことを言う。

 たしかにそうだ。

 だからこそ、今まで運搬途中の荷馬車が襲われることなどなかった。


「そうかもしれん。しかし、実際に襲われたのだから、それに対処せんといかんだろう」


 やや落ち着きを取り戻してきたトッドさんが、今後のことを口にした。


「一旦は引いたようだが、奴らがこの村を襲うという可能性も否定できん。しばらくは警戒を厳重にするよう自警団員に徹底させる。すまんがアスベル、皆に招集をかけてくれ」

「わかりました!」

 勢いよく頷いたその瞬間――トッドさんの腕を何かが貫いた。

「ぐぅっ!」


 鏃が腕の肉を突き抜けて、血がぽたぽたと地面に染みていく。

 ……弓矢での攻撃!?


「大丈夫ですか、トッドさん!」

「あ、ああ……まだ動ける。問題ない」


 貫通した矢を、自分の腕の動きが制限されないように即座にへし折ったトッドさんは、矢が飛んできた方角を睨みつけた。

 ノースレイクは湖畔の村として知られており、豊かな水源のおかげで村の周囲には森が多い。

 その森の陰から、ぞろぞろと男たちが這い出るように顔を見せたではないか。

 数は……三十人ほど。


「く、こんなに早く来るとは。それに……思ってた以上に数が多い」


 ノースレイクは数百人規模の小さな村だ。

 自警団員の数は、全員を合わせても二十人程度にすぎない。

 村人のほとんどは、戦うことのできない女子供や老人、そして戦闘の経験などない農夫である。


「アスベル! 早く皆を呼んでこい! それまでは俺たちで時間を稼いでおく。日頃の訓練の成果を山賊に見せつけてやるんだ!」


 トッドさんが、怒鳴るように言った。

 おれは、なぜかその声に素直に反応することができず、鞘から剣を抜いて構えた。

 自警団の詰め所は、村の門からすぐのところにある。

 だけど、皆を連れて戻ってくるまでに、戦いは始まってしまうだろう。

 手負いのトッドさんたちが食い止めると言ってくれたのは、きっとおれが一番若いからだ。


「何をしている!? アスベル、さっさと行け!」

「い、嫌です! おれが自警団員になると決めたのは、お世話になった村に……村の人たちに恩返しをするためです。その中には、トッドさんも入ってるんです」


 おれが幼い子供の頃から、トッドさんは自警団の一員として村を守ってくれていた。

 子供心に、おれはその大きな背中に憧れたのだ。

 だからこそ、自分も村を守りたいと思った。


「ここは手傷を負ったトッドさんが、皆を呼びに行くべきです。それまで、なんとか持ちこたえますから」

 おれは山賊たちを睨みつけながら、強く言い放った。


「……格好つけて死んだら、タダじゃおかねえからな」

 問答をしている時間がないと判断したトッドさんは、小さくそう言って走り出した。

 それと同時に、山賊どもが大声を張り上げた。


「殺せっ! 奪えぇぇっ!」

 山賊たちが、一斉に動き出す。

 三十人……村の畑の収穫時には、それよりもたくさんの人数が一列に並ぶ光景を見た。


 ――だというのに、殺意を持った人間たちが武器を持って突進してくる圧迫感は、凄まじい。

 地面が揺れるような感覚が、踏みしめている足裏から伝わってくる。

 あ、あれ……? なんで?

 気づけば、剣を握る手がカタカタと震えていた。

 力が入らない。

 おそらく、もう一呼吸もすれば、山賊たちは剣の届く範囲にまで踏み込んでくる。

 うそ……だろ?


 次の瞬間――目の前まで来ていた山賊の身体が、炎に包まれた。


「うぎゃあぁぁぁぁぁっ! 熱っぢ、あぢぃぃよぉぉぉ、た、助け、たすけてくれぇぇぇぇ!」


 地面を転げまわるものの火は消えず、火だるまになった山賊は絶叫を響かせながら、動かなくなった。

 ぷん、と肉や髪が焦げるような独特な臭気が漂い、その突然の出来事に山賊たちも勢いを削がれたようだった。


「あれだけ格好つけて、まさかビビっているなんてことはないよね? さっき守ると言った人たちの中に、ぼくやミリアムも入っているんだろう?」


 完成したばかりの魔導書を手に持ったホムラが、そんなことを言う。

 今の火炎は、おれを助けるために……?

 おれは今まで、人を殺したことがない。

 もちろんホムラだって、そのはずだ。


 その彼が――おれを助けるために、人を殺した。

 いつものように冷静な口ぶりだが、ホムラの魔導書を持つ手は微かに震えている。


 ……おれの、馬鹿野郎が……。


「ちぃっ、こんな小さな村になんで魔導師がいやがる!? おい! まずはそのガキを殺せ! また魔法を使われると厄介だ」


 怯んでいた山賊たちが、矛先をホムラに向けようとしている。


「守るって言ったんなら、しっかり守らないと給料泥棒だね。頼れる自警団員さん」


 ホムラがおれのほうをちらりと見て、そう言った。

 もう、おれの剣を握る手は震えていなかった。


「せりゃあぁぁっ!」


 山賊たちがホムラへと集中攻撃しようと向かっていく横へと全速力で突撃し、振り下ろそうとする斧を、相手の腕ごと斬り飛ばした。

 血飛沫で目がやられないように、すぐさま相手の身体を蹴り飛ばす。

 肉を斬る感触は……気持ち悪い。

 木で作られた木偶人形を相手に木剣を振るうのとは、全然違う。

 肉の中心にある骨ごと断ち切るときの感触は、剣を伝ってはっきりとわかるものだと、初めて知った。


「この野郎がぁ! 子供だと思って甘くしてりゃあ調子に乗りやがって――グブッ、ゴボボ」


 ろくに手入れもしていない、錆びた剣を突き出してきたやつの剣撃を受け流し、隙だらけになった喉元へと全力で剣を差し込む。

 血泡を吹きながら、自らの血で窒息していく男の様子を最後まで見ることもなく、雪崩のように襲いかかってくる山賊と剣を交える。


 正直、気分は最悪だ。

 むせかえるような血の臭いで、吐きそうになる。

 おれの剣を受け止め、力押しで斬り殺そうとする山賊もいた。


「へっへっへ。そんな子供みたいな身体じゃあ、ろくに力なんて……おっおい、なんで? う、うそだろ? こんな、バカな……」

 あいにく、馬鹿力には自信があるんだ……よっ!


 山賊の剣を弾き飛ばし、相手の身体を大上段から真っ二つに断ち切った。

 粗末な革の鎧も一緒に豪快に両断したことで、山賊たちの士気もわずかに削がれたようだ。


「な、なんだ、あいつは。子供みたいな外見してるくせに、化け物みたいに強えぞ!」


 正面で向き合っている山賊たちが怯んだかと思ったら、いきなり側面から長槍が突き出された。

 なんとか身体を捻って躱そうとしたが、槍を持った山賊が悲鳴を上げながら火だるまになって動かなくなる。

 ホムラの援護は的確だ。後方から全体を見つつ、必要なところへと魔法を打ち込んでいる。

 トッドさん以外の残った自警団員と協力しながら、山賊たちを六、七人ほど切り倒した頃だろうか。

 後ろから、熱の入った気勢が上がった。


「おぉぉぉ! 山賊どもを追い払え! 村を守るんだ!」


 どうやら、トッドさんが残りの自警団員を連れて戻ってきてくれたようだ。

 そこで、この山賊たちとの戦闘は勝敗を決したといえた。

 数人相手に押し切れなかった山賊たちが、増援を加えたおれたちに勝てるはずもなく、結局ほとんど被害を出すことなく、山賊たちを掃討できたのだった。

 何人かは森に逃げ込んだようだが、しばらく警戒を続けていても新手の山賊が出てくる様子はない。


 ようやく一息つけるようになってから、怪我人の手当てや、山賊たちの死体も穴を掘って簡易的にではあるが埋葬してやり、血の痕を洗い流すなどの事後処理をした。

 埋葬の際、祈りの言葉を捧げる神父の横でミリアムが青い顔をしており、ホムラは妹が心配なので一緒に家へ戻ると言っていた。



「――よくやったな、アスベル。お前とホムラが食い止めてくれたおかげで、なんとかやつらが村へ侵入するのを防げたと、他の団員が褒めていたぞ」


 最初、ビビってしまって動けなくなっていたことは黙っておこう。

 あれだけ格好つけたのに、恥ずかしすぎる。


「はっはっは、もう俺もけっこうな歳だからなぁ。あと数年もしてアスベルが大人になれば、引退してのんびり暮らすのも悪くない。頑張れよ」

 くしゃりと、おれの頭を撫でたトッドさんは笑った。


「……まだまだ、引退するには早いですよ。いつもは暇な自警団なんですから、暇を潰すのを手伝ってください」

「はっは、そうかそうか! そんじゃあ、もう少しだけ頑張るとすっか」


 ――そうして事後処理が終わったのは、日没前の夕方だった。

 明るい日差しが茜色に染まり始めた頃、馬の蹄の音が聞こえた。

 山賊たちの一件があったばかりなので、皆が一様に警戒していたが、馬はかなり高価なために山賊が使用している可能性は低い。

 まして、蹄の音が複数聞こえるということは、数頭の馬に騎乗しているということになる。

 それだけ大量の馬を売却すれば一財産なので、そんな集団はむしろ山賊などする必要がない。

 しばらくは遊んで暮らせる。


「もしかすると、グラム砦から来た兵士の連中かもな。荷馬車の運搬途中で山賊に殺されちまった二人の遺体を回収する余裕がなかったから、街道の異変を察知して応援を寄越してくれたのかもしれん」


 トッドさんの言うように、街道に死体が転がっていたら、何かが起こっているとわかるはずだ。

 もしそうなら、もうちょっと早くに応援に来てほしかったという気持ちもある。

 こちらは、事後処理まで全部終わった後だ。


 しばらくすると、やはり砦から来たのだろう、甲冑を身に着けて馬に乗った兵士たちがぞろぞろとやって来た。

 数は二十ほど。

 詳しくは知らないけど、ああいうのを小隊っていうのかな?

 統率が取れており、綺麗に整列している。

 おれとトッドさんは数人の自警団員とともに、村の入口あたりで彼らを出迎えた。


「よお、あんたらはグラム砦から来たんだろう? もし山賊の討伐とかで動き回ってるんなら、安心してくれ。この村を襲ってきた山賊は――」


 ……そのとき、とても気持ちの悪い胸騒ぎがした。

 最初に荷馬車が襲われたと聞いたとき、ホムラは妙だと言っていた。

 そんなことをすれば、砦の兵士から怒りを買うことになる。

 山賊とはいえ、それはわかっているはずなのに、と。

 それなのに、山賊たちは今回のような暴挙に出た。


 ……何かがおかしい。

 逆に、こう考えることはできないだろうか。

 グラム砦は国境の警備とともに、周辺の治安維持にも携わっていたはずだ。

 そのおかげで、山賊などの蛮行は沈静化され、この周辺の治安は安定していた。


 それが崩れたということは――つまり……『グラム砦に何か異変が起こったのではないか?』と。


 夕闇に染まる景色の中で、おれは馬に騎乗した兵士たちの甲冑を凝視する。

 違う……違うぞ。

 あの甲冑に刻まれている紋章は、ラント共和国のものじゃない。

 あれは、隣国ロゼリア帝国の……。


「我らはロゼリア帝国の誇り高き騎士である。グラム砦を攻略したことで、我らの栄光は輝きを増したといえるだろう。だが、ラント共和国の愚兵が砦を取り戻そうと進軍してくることが予想される。我らは、我らの領土となった土地を守らねばならない。この一帯にある村は、ラント共和国の兵士にとって補給に適した場所となるだろう。ゆえに、今から全てを焼き払う。命が惜しければ道を空けるがいい。抵抗しない場合は無駄な殺生はしない。抵抗する場合は相応の覚悟を以って剣を抜かれよ」


 甲冑の騎士は、兜の面を上げてそんな口上を述べた。

 兜の下からのぞく顔は、なんと女性のものだった。

 美しくも冷たい印象を受ける顔立ちは、一度見れば忘れることができそうにない迫力がある。


「ろ、ロゼリア帝国だと!? いきなりやってきて村を焼き払うなんて、そんな馬鹿げた真似を許せるわけねえだろうがよっ」

 怒号とともに、トッドさんは剣の鞘へと手を伸ばした。


「トッドさん! 逃げ――」


 おれが叫ぶのと、スパンッという乾いた音が鳴り響くのは、同時だった。

 首から上が消失したトッドさんの身体が膝から崩れ落ち、力なく地面へと激突する。

 甲冑の騎士が振り抜いた剣が、トッドさんの首を斬り飛ばしたのだ。

 勢いよく、おれの足元へと転がってきた物体を、直視することはできなかった。


 さっきまで、おれに朗らかな笑みを向けて、引退すると笑っていたはずなのに。


「――警告はした。村を守ろうとする意思は尊重するがな」

 冷たい声が響く。



 そのとき――おれの頭の中で何かが切れた。

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