8:お金を手に入れましょう
貴重な薬草、そして何よりアルフの怪我を治したことにより、シーラはルピカたちに王都へ連れて行ってもらえることになった。
一人では多少の不安もあったので、よかったとほっとする。
森を抜ける道中は、アルフとクラースが前衛、ルピカが後衛を務めた。シーラとマリアは回復要因として、後ろから戦闘を見守る。
数日かけて森を抜け、シーラたちはがやってきたのは小さな村。
けれど、シーラにとっては十分大きな村だった。人口は五百を超えていて、その半分程度の規模だったシーラの村とは何もかもが違う。
村は、一メートルほどの高さがある柵で囲まれている。森の動物や魔物が入り込まない措置だが、滞在している冒険者が多いため滅多に危険が及ぶことはない。
家の大半は木とレンガを使って建てられていて、数件の店が並んだ通りは活気がある。
シーラは村の中を歩きながら、いろいろなものに目移りしていく。
「すごい、あ、可愛いネックレスがある!」
「シーラさんてば、はしゃぎすぎ……。まずは宿をとるのが先よ」
「わかった」
シーラは見に行きたいのをぐっとこらえ、くすりと笑うルピカの後に続く。
その様子を見ていたマリアも、くすくす笑う。
「これくらいでそんなに興奮するなんて、いったいどこに住んでいたの?」
「どこって言われても……? 森の向こうです」
ほかとの交流がなかったため地図もないし、村に名前がついているわけでもない。シーラたちにとって、自分の住む場所はただの村という名称だけで十分だった。
「そうなの……一度、調査をした方がいいのかしら」
「でも、いい村ですよ?」
「それはあなたを見ればわかるわ」
悩む様子のマリアに、シーラは「大丈夫」と告げる。
いったい何が大丈夫なんだろうと苦笑しながらも、とりあえず保留にするしかないだろう。今は王都に帰還するのが先決だ。
商店の並んだ通りの一番奥に、ひときわ大きな建物が姿を見せた。
三階建てのオレンジ色の屋根で、家とナイフとフォークが描かれた看板が下げられている。入り口の前には花が植えられていて、雰囲気がいい。
シーラはすぐに宿だということに気付き、こんな可愛いところに泊まるのかと胸を弾ませる。
宿屋に入り、アルフが宿帳に記帳をして止まる手続きをする。
人数分のお金を支払う様子を見て、シーラは泊まるための対価として丸い硬貨が必要なのだということを理解する。
しかし、シーラが持っているものといえば薬草28束とハイ・エリクサー5本のみだ。泊まりたいが、薬草で泊めてもらえるのだろうかと不安になる。
「アルフさん、私の分の宿代って……薬草で足りますか?」
「え?」
ここは自分が暮らしていた村より大きな村なので、対価となるものが村で暮らしていたころより必要になるだろうと考えた。
アルフとシーラのやり取りを見ていたルピカが、もしかして……と思いシーラに声をかける。
「シーラさん、金銭は持っていないと言っていましたね。道中の代金は、治療していただいたので必要はありませんが……お金がないと、のちのちシーラさんが困ってしまいますわね」
「お金?」
「え?」
お金を知らないのかと、ルピカたちは驚く。
「今まで、買い物はどうやって……?」
「ほしいものがあったら、薬草とか、お肉とか、何かと交換してもらってたけど」
「物々交換……なるほど」
シーラの話を聞き、ルピカたちは本当にほかの村や人から隔離されたような場所に住んでいたのだと思い知らされる。
「お金の説明をした方がいいわね。シーラさん、わたくしが教えてあげる」
「本当? ありがとう、ルピカさん!」
アルフが何事もなく手続きを終え、用意されたのは三階にある四部屋だ。シーラに宛がわれた部屋へ入ると、ふわりと花の香り。
六畳ほどの広さの部屋は、奥に窓がありその手前にベッドが置かれている。入ってすぐのところにある机には、花瓶に活けた花が飾られていた。
マリア、アルフ、クラースはそれぞれの部屋へ行き、ルピカは金を教えるためそのままシーラの部屋にお邪魔する。
「それじゃあ、お金について教えるわね」
「うん」
早速、ルピカがシーラにお金についての説明をしてくれた。
ここでは物々交換を行わずに、お金というコインを使う。単位はコーグ。
例えば、林檎を一個買うとなると50コーグほどが必要となる。この宿は、小さな村ということもあり少し安めの料金設定で2000コーグ。
「仕事をすると、その報酬にお金をもらえるのよ。それで買い物をしたり、こうやって宿に泊まったりするの。もちろん、お金を貯めて屋敷を買うことだってできるわ」
「なるほどぉ……」
「シーラさんは、薬草を売ればお金がもらえるわね。そのお金を使って生活するの」
――お金って便利だ!!
ルピカの説明を聞き、シーラはお金というものを理解した。
こんな便利なものは村になかったので、ぜひとも導入してほしいものだ。
シーラはすごいと目をキラキラさせる。しかも、今持っている自分の薬草を買い取ってもらえるというのだからことさらに。
そんなに量があるわけではないけれど、可愛い装飾品や美味しそうな食べ物を少しくらいなら買うことができるかもしれないと期待する。
「じゃあ、さっそく薬草を買い取ってもらってくる!」
ふんと鼻息を荒くするシーラに、ルピカが苦笑する。
「薬草は、冒険者ギルドか道具屋で買い取ってもらえるわ。冒険者ギルドは、ほかにも魔物討伐や採取などの仕事を斡旋しているの」
この村には両方あるので、今後冒険者のように仕事をするのであればそちらで売るのがいいだろうとルピカが教える。
一般的な職業と違い、冒険者は自由度が高い。一つの街に留まらないつもりのシーラにはうってつけだ。
◇ ◇ ◇
ルピカたちは物資の補給や村長宅へ挨拶にいったりするとのことで、別行動をとることになった。
シーラにとって、初めて外の世界を一人で歩く瞬間だ。踏みしめる大地は変わらないのに、どこか新鮮だと思ってしまうのだから不思議なものだ。
やってきたのは、先ほど通った商店が並ぶ通りのさらに先だ。
「うわぁ、すごい! なんだろうあれ、食べ物かなぁ!?」
この村には小さな露天市場があり、シーラは歩いていたらそこへたどり着いたのだ。売られている様々なものに目が釘付けにになる。
可愛い見た目のお菓子に、見たことのない装飾品。
「薬草を売ったら買えるんだから、もう少し我慢……!」
村の中を見回しながら、教えてもらった冒険者ギルドへやってきた。
通常は街以上にある施設だが、この村は世界一危険とされる『常夜の森』の手前ということもあり配置されている。
レンガで建てられている冒険者ギルドはとても頑丈そうで、思わず「おぉぉ」と声をあげてしまう。ドアを開いて中に入ると、カウンターが一つ。
今は空いている時間帯なのか、シーラ以外に人はいない。
「いらっしゃいませ」
「こ、こんにちは。薬草を買い取ってもらえると聞いてきたんですが……」
笑顔で対応してくれたギルドの受付嬢のところへ行き、シーラは鞄から薬草を取り出す。さっき見た可愛いネックレスが買えたらいいなぁ……なんてのん気に考える。
「はい、確認しますね」
「お願いします」
シーラの手渡した薬草を見て、受付嬢は「んんっ?」と眉をしかめた。
「これ……ただの薬草じゃないですよね、もっと、上位の……」
「上位?」
はてと、シーラは首を傾げる。
「これは……幻の、精霊の薬草? いや、まさかこんなところで見れるものじゃないですよねぇ……」
「普通の薬草だと思いますけど……」
「普通……でないことだけは、断言できます」
唸りながら悩んでしまった受付嬢と、普通の薬草じゃないのかなと首を傾げるシーラ。どうしようと考えて、そういえば二種類の薬草を持っていたことを思い出す。
クラースたちに渡し、マリアに飲んでもった薬草。これは残り18束。
今取り出して渡した薬草は、10束ある。
今渡したのではなく、クラースにあげた方の薬草ならばどうだろうか。先ほど渡したのと交換するかたちで、シーラは受付嬢へと薬草を渡す。
「あ、これは普通の上品質の薬草ですね!」
「じゃあ、それを買い取ってほしいです」
どうやら問題なさそうだと思い、シーラはクラースにあげた方の薬草残り17束を取り出したのだった。