7:治癒魔法が苦手なのは本当です!
クラースがテントに入ると、目を見開き驚いているマリアと――すやすや気持ちよさそうに眠るアルフの姿があった。
「……は?」
思わず、クラースはすっとんきょうな声をあげる。それもそのはず。己の記憶が確かならば、アルフは魔王の攻撃を受け重症だったはずだ。
間違っても、こんな穏やかに寝ているはずがない。マリアが治癒魔法で……とも思ったが、本人の驚き具合を見てもそれはありえないだろう。
かといって、外で見張りをしている間には何も起きていない。侵入者はもちろんだし、テント内から何か大きな物音がした気配もなかった。
「マリア、いったいどういうことだ」
「わたくしだって、わからないわ。どうして、あれほどの傷が治っているの……!?」
ふるふる首を振り、「ありえない」とマリアが言う。
かといって、クラースも何が起きたのかわからない。変わったことといえば、シーラがいるということだけど、その彼女も今はぐっすり夢の中のはずだ。
「とりあえず、アルフが起きてから話を聞くしかないだろ」
「……そうね」
今、起こしたいが――怪我が治って寝ているのであれば、無理やり起こすのは止めたほうがいい。二人はそう結論付けた。
◇ ◇ ◇
多くの魔物が生息するこの森は、朝になってもどこか薄暗い。
ざわざわする声で目が覚めたシーラは、ふかふかすぎて眠れないと思ったけど意外に眠れるものだ……なんてのんきなことを考えながら目覚めた。
「ルピカ……は、もう起きてるのか」
寝ころんだまま手を動かすと、冷たくなっている隣のシーツ。ベッドや室内も整えられていた。彼女が起きたことに全然気付かなかったなと思いながら、ぐと伸びをしてお起き上がる。
あくびをし、シーラは手ぐしで髪を整えて着替える。ルピカに借りた夜着を丁寧にたたみ、ベッドの上に置いておく。
寝室を出てリビングに行くと、ルピカたちパーティメンバー全員が集合していた。四人とも椅子に腰かけ、出てきたシーラに視線が集まる。
思わずびくっと驚いてしまったのも、仕方ないだろう。
「お、おはようっ」
シーラはまだ顔を合わせていないマリアとアルフの姿を見て、思わず姿勢を正す。慌てて挨拶すると、アルフが口を開いた。
「……君は?」
「えっと、シーラです。昨日、クラースさんに薬草と交換で街までの道を教えてもらう約束をしたの。それで、泊めてもらったんです」
「薬草を?」
すぐにクラースが「そうだった!」と忘れていた様子で慌てる。アルフのことにばかり気を取られて、すっかり道を教えるという約束を忘れていたらしい。
ルピカは立ち上がり、シーラを机まで連れてくる。
「おはよう、シーラさん。よく眠れたみたいで、よかったです」
「はい。ありがとうございます」
シーラが促されて椅子に座ると、マリアが話しかける。
「あなたが薬草を譲ってくれた方ね。改めて、お礼をいいます。わたくしはエレオノーラ・マリア・ランデスコーグ。マリアと呼んでちょうだい」
「あなたがマリアさん? 初めまして、シーラです」
治癒魔法が得意で、お伽噺の登場人物だとばかり思っていた聖女。その存在を目の前にして、シーラはドキドキしてしまう。
凛とした瞳は力強く、吸い込まれてしまいそうだ。清楚な衣装はレースが使われており、綺麗な刺繍がなされていて、ハニーピンクの髪がよく栄える。
まさしく、絵本の中から出てきたような愛らしさだ。
薬草がとても役にたったのだと、マリアが微笑む。
それから……と、マリアとルピカの視線が机の上に置かれたコップに注目する。なんだろうとシーラが覗き込むと、そこにあったのは夜中にシーラが作った『元気が出る特製水』だ。
すっかり忘れて、机の上に置いたままいしてしまっていた。
「あ」
うっかりしていたという素直なシーラの反応を見て、ルピカがくすりと笑う。
「やっぱり、シーラさんのでしたか。これは何ですか?」
「薬草と金平糖を混ぜ合わせて作った、『元気が出る特製水』です。魔力が回復するので、マリアさんにいいかなって……。その、いなかったので机に置き忘れたというかなんというか」
「あら、わたくしに……?」
シーラの言葉を聞き、マリアは素直に喜ぶ。
「飲んでもいいかしら?」
「はいっ!」
連日アルフの治療を行っていたため、マリアの魔力はずっと回復しないまま。薬草類も底をついているため、不安だったのだ。
マリアが一口飲むと、舌の上に金平糖と蜂蜜の甘さが広がった。薬草独特の苦みはいっさいなくて、飲みやすいどころか――とても美味しい。
「んんっ! なにこれ、美味しいわ。それに、すごい……もう魔力が回復しているわ」
「金平糖が入ってるので、甘いんですよ~」
喜んでもらえてよかったと、シーラは微笑む。
マリアとしては味よりも魔力回復の即効性に驚きを隠せないのだが、シーラにとってそれは当たり前の効能なので、味に喜んでもらえたのだと思ってしまう。
こんなにすごい飲み物を用意したのに、まるでなんともないというシーラの様子に、マリアは衝撃を受ける。
これでは、シーラこそが聖女のようだとすら……錯覚してしまう。
「シーラ、あなた――」
「魔力が回復したんなら、王都に向けて出発できるな! こんな森、一刻も早く抜けてぇからな……それでいいだろ、アルフ」
「かまわないよ」
マリアが何かを言おうとするが、空気を読めないクラースがそれをぶった切った。魔物のいる森なんてさっさと抜け出して、可愛いお姉ちゃんのいる店でゆっくりしたいと言う。
その様子を見たマリアは、呆れたようにため息をつく。
「……あなた、もっと品を持ちなさい」
「はいはい。んじゃ、俺は準備してくっから」
クラースがテントの外に行ったのを見送ってから、アルフがシーラを見る。
「挨拶が遅れてしまったね。僕はアルフ・アールグレーン。一応、勇者という立ち位置にいる、このパーティのリーダーだよ」
「シーラです。勇者って……本当に存在するだ……」
このパーティには驚かされてばかりだ。
しかしルピカたちからしたら、それよりももっと驚くことが起きている。それはエルフというシーラ自身だったり、『元気が出る特製水』だったりするのだが、シーラはそのことに微塵も気付いてはいない。
ルピカは苦笑しながらも、確信をもってシーラに尋ねる。
「朝起きたら、アルフの怪我が治っていたんです。……単刀直入に聞きます。シーラさん、アルフを治したのはあなたね?」
「え……っ」
真剣なルピカの声に、マリアとアルフも息を呑む。
三人の視線は、戸惑うシーラに向けられている。
「……え、ええと」
嫌な汗が、伝う。
ほんわかしていた雰囲気が変わり、シーラはとたん不安になる。
さらっと治癒魔法を使っただけだったが、何かまずかっただろうか。しかし、自分がやったわけじゃないと嘘をつくことも憚られる。
シーラは素直に、頷くことで肯定を示した。
マリアはあっけに取られて口をぱくぱくしているが、ルピカはすぐに反応を示す。
「やっぱり。……治癒魔法が苦手なんて、嘘だったのね?」
「え? それは本当だけど……」
ルピカの苦笑した表情に、それは違うとシーラは首を振る。マリアも、重症のアルフを一晩で治癒してみせ苦手なわけがないだろうと首を傾げる。
しかしシーラは、本当に治癒魔法が苦手なのだ。ただ、比べる相手が自分の村の人間だからそう思い込んでしまっているだけで。
「私なんて、全然です! 体が切り落とされたら繋げられないし、心臓が止まったらもう蘇生だってできないんですよ? これのどこが得意だって言うんですか!」
「……?」
シーラの言葉に、今度は全員が首を傾げた。