6:パーティの現状
「うーん?」
どういうことだろうと、シーラは首を傾げる。
自分が想像していたよりもずっと、軽傷だ。むしろ、このくらいの怪我であれば放っておいても治るんじゃないかな? と、思ってしまうほど。
聖女といえば、治癒魔法の超スペシャリスト。
そんな彼女が治せない……。もしかしたら、そこに大きな理由があるのかもしれない。
「あっ! もしかして、実は聖女さんの方が重症!?」
魔力的な何かにダメージを受けて、治癒魔法を上手く使えないという可能性もある。そうであれば、仲間の怪我を思うように治せないというのも頷ける。
シーラは一人でそう結論付け、とりあえずこの人を治してしまおうと考える。治癒魔法は苦手だが、この程度であればシーラも簡単に治すことができる。
――これくらいの怪我なら、朝飯前!
少年の体の上に手をかざして、さらっと呪文を唱える。
「《ヒーリング》」
ぱぁっと柔らかな光がシーラの手に灯り、怪我で苦しんでいるアルフを癒していく。小さなかすり傷はもちろん、胸にあった大きな傷も綺麗に癒える。
ふわりと舞ったシーラの髪と、優しい表情。まるで奇跡のようなその光景を、しかし残念ながら誰も見てはいない。
苦しそうにして、冷や汗をかいていたアルフ。悪かった顔色は正常な肌色の明るさを取り戻し、呼吸も整ったものへ変わった。心地よさそうに、すやすや眠っている。
「うん、ちゃんと治ったみたい」
よかったとシーラが呟くと、少年の眉がぴくりと動く。
「……っん」
「あ、起きたのかな?」
眉をしかめ、何度か目を瞬いてからアルフが目を開いた。
「大丈夫?」
少しピンクがかったオレンジ色が、ぼんやりシーラを見ているのがわかる。視界も問題なさそうだと思うも、「もう少し寝てた方がいいよ」と少年に言う。
――まだ、夜だからね。
「君は……天使?」
「え、あっ!」
問いかけられた言葉を聞き、シーラは焦る。
無断でここに入ってきたということを、思い出したのだ。しかも、怪我で寝ていたアルフとシーラは初対面。シーラが一方的に、『重症の仲間アルフ』ということを知っているだけだ。
アルフからしてみれば、シーラは不審者以外の何者でもない。
――どうしよう、どうすればいいの!?
パニックになってしまったシーラは、慌てて少年の顔にバッと手を近づける。
「ごめんなさい、《スリーピング》!」
「っ、すやぁ……」
「はぁはぁ、焦った……!」
額の汗を手の甲で拭い、シーラはホッとする。
判断に困った結果、シーラは眠りの魔法を使ってしまったのだ。これならば朝までぐっすりだから、きっとシーラのことも夢か何かだったと思うだろう。
「ふぁ……安心したらちょっと眠くなっちゃった」
外の風にあたろうかとも思ったが、どうやらその必要はなさそうだ。
アルフの寝ていた部屋を出て、シーラはルピカの横にもぐりこんでぐっすり眠った。
◇ ◇ ◇
パチパチと、焚火が燃える音。
魔物が生息する森だというのに、辺りは静寂に包まれている。薪と一緒にくべられている魔物除けの草がその効果を発揮していて、ひどく穏やかな夜だ。
テントをくぐり外へ出てきたのは、ずっとアルフの治療に当たっていた聖女本人。見張りをしていたクラースは、一番温かい焚火の前を開けて座るように促す。
クラースは鍋からスープをよそり、机の上に置く。
「大丈夫か、マリア」
「ええ……もちろん。わたくしが不甲斐ないばかりに、アルフの怪我を治せなくて」
「仕方ない。魔王の傷は、治りも遅いもんだろ?」
夜の風にあたりながら話をするのは、クラースと聖女マリア。
顔を俯かせ、マリアはスープを手に取り一口飲む。
いつもは艶やかであるハニーピンクの髪は、無造作に後ろでひとまとめにされている。蜂蜜色の甘い瞳には、うっすら涙がにじみ隈もできている。
彼女はまだ十五歳の少女だというのに、この場にいる誰よりも責任を感じているのだろう。ぎりっと唇を噛みしめ、耐えている。
「勇者を助けられない聖女なんて、無意味だわ」
「マリア……」
もともと、この世界は治癒魔法の使い手自体が少ない。
その頂点だと言われて、マリアは思いあがってしまっていたのだ。魔王と戦い、自分の魔力がほとんど尽き果てて――こんなにも、惨めな気持ちになるとは思わなかった。
「そんなん、俺だって一緒だ。お前ら十代が頑張ってるのに、二十三の俺が一番役に立ってねぇ」
「…………」
「いや、なんか言えよ」
「そう、そうね。わたくし、クラースよりは役に立っているわね」
「………………」
そう言ったマリアは、残っていたスープを一気に飲み干す。
今度はクラースの目が若干死んだ魚のようになっているが、それを気にするマリアではない。「ようし」と気合を入れて、残っている魔力を確認するのだが……。
「駄目ね、魔力がゼロだわ」
聖女の治癒魔法といえど、限りはある。
体内にある魔力を使って魔法を使うため、魔力が切れてしまっては魔法を使うことができないのだ。回復するには、ポーション類のアイテムを使うか休息するしかない。
「だろうな。さっき、全部の魔力を使って治癒をしたばかりだろう? とりあえず、寝ろ」
「……そうね。アルフの様子を見て、休みます。クラース、引き続き見張りをお願いね」
静かに告げるマリアに頷き、クラースはテントに入る小さな体を見送った。
一人見張りを続けるクラースは、肩を落とす。そして何もできない自分を不甲斐なく思う。
「早くよくなれよ、アルフ……」
さすがに、毎日魔力が枯果てるまで治癒魔法を使う少女の姿なんて見ていたくはない。魔力を酷使するのは、己の精神を削っていくようなものだ。
アルフの怪我が治らなければ、近くの街へ向かうのも難しい。
このままでは全員が憔悴してしまうのではないかと、不安に襲われる。ルピカだけでも街に……と考えもしたが、この森の魔物をクラース一人でさばくのはキツイ。
立往生。勇者アルフの怪我がよくならない限り、動けない。
それが、このパーティーの現状だ。
「さて、どうしたもんか。食料もそろそろ――ん?」
「――ッ!」
クラースが追加で薪をくべたところで、テントに入ったはずのマリアの声が届いた。テントを見るが、特に魔物がいたりだとか、変わった様子は何もない。
もしかしたら、アルフの容態に何か変化があったのかも――いや、それしか可能性はないだろう。アルフの様子を見てから寝ると言っていたのだから。
「クソッ」
頼むからくたばってくれるな。
そう思いながら、クラースはテントの中へ入った。